平凡

平凡

行ってない店はつぶれる、使ってないサービスはなくなる、そして。

行ってない店はつぶれる。使ってないサービスはなくなる。

あんまりそういう視点で語られないけれど、選挙や、もっというと民主主義もそんなものじゃないか。

 

むずかしいことを抜きにして、生活のすべてが政治に密着しているのはまちがえがない。

当たり前だと思っていることの多くは、少なくとも「世の中をよくしよう」という建前のもと、国会やら市議会やら区議会やら町議会で決められて、実行されている。

身近なところでは、車で快適に移動できる道路の建設や維持。消費税を設定する、税率を上げる。経済政策を反映した金利は、車やマンションのローンを組むときには重要な要素になる。地方政治の領域であれば、ごみの収集をどうするか。

 

「こうなればいいのになあ」「これっておかしくない」という声を聞いて、わたしたちのかわりに「こういう声があるんですけど」と言ってくれるみんなの代表を選ぶ。理想的には選挙はそういうものだ。

 

みんなの代表になることは、力を持つことでもある。みんなから集めたお金の使い道を決められる。自分のポケットからお金を出して、みんなの代表に特別なお願いをしようとする人も出てくる。

定期的に代表のメンツを入れ替えるのは、そういったことの防止にもつながる。おかしなことをすれば、次の選挙で落とされるかもというプレッシャーが発生するからだ(ある程度は、たぶん)。

いつも政治に関心を持ってあれやこれや言うのは大変だけれど、投票だけでも「ちゃんとやってくださいね。見てますよ」の最低限のメッセージにはなる。お手軽、いま風にいえばコスパがいいと思う。

政治的な話をしたくなければ、投票に行くのがいちばん手っ取り早い。

 

いざ投票しようとして気づくのは、意見が完全に合う候補者はまずいないことだ。「なんでこんなメンツばっかりが立候補しているんだ」と思うこともあるかもしれない。ただ、それが意味するところは、供託金を用意し、年齢を満たせば誰だって立候補できるってこと。学歴も経歴も性別の問わず、「みんなの代表になります!」と手を上げることができるのだ*1。これは民主主義にとって大切なことで、大切なことの裏表として、「投票したいと思える立候補者がいない」事態も発生する。

 

意見が完全に合う人はいないので、「自分がいちばん大切にしていること」「いちばん変えてほしいこと」がまあまあ一致している、あるいはマシな人を選ぶことになる。「何かを変えるために積極的に選ぶ」ばかりが投票ではない。「今のままで別にいい」と思う人は、現職や与党に投票するのもアリだろう。

 

めでたく当選した立候補者がおかしなことをしたとき、「あんなヤツに投票したヤツのせい」と言う人もいるが、そんなものは無視だ。「絶対的に正しい選択」なんてない。だって、完全に意見が合う人すらいないのだから、「完璧な候補者」もいない。そのなかでいちばんマシ、とその時点で思える選択をしているのだ。

「あんなヤツ」に投票した人もしなかった人も、「おかしなこと」が自分にとってもおかしなことがあれば、「おかしい」と意思表示をしてもいいし、そういうのは政治っぽくて嫌だなと思えば、次の選挙では違う人を選べばいい。定期的に選挙があるのだから、意思表示のチャンスはある。

 

「選挙に行ったところで何も変わらない」と言う人もいる。逆に考えてみよう。自分の一票がかならず何かを急激に変えたら怖くないだろうか。そういうことを避けるために選挙がある。ただ、事実としてたまに一票が当落を分けることもある。

「何も変わらない」とボヤくからには何か不満があるはずで、選ぶことを避けていれば、世の中は未来永劫変わらない。でも投票したら、すこしは何か変わるかもしれない。たとえばあなたが投票したのが野党の候補者で、落選してしまったとする。当選したのは与党の現職だ。状態を見ればまさしく「何も変わらない」。それでもたとえば当選者が「圧勝ではなかった」状態になったとすれば、その焦りから政策に影響が出る可能性はある。与党の現職に投票し、その人が当選した場合も、「この世代からも投票されるのか」と思われれば、あなたの世代に有利な政策を提案してくれるかもしれない。

 

「政治のことはわからないから、わたしのような者が投票しても」と言う人もいる。そもそも、政治はそういう人のためにこそあるのではないだろうか。難しいことはわからなくても、最低限の文化的生活をし、そこそこ安全に生きていける。お金がなくてもたいていは医者にかかれる。それはみんなの代表がさまざまな制度を決め、みんなから集めたお金を分配しているからであり、だれかが「政治のことはわからなくても、わからないまま生きていける世の中」にしてくれているのだ。

しかし、未来もそのままであるとはかぎらない。現状維持のために、選挙に行ってはどうだろうか。それに、民主主義のいいところはまだるっこしいかわりに、「一票では急激に世の中は変わらない」ところだ。

 

選挙にみなが行かなくなるとどうなるか。意思表示をしない人が増え、「選び直し」の緊張感がなくなる。そうすると、ひょっとすると「在任期間をもっと長くしよう」と決まりごとを変える人が出るかもしれない。「お金をくれる人の言うことだけ聞こう」と賄賂が横行、低所得者はないがしろにされるかもしれない。

今、もっともホットな人物はそれをやった。在任期間を長くし、権力を行使し続けられるよう、法律を変えた。お金持ちの友達を優遇した。ロシアのプーチン大統領だ。*2

究極は、年齢さえ満たせば誰もが投票できる「普通選挙」がなくなってしまうかもしれない。明治に成立したはじめての選挙法で投票ができたのは、高額納税者の男性だけだ。そういう時代もあったのだから。

 

