平凡

平凡

わたしとSFの「くるっとまわって30年」をぶち壊してくれ、頼むから

思春期のころ。

あるSF作家さんにハマった。

SFといっても、科学知識をバリバリと注ぎ込んだハード系というより、耽美的な雰囲気を前面に押し出した作風だった。

宇宙規模で広がっていく繊細でうるわしい世界観にひたるのが好きだった。

 

その作家さんがシナリオを書いたスーパーファミコンのソフトは、発売日に手に入れてプレイした。

大好きな作家さんが、ゲームのシナリオを手がける。そのこと自体に興奮した。

ストーリーの詳細は忘れてしまったが、静謐でうつくしくて、うっとりしたことだけは覚えている。

 

現代を舞台にしたシリーズものも好きだった。

個性的で総じてズボラな登場人物が好き放題して、すこし不思議なことが起きて、でも永遠に続くユートピアみたいに居心地がよくて……。

当時はとにかく東京に憧れていたので、「上京したら、主人公たちが暮らす下高井戸に行ってみよう」なんて思っていた。

 

ところで、わたしのオールタイムベスト、キングオブ好き小説は『百年の孤独』だ。

その名を知ったのも、そのSF作家さんつながりだった。

現代ものの文庫版解説で、「この作品は現代の『百年の孤独』なのだ!」とたとえられていたからだ。

百年の孤独』にもハマり、ガブリエル・ガルシア=マルケス*1という作家にも夢中になった。

 

2000年代半ばに入ると、SF作家さんはほとんど新作を発表しなくなった。

でも、いつかは下高井戸が舞台のあの作品の新作を書いていくれるんじゃないかと期待を抱いていた。

 

2014年だったと思う。ガルシア=マルケス認知症である、というニュースが流れた。

年齢を考えると仕方がないことではあった。

もう新作は望めない。スピーチ集なども出版されることはないだろう。

それも当たり前のことだった。

しかし、愚かなわたしははじめてそのとき理解したのだ。

「作家がご存命であっても、もう新作は望めない事態がありえるのか!」。

 

2019年ぐらいだったろうか。

そのSF作家さんとほぼ同世代の作家さんが脳梗塞で倒れ、治療中であることを公表した。

わたしはそちらの作家さんの熱心な読者というわけではない。

しかし、ゲーム、ライトノベル、アニメに興味をもって少年少女時代を過ごした者にとって、花形作家のひとりだ。

作家さんはご家族に支えられ、懸命にリハビリ中とのことだ。

とはいえ、「もう複雑な設定の作品は書けない」など、SNS上で吐露される生々しい不安には、衝撃を受けた。

 

2020年になって、新型コロナウイルスが流行し、ワクチンだなんだと世間が喧々諤々とした。

わたしは思春期にハマったSF作家さんの名前を、意外な形で目にすることになる。

「ワクチンは製薬会社が儲けるためのもの。製薬会社の副社長は打たないと言っている」という説を支持したブログ記事を書いて、悪い意味で話題になったのだ。

そのニュースは、世間の目を引いた。

「本来科学的であるはずのSF作家が非科学的な陰謀論に走った」という意外性があったらしい。

ただ、「科学的なはずのSF作家が!? 非科学的な陰謀論に!?」と驚いているひとたちは、おそらく作品を読んだことがないのだと思う。

その作風はなんとなくスピリチュアルな香りがして、それが宇宙規模の壮大さとつながっていて、そこが魅力なのだ。

そのため、陰謀論を肯定していること自体はあまり不思議ではなかった。

不思議ではなかったが、元ファンとしてショックだったのは、「もう新作が発表されることがない可能性もあるのでは」と感じたことだ。

現役作家で、すばらしい作品を生み出しながら陰謀論をとなえている人もいるにはいる。

思想が即・創作の終わりを意味するものではない。

けれど――。

話題になってすぐ、SF作家さんはブログ記事を消した。

 

その作家さんは、インターネット初期、いち早くホームページを開設した。

「検索」というものを覚えたとき、真っ先にお名前を検索した。

どきどきしながらbekkoameのサイトを開いた。

すごいすごい!

憧れのあの人が書いている日記がこんなところで読めるなんて!

胸をときめかせた私的な発信に、30年近くたって、わたしは落胆している。

それはずいぶん勝手なことだ。

 

最近では、電子書籍での読書が増えた。

話題のSF小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のページをタブレット上で繰りながら思う。

あのSF作家さんの存在がなかったら、わたしはこの作品を読んでいただろうか。

 

おもしろい作品は次々出てくる。読みたいものはたくさんある。

でも、そこにそのSF作家さんの作品が連ならないのだとしたら、かなしい。

そのSF作家さんは、「子どものころ、ピアノの練習とかしていると、嘘がぴゅーっと出てきた。それが小説の源泉」というようなことをおっしゃっていたように記憶している。

いま、ぴゅーっと何かが出ることはないんだろうか。

あのうつくしい作品はもう生まれることはないんだろうか。

 

架空の宇宙にわたしを連れて行ってくれた。

ほかのフェイバリット作家に出会わせてくれた。

インターネットで大好きなひとの発信を読むときめきを教えてくれた。

その後は……。

ポジティブなこととネガティブなことが、くるりとつながって輪になって巡っていく。

 

プロ作家になる。架空の世界で誰かの心をとらえる。大きな賞をとる。

どれをとっても並大抵のことではない。

だから、こんな愚かな読者の「輪になっている」なんて薄ぼんやりしたイメージをぶちこわしてくれないか。

現代ものでも宇宙ものでもなんでもいい。

ぎゃふんと言わせてくれないか。

わたしは待っている。ずっと待っている。

*1:あるかなしかのルールですが、今回はご存命作家さんは「さん」づけ、故人は呼び捨てルールで記述しています。もっとも日本の作家さんおふたりは、名前を伏せていますが……