平凡

平凡

お絵描きエッセイ「経験は、絵にとっても宝なり!」

今日からは、文学フリマ東京39スペシャル! 

 

新刊『絵がド下手くそな文字書きが半年お絵描きして感じたこと

えーっ⁉︎ 絵って線を一本一本引かないと描けないんですか!?』

(詳細は下記のリンクに)

より、内容を抜粋してご紹介していきます!

hei-bon.hatenablog.com

 

ビントロングだけでなく、いろいろな動物を描いているうちに気がついた「経験の大切さ」のお話です。それではどうぞ!

(Webで読みやすいよう、改行は変えております)

 

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 ビントロングに飽き足らず、わたしは次第に他の動物を描くようになっていった。というわけで、その日、わたしはコアラを描いていた。

 

ぬいぐるみやデフォルメイラストでは愛らしさ100%だが、実際のコアラは、目が小さいというか、全身がだらんとしているというか。ペンを走らせながら、動物園で実際に見たコアラの姿、そしてオーストラリアで、コアラを抱っこしたときのことを思い出す。

 ある日、オーストラリア旅行から帰った母が言った。

 

「コアラな、意外とかわいいで。『したーっ』と体を預けてくるんよ」

 

 母は繰り返した。「したーっと」。それがいとおしく、愛らしかったのだという。「オーストラリア行ったら、絶対抱っこしたほうがええよ」。

 

というわけで、友人の海外挙式に参列したさい、わたしもコアラを抱っこしてみたのであった。間近で見るコアラはぽってりとして、ふてぶてしかった。施設の女性がコアラを抱き上げ、わたしに渡す。それはさながら、ユーカリの木からわたしの腕という止まり木への移動のようであった。

コアラはわたしに身を預ける。その重み、体温とともに立ちのぼるユーカリのにおい。それはまさに、「したーっ」としか表現しえないものであった。

 

 そういったことを思い出しながら、わたしはコアラの重みや、くったりと脱力した様子を描こうとする。模写をしながら、気がつく。コアラの頭は小さく、それに比べて腕が太い。こんな腕で、コアラはわたしの腕をつかみ、体を預けたのだ。

その実感を込めて線を引き、存外やわらかかった毛質を思い浮かべながら色を塗る。「目にした」「さわった」ことは、絵を描く上で大きな意味をもつと実感する。

 

 この「ふれたことがある」意味をことさら感じるのは、猫を描くときだ。わたしは猫が大好きで、しばしば保護猫カフェに足を運んでいる。記号的に描けば、猫の顔は楕円に三角形をふたつ乗せた形になるが、実際には、耳は丸みのある頭骨の途中に位置している。

 

「ああ、そうか、猫ちゃんの頭って、丸いもんなあ」

 

 猫の頭を描くとき、実際になでた感触を思い出し、その骨格を想像する。そうして写真を見返すと、「ああ、頭が丸いから、耳がこんなふうに見えているのか」と合点がいく。

 

 とはいえ、まだまだわたしの技術は拙い。コアラはなんだか木に紙人形を置いたようだし、猫の頭はぺたーんとしてしまう。

 

――コアラは、猫は、もっとかわいいのに。

 

 次こそは、そのかわいさを余すところなく描きたい、と思う。今度保護猫カフェへ行ったら、もっともっと、猫ちゃんを観察しよう。動物園で本物のコアラもじっくりと見たいな。表現することで、かつての体験を再び味わう。そうしてひとつの事物への理解が深まっていく。それは「愛でる」ということなのかもしれない。

 

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明日は、りんごを描いたときのびっくり体験!

「あれ? 世界って立体なんですか?」をお送りする予定です。

 

文学フリマ東京39『絵がド下手くそな文字書きが半年お絵描きして感じたこと』書影

 

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※入場には、チケット代1000円がかかります

🕙12/1(日) 12:00〜17:00開催
📍東京ビッグサイト
🎫チケット→https://bunfree.net/event/tokyo39/tokyo39_admission
📕イベント詳細→https://bunfree.net/event/tokyo39/