わたしは日本という国が好きだけれど、不満もある。完璧な国なんてないので当然だ。治安がよく、水道水がそのまま飲めて、停電は「起きない」ことが前提になっているし、低所得者でも医者にかかれる。自己責任論は強いけれど、それでも基本的な福祉は最低限用意されている。言論の自由があって、政府の批判はおろか、悪口を言っても逮捕されることはない。

それらが当たり前ではないことを、わたしは知っている。誰かが意思表示をした結果、声をあげた結果、当たり前になったものがたくさんある。女性であり、高額納税者でもないわたしが投票できるのもそのひとつだ。

いまの良さを維持したまま、できればもっともっとわたしが考える「より良き未来」に進んで行ってほしいと思う。

そのためには、選挙はぜったいになくなってほしくない。まどろっこしくても完璧でなくても、ただの一庶民が、力なき一票しか持たない人間が意思表示をできる選挙は大切なものだ。

わたしの一票は、立候補者に投じるとともに、選挙がある未来にも投じている。

ミャンマーで軍事政権に弾圧された人が「普通に選挙があることのうらやましさ」を口にするとき、モスクワで「戦争反対」と書いたプラカードを持った人が連行されるのを見るとき、それは当たり前ではないのだと強く感じる。

 

「より良き未来」は人により違う。わたしが考える「より良き未来」とは対立する考え方もある。でも、どんな考えの人にも票を投じてほしい。いまのすばらしい「当たり前」を「当たり前」のままにするために。

夏の参議院選挙は、すこしでも投票率が上がってほしい。ひとりでも多くの人に、誰かの名前を書いた票を投じてほしい*3。切に切にそう願って、このエントリーを書いた。

 

画像は《収穫前の首を垂れる程に実った稲穂のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20161112328post-9611.html

稲作は国策と結びつきが深く、また日本のシンボルでもあるので……。

*1:ついでにいえば、立候補の段階では実行力や情熱でふるいにかけられることもありません

*2:ロシアの投票率がどうだったか、普通選挙普通選挙として機能しているのかわかりません。なので、プーチンの現状が「ロシアの有権者のせい」と言うつもりはありません。ここでは「在任期間が長くなると独裁化の可能性が高まる」例として挙げています。民主主義には、なるべく権力の集中を避けるための安全弁がたくさん用意されているもの。そのための一つの方法が投票だと思うのです

*3:わたしが考える選挙の効用は、選ばれることのプレッシャーと意思表示なので、白票には反対なのです。わたしが邪悪な高齢者になり、自分の年代だけを優遇してほしいと考えたら、投票率が低い若い世代には、「白票でいいから選挙に行こう! あなたたちの世代のことを見てもらえるよ」と呼びかけると思います。政治家が見ているのは、直近の選挙の「票田」だけなので、白票は怖くないとわたしは考えています。白票は自分にも敵にも「票田」にはならないからです

シルバニアファミリー遊び。その敗北の歴史。そして親の愛

ちいさいころシルバニアファミリーで遊んでいた――というか、持っていた。こんな言い方になるのは、シルバニアでの遊びには、ある種のつまずき、敗北があったように感じるからだ。

 

 

最初の敗北は、シルバニア遊びの入り口、お人形選びからだ。わたしが最初に買ってもらったのは、たしか自分のなかで「シルバニアといえばこれ!」と思っていたグレーのうさぎのお姉さんだったと思う*1。つぎはたしか、ベージュのねずみ。いずれも選定理由は、「なんだかかわいいから」「着ているお洋服が似合っているから」。そのあと買い集めた数体も、そんな理由だったと思う。結果、手もとにあるのは自分でもなんだかよくわからない寄せ集めファミリーになった。当然、お父さん、お母さんといった役割もない。

 

次はインテリアだ。ある年のクリスマス、特大プレゼントとして、シルバニア用の大きなログハウス風の家を買ってもらった*2。包みを開けたときはうれしく、目の前のシルバニアライフは前途洋洋に思えた。

しかし、悲しいことに、わたしにはインテリアに対する想像力がとことん欠如していた。大きなおうちはいつまでたってもがらんどう。おもちゃを次々買ってもらえる環境になかったこともあるが、気が利いた子どもなら、空き箱などを利用して家具っぽいものでも作るのではないかと思う。

しかし、当時のわたしにはどうしてよいかわからなかった。わかるのは、お店で見てあこがれた夢いっぱいのログハウスと現状が、明らかに異なることだけ。次のクリスマスにはキッチンセットを買ってもらったが、それだけでは家っぽくならなかった。お人形を漫然と2階に置いたり、手で動かしてとことこと階段を降りさせて1階に連れて行ってみたり。憧れのログハウスでの遊びは、いつも家をウロウロさせているだけで終わってしまった。

 

こういった敗北の原因には、いま思えば心当たりがある。ちいさいころからごっこ遊びをしたことがなかったのだ。家具を置こうという発想がなくても、お人形がバラバラでも、人形に役割を与えさえすればごっこ遊びが成立、したがってログハウスも上手く使えたのではないかと思う。

そんなわけで、わたしにとって、シルバニアファミリーは見ていてかわいい、手触りのよい動物のお人形以上にはなかなかならなかった。

 

圧倒的敗北。

 

だからといって、シルバニアファミリーで遊ばなかったかというとそうではない。ログハウスの外で、物語の一場面の再現のようなことはやっていた。

記憶にあるのは、小学校中学年ぐらいのときの「ドンドコドンドコ」だ。

わたしの子ども時代は、いわゆる「モンド映画」――世界の衝撃的な風習(とされるもの)を見せるフェイク・ドキュメンタリーの流行の最後期だった。もちろんそんなものを見せてもらえるわけがないが、いかがわしさを感じるからこそ、子どもらしく好奇心をそそられたものだ。

そんなわけで、『食人族』か何かのポスターを映画館の前で見たのではないかと思う*3。わたしはある時期、「秘境で食人族につかまって食べられてしまう~。あやうし!」というありきたりなシーンを思いつき、それをシルバニアファミリーで再現して遊ぶのにハマっていた。

数少ないシルバニアファミリーを車座に置く。服は着ているけれど、頭の中では腰蓑を巻き、槍なんかを持っていることになっている。真ん中に燃える焚き木も、想像力で補完する。そこにかわいそうな犠牲者・うさぎが吊るされる――はずだが、道具を使うような頭も、そこまで残酷なことを再現する根性もないので、うさぎの人形を手でつかんで「わあわあ」というように揺らす。やはり頭の中だけで、車座になったシルバニアファミリーたちが「ドンドコドコドコ」と原始的なリズムを刻む――。

内容はそれだけだ。うさぎは殺されてしまうのか、はたまただれかが助けに来るのか。そういった物語性はなく、ひたすら「わあわあ!」「ドンドコドコドコ」の繰り返し。ちょっといけない妄想という自覚はあったので、無言だった。

 

ある日のこと。それを父に見られてしまった。ハッとしたわたしはうさぎを下ろし、ただの背景と化していたログハウスに置いた。あたかも「わたしはうさぎさんをお庭で遊ばせていたんですよ。今度はお家の時間ですね」というように。

しかし、父はニコニコと言った。

「平凡は感性豊かだなあ。さっそく、ミュージカルの真似をしている!」

そのころ、母が劇団四季にハマっており、わたしも『キャッツ』や『オペラ座の怪人』に連れて行ってもらっていた。どうやら手に持っていたうさぎは、舞台を滑空する役者であると父は解釈したようだ。親の欲目のありがたさよ。

「うん、ミュージカル、すごかったから。音楽も、よかったし」

音楽も何も、実際は「ドンドコドコドコ」なのだが。わたしはモゴモゴとごまかしたのであった。

 

その後、家族にさまざまな問題が持ち上がったが、それでもわたしが父のことを父として好きでいられる理由のひとつが、このミュージカル誤認事件だと思う。

 

わたしのシルバニアファミリー遊びにまつわる思い出は、そんなところだ。正統派の遊びには敗北した。しかし、邪の道にそれたことで、父の思わぬ親バカぶりにふれられた。こういうの、なんていうんだっけ。勝負に負けて、試合に勝った――だろうか。

シルバニアファミリーのことを思い出すと、あの短い毛が生えたお人形のなんともいえない手ざわりとともに、いつもこんな記憶がよみがえる。

 

今週のお題「何して遊んだ?」

 

画像は《モコモコのうさぎのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20121122324post-2139.html

なんとなくわたしのなかでシルバニアファミリーの王道トップスターはグレーのうさぎでした。注釈に書いたとおり、現在は廃盤。発売されていたのは初期の10年ほどで、当時はやはりシルバニアの中心を担う商品だったようです。

*1:たぶん製品の設定としてはお母さん。グレーのうさぎは現在は生産中止になっているようです

*2:1985年発売の「デラックスハウス」と思われます。

https://www.sylvanianfamilies.com/ja-jp/world_view/history/

*3:年代的には『食人族』ではなかった可能性が高いです。あのころは平気で2本立てとかやっていたので、リバイバルしていたのかもしれませんが。とにかくああいう系の映画ポスターを見たものと思われます

ライターちょっと怖い話。「世にも奇妙な明治創業」編

こんにちは。紙雑誌中心に書いておりますライターの平凡と申します。

 

夏にはすこし早いけれど、今日はライターをやっていてヒヤッとした話を書こうと……思ったのですが、よくよく考えればこれ、人によってはぜんぜん怖くないかもしれません。

「どこが怖いの?」と思われた方は、「ライターは細かいところが気になるんだな~」とご笑覧くださいませ。なお、お話は事実と変えているところがございます。

 

 

それは老舗特集の取材でした。その日の対象は、とある繁華街にある明治創業の料亭です。ネットには「1875年創業」と具体的な年も記されています。

 

お店に行ってみると、店舗はうわさ通りの見事な数寄屋づくり。しかし、建物はまだそれほど古びていません。

「昭和に建築したので、技術をもつ大工を探すのが大変でした*1。が、前の店主が『どうしても』とゆずらなかったんです。結果、多くのお客様によろこばれていまに至ります」

家業を継いだ2代目が、こだわりの店舗を建てたのかな。きっかけは、移転とか再開発とか……。わたしはペンを走らせました。

床の間にかけられた名のありそうな掛け軸、品のよい茶花が活けられた花器。これらは代々受け継いだものなのでしょう、と思いつつわたしは尋ねました。

「それで、このお店は佐藤さん(仮名)で何代目なのでしょうか」

「兄が亡くなったのは10年前で……わたしが2代目ということになるのでしょうか。いっしょに創業して、ふたりでやってきたので」

んんん?

ご兄弟で創業? 目の前にいる現在の店主はどう見ても50代。明治からお店の発展を見届けてきたようには思えません。お兄様がすごく年上だったとか? 「創業100年以上の名店」というくくりでよく紹介されているお店だし、いくらなんでも。

「創業は明治なんですよね? お父様から継いで、ということでしょうか?」

のれんわけ、戦争によるなんらかの断絶などなど、さまざまな可能性が頭をよぎります。

「いえいえ、僕ら兄弟でまったく新しく立ち上げたお店です。昭和52年だったかな。開店のとき、兄がしつらえにこだわって、オープン時期がズレたりねえ」

つまりこの数寄屋づくりを建てたのは、開店時だったと。ええい、このさいはっきり聞いてしまえ。

「ネットには、こちら創業100年以上、明治8年に開店したとありますが、あれは……」

ああ、あれねえ、と店主はため息まじりに答えました。

「誰が言い出したか知らないけど、いつの間にかそう書かれていたんです」

室温がスーッと下がったような気がしました。

「うちは昭和50年代の創業です。それで間違えありません」

訂正する方法もないからほっとくしかないんです、と店主は話を結びました。

 

いやいやいやこれツッコんで聞かなかったら(取材時に創業年を確認しないことはまずないとは思いますが)――わたしも間違えて書いてた可能性があるってこと? と青くなったのでした。

 

そのお店、公式サイトもFacebookページもなく、ネットでの自発的な発信は一切行っていないんです。ぐるなびなどのサイトにも掲載はありません。しかし、とても有名です。有名グルメサイトの「秘書がすすめる手土産特集」なんかにもおもたせが出ています。そういった企業が制作したページにも、個人が書いた口コミサイトにも、「100年以上」「明治8年創業」の文字が踊ります。わたしが下調べで見た情報も、そういったものでした。

 

もちろん、掲載前には一度、お店の人に原稿を確認してもらいます。でも、たまに間違えていてもスルーされることがあるんですよ。ほんとうに見落としている、原稿をほぼ見ていない、間違えていることを知っているけど雑誌記事なんてどうでもいい、などのケースがあるのかな、と推測しています。

どんなパターンでも、電話で「これってこうですか」と確認すると、「あ、ちがいます、こうです」と教えてくれるんですけどね。

その料亭の場合、あちこちにあれだけ具体的な年数が書いてあれば、校正時にはわざわざ口頭で確認しないでしょう。

 

有名グルメサイトの手土産特集記事は、スタンダードな制作ステップを踏んでいれば、掲載許可を取ったうえでおもたせを購入して撮影。テキストに関しては、直接話を聞かずに構成しているんじゃないかなと思います。で、そのあとは校正を取るはずです。聞き取りなしで記事を書くこと自体は、わたしは非難に値するとは思いません。雑誌でもそうすることはあります。掲載スペースがちいさい場合など、お伺いして時間を取ることの是非もありますし。

ただ、どんな記事作成方法を取ったとしても、ふつうは許可と校正取っていれば情報が修正されるものです。ふつうであれば*2

 

当該のお店は、ちょっと不思議な雰囲気があり、業態もすこし特殊。創業年がたとえば平成元年など、新しいほうに間違えられていたとしても、「誰か知らない人が言っていることだから」とスルーしそう。「老舗といわれてトクだから修正しない」という感じはありませんでした。

 

Webには要確認情報が多数ありますが、ここまで大胆な誤情報はなかなかありません。

わたしの予想では、創業年を同業他社と間違えた人がいて、それをそのまま口コミサイトに書き、具体的な年数であるがゆえに広まったのかなと。真相は確認しようがないですが、わかればなんでもないことなのでしょう。幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 

えっ、これのどこが怖いかって? 間違えた情報を書いちゃうのは怖いんですよ。べつに創業年間違えていたって人体に害があるわけではないですが――*3明治8年には明治8年の、昭和52年兄弟での創業には昭和52年創業の違った魅力がある。それが正しく伝わらないのもいやですし、純粋に「広義のデマを流してしまうことの恐怖」があります。なので、そういうことがないよう、校正に神経をとがらせています。

あと、ライターという立場を抜きにしても、知らないうちに創業年が捏造され、広がっているのはなんか怖い。都市伝説かよ。

 

ついでにいうと媒体の性格上、「ネットでは間違えた情報が拡散しているが」と書くわけにもいかず、正しい創業年を書くのはそれはそれで怖かったです。「えっ、この記事間違えてない?」と思われる可能性が高いわけで。

 

以上、情報はよ~くたしかめようねッという自戒的な教訓込みでの、あくまでわたし的にちょっと怖い話でした!

 

 

画像は《優しい光が照らす日本家屋のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200455104post-26877.html

*1:そういった技術をもつ大工さんは年々減っています。この料亭が店舗を建てた時期には、いまよりずっと数が多かったとは思いますが

*2:無許可の可能性もありますが

*3:時にはお店に迷惑がかかり、媒体や自分の信用には害があるので、やっぱりよくはないです

人生に負けないように

夫のスマートフォンのホーム画面は、猫画像だ。しかも、めっちゃメンチ切ってる(にらみつけている)ところ。

知らない人に見せると、たいてい「猫も笑うのね」と言われるが、とんでもない。口元をゆがめ、目をつりあげてにらみつけているのだ。

 

写真はフリー素材より。文中の猫ちゃんとは関係ありません。

 

ホーム画面の猫は、通っている保護猫カフェのかつての“推し猫”であった。たいへん気が強い猫で、気に入らない猫がいるとバッシバッシと殴り歩き、天上天下唯我独尊のごとし。そんなところにほれ込んだのであった。

 

保護猫カフェの猫たちを見ていると、攻撃的な猫がかならずしも強いわけではないことがよくわかる。

 

オス猫があるメス猫にやたらとケンカ売りに行くなと思って見ていると、メス猫のほうはまったく動じず、相手にしていないことがあった。対するオス猫は、繊細でビビりだ。新しい子猫が来ると必死で威嚇するが、イカ耳になっていたりする。イカ耳とは耳を伏せた状態のことで、猫が怖がっているときにするとされるしぐさだ。以上を考えると、人間の目には、そのオス猫は強いメス猫に恐れを抱いているのではないかと映る。

 

一方、ケンカをよく吹っ掛けられるオス猫がいた。めったに相手をしないし、怒らない。てきとうに迷惑そうに無視している。しかし、いったん怒ると威嚇一発、相手は逃げ出していき、本気のケンカにすらならない。彼には猫にしかわからない強さがあるのだろう。そして定期的に彼を慕うオス猫が現れ、それはそれで迷惑そうにしていた*1

 

と書くと、「保護猫カフェは常に荒れ荒れの戦国乱世なのね」と思われるかもしれないが、そんなことはない。当然、在籍猫の性格による。店内の猫関係が荒れているときに観察していると、上記のようなことがあった、というだけだ*2

 

乱世のごとく店内が荒れていた時代に現れたのが、前述の“推し猫”であった。名はスペースちゃん、性別はメス、からだは小さく手足は短い。しかし闘志はバカでかい。カッとなると、大きい猫にも強烈な一撃をお見舞いする。彼女がおびえているのを見たことがない。「やるかやられるか」ではない。選択肢は常に「やる・やる・やる」だ。攻撃的でしかもハートが強い逸材だった。

 

その性格は卒業、つまり里親さんが決まり、保護猫カフェから旅立つ日も顕著だった。スペースちゃんは人間にはそれほど厳しくないので、不満いっぱいの顔をしつつも抱っこされてキャリーにおさまった(たいていの猫は抱っこが嫌いだ)。

そこまでは平和だった。

暗雲がたちこめたのは、若いオス猫がキャリーのまわりをウロウロしはじめたときだ。若猫は、あろうことかリュック型キャリーごしに猫パンチをお見舞いした。せまいキャリー内からでは、反撃しづらい。スペースちゃん、圧倒的不利。しかし、そこでやられる我らが“推し猫”ではない。スペースちゃんはキャリーの網ごしに、若猫をにらみつけた。顔をかたむけ、口と目をつりあげて静かに、静かに。

――猫もメンチを切るんだ!

先に目をそらしたのは、当然、オス猫のほうであった。

「スペースちゃんがメンチを切って、若猫を撃退した!」

「キャリーインして動けない状態なのに勝った!」

我々夫婦はいたく感動した。

 

時は流れ、我々は新たな推し猫を見つけたりその卒業を見守ったりした。

 

そうこうするうち、夫が精神的に追い込まれたことがあった。

「自分が悪いのではないか」と自身を責めるが、話を聞いてみると、妻の欲目を抜いても夫は悪くない。「そんなわけない。それは周りがおかしいでしょ」などと認知をただしつづけた。

その一環として、「とにかくすべてをぶん殴り、敵をにらみつけて撃退したスペースちゃんの精神にならうぐらいがよいのではないか」という話になった。

そんなわけで、夫のホーム画面はいまもスペースちゃんのメンチ切り画像だ。「人生に負けないように」そんな祈りを込めて。

 

我々に文字通り勇気を与えてくれたスペースちゃん。今でも感謝しているのだが――。彼女はいまや、ひとのお家の猫ちゃんだ。こんな思いを抱いているのも、なかなか気持ち悪い客である。気持ち悪いついでに、「いつまでも元気で幸せに暮らしてほしい」と願って記事を〆る。

 

 

以前、スペースちゃんについて書いた記事。なお、スペースちゃんは仮名です。4年前……。

hei-bon.hatenablog.com

 

 

今週のお題「ホーム画面」

 

画像は《威嚇して縄張りを守る猫のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20160310076post-7267.html

*1:ついでにいうとメス猫にもめちゃモテていた。みんな去勢・避妊しているのだが……。メス猫にすり~すり~とされながら、ひたすら目を泳がせていた。あんなに強いのに! ここに出てくる猫ちゃんたちは、みな卒業済。お家でのびのびと暮らしている。里親さんがSNSをやっている猫ちゃんを見る限り、顔つきは穏やか、甘えたものに変わっている

*2:子猫であっても威嚇もケンカもスルーする猫ちゃんもけっこういて、そういう子が多いと店内は平和

ライターとして書くなら好きなジャンルを書いたほうがいい? そこんとこどうなの?

ゴールデンウィーク明け、忙しくて魂が抜けております。雑誌を中心にライターをしております平凡と申します。

なぜゴールデンウィーク明けが忙しいかと申しますと、まず撮影や取材、インタビューは連休前に詰め込まれがち。そしてお休みの前後にレイアウトがアップします。そうすると文字数が決まるので、ゴールデンウィーク中に執筆です。えっ、わたしの連休どこ行った⁉ で、休み明けに締め切りが集中。そして、原稿アップ後は書いた分だけ校正があります。ぜえぜえ。

 

 

前置きが長くなりました。本日は、ライターとして何を書くのがよいか、という話です。

たとえばコスメ好きな人はコスメについて書いたほうがいいのか。K-POPが好きな人は、車好きな人は、映画好きな人は……てな話ですね。

 

大筋でいえば、わたしは好きな領域で仕事をするメリットは大きいと思っています。

答えは単純で、「土地勘があるから」。

知り合いのライターで、ファッションが大好きな人がいました。高校時代はパリコレがあるたびに中継を見ていたといい、筋金入りです。

対してわたしはファッションはかなり苦手。ファッション要素がすこしでも入る記事は、「書くのが難しいな~」と感じます。たとえば「きものリメイク流行中!」てな記事があるとすると、9割はなんで流行ってるのか、どこでどんなリメイクができるのかの情報です。残りの1割は実際にリメイクした服についての説明を書くことになり、そこが難しい。

対して彼女は、「えっ、ファッションの記事って見たまま書けばいいだけじゃん。いちばん書きやすいよ!」とこともなげに言いました。

その「見たまま」が難しいんじゃ~~! まず何を書けばいいの? 色? 形? 組み合わせ? そしてそれぞれをどう表現すれば?

くしゅっとした生地は「シャーリング」と言ったり、最近だと健康的で飾り気のない着こなしを「ヘルシー」と表現したりしますけれど、そういう言葉が出てこないわけです。 

でも、彼女にはわかるわけですよね。コーディネートのポイントや、そのアイテムがどんな流行を取り入れているかも、見てすぐわかる。それは、彼女がふだんから興味を持って情報を自然に集め、アップデートし続けているから。

みんな好きなことについてはそうなんですよね。ゲーム好きな人なら、メインビジュアルとイントロダクションを読めば、それがどんな人に向けて作られたものか、どこがターゲットに刺さるポイントか、だいたいわかるでしょう。でも、ゲームを普段やらない人には、その辺がまずわからない。

好きなジャンルに関しては、脳内でマッピングができているんです。だから、「それがどの辺に位置するか」がわかる。説明するための、自然で適切なことばもたくさん知っています。

たとえば洋服だと、裾が広がっているデザインについて「フレアが~」と説明すると違和感がないけれど、「富士山のような裾広がりのシルエット」と書いたら明らかに外れている。知らないジャンルについては、そういうことが起きないかヒヤヒヤします。

好きなジャンルは、ラクに楽しく、クオリティ高く書ける! だから、読者が喜ぶ原稿を書ける! いいことづくめです。

 

ただ――。上の一般論から外れるジャンルがあるとわたしは思っておりまして……。それは、「推し」的に、「オタク」的に好きなもの。

と書いておきながら、わたしはあまり熱狂するものがないので、この辺はもにゃっとした物言いになります。

K-POP全般が好きな人が、K-POP全般について書く。これは幸せだし、知らないと書けないと思います。しかし、「推し」にインタビューしたり、書いたりする機会を得たときに果たして幸せなのか? は、正直わかりません。ディープなファン道は人の数だけあるので、人によっても違うと思います。たいていは(緊張したり舞い上がったりで大変だろうけれど)幸せだろうとは思います。

 

あとはコンテンツ系で、そのジャンルが人生の支えになっている場合、注意が必要かもしれません。

というのも、わたしには好きなコンテンツ系ジャンルがあり、それについての仕事もうけています。海外ドラマとか映画とか文学とかJ-POPとかアニメとかゲームとか、まあそういうざっくりしたジャンルのひとつだと考えてください。

もともとあまり好き嫌いはないほうですが、仕事ということでよりまんべんなく作品をチェックするようになりました。

ジャンルへの見識と愛は深まったのですが、自分が本来、どんなものが好きだったのか見えなくなった時期があるんですね。もともと「好き」が淡い人間なこともあり、それで困ることもないのですが、ちょっと据わりが悪く感じました。「好き」のアイデンティティが揺らいだんです。

それでも続けていくうち、「自分が好きなもの」「好きではないけれど、作品としてすごいもの」「制作体制がおもしろいもの」などなど、切り分けがはっきりしてきて落ち着きました。

そしてそして。いまはデメリットを取り上げましたが、「好き」や「好み」の枠を外したからこそ見えるものが確実にあるんです。「あんまり好みじゃないな」というものでも、「仕事の一環」と思うと正面から向き合えます。そのことで、好みではない作品の良さが見えてくる。視野が広がるわけです。

ときどきTwitterなどで、有名な同業者に「好きでもないモノを見なきゃ・プレイしなきゃいけないんでしょ~カワイソ~」なんてリプが飛んでいるのを見ると、「カーッ! わかってねえな!」と思います。

消費者の立場で好きなものにだけふれ、気楽にあれこれ言うのはまったく正しい姿勢ですし、楽しいものです。でも、そうじゃない喜びも存在するのです。

もちろん人と気楽に話すときは一消費者に戻り、わたしも「ああだこうだ」言いますし、楽しいものですが。

 

ともあれそんな経験があるので、「嫌いなものは絶対見たくない」人はもちろんですが、「このコンテンツに人生が救われている」など、そのジャンルへの強い気持ちがあり、アイデンティティにがっちり結びついている場合は、仕事でかかわるには注意が必要かもと思うのでした。

 

ただ、ライターですから。制作者になるよりは、「『好き』を仕事にするのは幸せか?」の問いはシビアではないと思います。

 

最後に、じゃあ、興味がない対象やジャンルについて書くのはどうなのか――。

仕事にすると興味がわいて、たいていのものは面白く感じます。わたしは本来、興味のレンジがすごーく狭い人間なのですが、なんでも屋的に仕事をしたおかげで、「好き」や「興味」の幅が広がりました。その一方、ファッションのように、「これはあまりに土地勘がなくて無理ー」というものもあります。

 

何回か書いていますが、ライターに限らず請け負い仕事は「好き」を発信しておくと、それについての仕事がきます。仕事を発注するほうも、できれば好きな人に楽しくやってもらいたいと思っているからです。なので、SNSなんかで「あれ見て楽しかった」「最近これが好き」と発信すると、みんな幸せになります。

仕事関係なくても、何かに楽しそうにハマっている発信って、見ているほうも楽しくなりますよね。世界の幸せの総量が増える!

 

そんなわけで、「ライターとして書くなら好きなジャンルを書いたほうがいい?」は、わたしとしては力強くYes! 世界もあなたも幸せにしてくれる! と答えます。

……が、人とジャンルによっては注意が必要かも~と、ちょっとただし書きをつけたくなるのでした。

 

追記:

今回は「書く対象」についての話ですが……。書くこと自体が好きな人がライターをやる、に関してはまたいろいろと思うところがあるのでした。

そのあたりはこの記事に書いています。

hei-bon.hatenablog.com

 

写真は《PCに手が届かないノマドトイプーのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20220429118pc-61.html

命の引き潮のなかで、砂浜からうつくしい貝殻が姿を現すように

生きることは変化することだ。老いていくなかで、多くの変化は「失うこと」につながっていくけれど――。命の引き潮のなかで、砂浜からうつくしい貝殻が姿を現すような出来事もある。

 

学生時代、歴史が苦手だった。それはいまも変わらない。大局的な歴史にはどうしても興味が持てない。

ただ、憧れはある。人類の歩みや、傑物たちの活躍、国の成り立ち。教養としても知っておきたいことがたくさんあるのだ。何度か興味を持とうとしたけれど無理だった。

たとえば日本史の授業なら、「足軽は何を思って死んでいったのか」「戦が起きると、その地の庶民はどうなったのか」が気になった。それを気にしているうちにも、黒板の上で勢力地図が入れ替わっていった。あわててなんとかの合戦についての説明を読むけれど、その内容は頭をすりぬけていった。

 

時代がいきなり飛ぶが、大人になって漫画『キングダム』を読んだとき。

新鮮だったのは、序盤は主人公が一雑兵からスタートすることだ。合戦のなか、将軍のもとで雑兵がわらわらと戦い、命を落としていく。それをまず、将軍ではなく雑兵の視点から体験できる。そのことに興奮した。それは、「何々の戦い」と聞いたときに、わたしが一番知りたかったことだった。というか、それを知りたかったこと自体に『キングダム』を読んではじめて気がついた。

もちろん『キングダム』に描かれているのは史実そのものではないし、庶民の感覚や感情は、現実には異なるものだった可能性が高い。それでも馬にも乗れない一兵士の視点から物語が描かれていると、がぜん興味が高まるのだった。

 

いま、人生ではじめて大河ドラマを見続けているモチベーションも、『キングダム』に近い部分がある。

『鎌倉殿の13人』の主人公は北条義時であり、物語はあくまで歴史に名を残す人物が中心だ。雑兵や庶民の思い、生活が描かれているわけではない。それでも徹底しているのが、「戦は勇壮なものではなく、血なまぐさいものである」という視点だ。そのため、歴史上の偉人もまた、斬られれば血を流し、すんでのところで生死がわかれる人間なのだと感じることができる。

脚本や演出、役者陣の演技の巧みさに大きな魅力があるのは当然のこと。しかし、それだけではわたしのようなミクロの視点しか持たない者は、歴史物語を見つづけられない。“偉人たちの肉体”を感じられる点が重要なのだ。

 

そしていま、調べものをしている。何に関してかというと、イギリス・ヴィクトリア朝期の庶民の生活についてだ。このあたりは文献も文学作品も多く、この時代を舞台にした映像作品もたくさんある。調べがいもあるが、そのぶん愛好者も多く、いいかげんなことを書くとつっこまれること請け合いの時代でもある。

ヴィクトリア朝について調べているのは、それ風の世界を舞台にした物語を書いているからだ。わたしは世界観や設定を考えるのが苦手なので、それ風の世界を……という消極的な理由で選んだ手法だ。

ちなみにこういった理由で“それ風の世界”を設定することは、創作界では「あかんヤツ」に分類されるている。「あかん」とされる理由は、「想像力もない奴が中途半端にラクしようと思ってその方法を選び、結局、中途半端な世界観になる」からだと思う。やってみるとそれは真理だとわかる。調べものを反映するのはとても難しいし、元々その時代を愛していないと穴がボコボコできる。やるなら腹を据えて“それ風”ではなく、その時代を舞台にせよ、ということなのだろう。

 

それでも、これがとても楽しいのだ。産業革命時の激烈に不潔な環境のなか、我が主人公たちはどこに住み、何を食べ、どうやって生きているんだろう。テラスハウスに憧れつつも労働者向けのフラットに住んで、朝は砂糖たっぷりの紅茶(ただし使い古しの茶葉で淹れる)でカロリーをとり、牛脂などで揚げた初期のフィッシュ・アンド・チップスを食べているのか。

調べものをしていて印象的だった内容がある。「料理のなかでも『焼く』はあるていど富めるものが選べる料理法でした。なぜなら短時間に強い火を起こせるだけの燃料、設備が必要だから。一方、『煮る』は長時間ほうっておけばよく、暖炉などでついでにできるので貧者もとりやすい調理法でした」。「焼く」が富めるものの調理法なんて、考えたことがなかった。他の文献にも「調理には石炭代がかかるので、食事は買った方が安上がりだった」とある。

時代風俗について、建物について、食べ物について。意外な書物に意外なヒントが見つかることもある。何かを調べるつど、空想の輪郭がはっきりとしていく。

時代背景にあわせ、物語の筋を変えることもある。たとえば、主人公たちが料理を楽しむ……というシーンは、前述の資料を読んで変えざるを得なくなった。それが残念かというとそうではない。事実に縛られるほどに、より彼らの存在感に肉付きがましていく。それはそれで楽しい。

もし彼らが同時代の日本にやってきたら……? そう考えると、国内の旧所名跡に行っても興味の持ち方が変わってくる。この場所は明治時代にはどんな扱いで、どんな状態だったんだろう。この旧所名跡の歴史や由来を聞いて、どう思うだろう。

この年になってイタいのは承知だけれど、ものを調べる、ものを知ることの喜びをひとつ広げてくれたのであった。

 

『キングダム』から創作まででわかったことは、要するに――。わたしが興味をもてるのは、庶民の生活史と一個人の視点だけなのだった。

 

最近考えるのは、学生のころ、もっと生活史の本を読めばよかったということだ。もしくは、何か歴史に関する新書を。たとえば最近読んだ『物語 ウクライナの歴史』の冒頭には、スキタイ人の話が出てくる。詳細に描かれているわけではないけれど、遺物や文献から推測できる当時の彼らの生活の一端が描かれている。「スキタイ人が現れ……」と世界史の授業で習ったとき、それらを知っていれば、もうすこし印象は違ったかもしれず、授業内容はもうすこし頭にとどまってくれたかもしれない。

 

受験勉強にはもはや役には立たないけれど、歴史に対する自分なりの興味の芽生えは、心に明るいものをともしてくれた。「生涯、興味がもてないままだろう」と思っていた対象に、ふとした瞬間に照準が合う。「わかる」「得意になる」わけではないけれど、自分なりの興味の持ち方がわかる。こんなことがあるなんて。

変化のなかでも、年齢を重ねることをあまりポジティブにとらえられないわたしだけれど、こういったことがあると、「前向きに生きてみようか」とすこしだけ思えるのであった。

人生には時間制限があることも多いけれど、知的好奇心にまつわることは、待っていてくれることもある。

 

学生時代苦手だったこと、興味を持とうとがんばったけれど難しかったことはたくさんある。たとえば、数学。学生時代はよい先生に恵まれ、なんとか落ちこぼれのわたしを引き上げようと補習も組んでくれたけれど、どうしてもついていけなかった。最近になって、中学数学やり直し、のような書籍を読んだこともあるけれど、いまひとつよくわからない。

 

数学にも、いずれは何か意外なとっかかりで興味を持ち直したり、「ここがわからなかったんだ」とわかる日がくるかもしれない。……こないかもしれないが、可能性が「ある」ことが与えてくれるほの明るさが、たしかにある。

 

信じるでもなく、期待するでもなく、ただ可能性が「ある」ことをはっきりと胸に刻んで、砂浜を歩く。いつかどこかで貝殻が見つかるかもしれない。あるいは角が取れ、宝石になったガラスのかけらが。若さ、記憶、体力。さまざまなものが波にさらわれポサポサと抜け落ちつづけていく人生のなかで、それはそうそう悪いことではなさそうだ。

 

写真は《砂浜に落ちていた貝殻のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200151006post-25111.html

それでもEvernoteは埋まっていく

最初に断わっておくと、ここには生産的なものは何もありません。あるのは中年の叫びだけです。

 

はてな匿名ダイアリーに、「結婚してない、子供いない、仕事で自己実現できていない中年はどう生きるべきなのか」というエントリーが上がっていました。気になる方は検索していただくとして、大筋はタイトル通り。齢30後半でないない尽くし、人生むなしくなる、というもの。わたしは結婚していますが、わかる部分もあって複雑な気持ちで読みました。

 

ただ、どうにもこうにも一部が引っかかったのです。ほんとうにごくごく個人的で、主題にはあんまり関係ない部分なのですが。

 

匿名ダイアリーの主は書きます。

《「生産的な趣味を持て!」とか言われるだろうけど、生産的な趣味で承認されるほどのスキルがあったらこんなことで悩んでいないのよ。

今まで何もしてこなかったおっさんが急に生産的な趣味に目覚めても、周りの生産性との差を自覚して惨めな思いするだけでしょ。

孤独なおっさんが誰にも承認されずに趣味に生きてなにが楽しいのよ。》

 


ここでいう「生産的な趣味」とは、創作系でしょうか。漫画、音楽、文章などなど。

おい、と思うわけです。そういう趣味は、承認されようがされまいがやっちゃうのよ。拙くても作っちゃうのよ。そう言うと、「じゃあ好きこそものの上手なれでしょ」とわっくわくされがちだけれど、そんなことはないのよ。当然、惨め。惨めですよ。

WEBじゃ承認されてるものばかりが目に入るけれど、そんなの氷山の一角なのです。

 

そして、こういうエントリーの反応につきものの「ヘンリー・ダーガー」の名前(ブックマークコメントをご覧くださいまし)。

「承認を求めず創作してみては」とすすめる意味で挙げられがちなのでしょう。

ご存知の方も多いでしょうが、ヘンリー・ダーガーとは、だれに見せることもなくえんえん絵物語を綴り続けた男性で、生涯独身。

没後、大家によってその作品が見いだされ、アウトサイダー・アート(美術教育を受けていない者が生み出した芸術作品)の第一人者として名前が知られるようになりました。

81年の生涯の中、約60年間をかけて『非現実の王国で』という物語をつむぎ、そのボリュームはテキスト1万5000ページ以上、挿絵300枚。

 

でもね、わたしは思うのです。たぶん、ヘンリー・ダーガーになれなかったヘンリー・ダーガー未満の人間は世界にたくさんいるのです。その多くの作品は拙くイタく、作品が見つからず捨てられたらいいほうで、発見されたら「キモ」とやっぱり捨てられてしまうのです、きっと。ヘンリー・ダーガーは見出され、そして非凡だったからこそヘンリー・ダーガーなのです*1

自分より一生懸命研鑽を積んできた自分より上手い人なんてゴロゴロいて、差を自覚して惨めになる。そんなことばっかです。うん、わかる、匿名ダイアリーの主はこんなふうになりたくないので近づかない。賢いのです。

惨めでむなしくて何かを生産しているのに非生産的な気持ちになって、でもやりたいからやっちゃうのです。それだけ。承認がほしくないかと言ったら嘘になる。それでも今日より明日はマシなものをお出しできるようになりたい。誰の役にも立たなくても。それでも、誰かに届いたら死ぬほどうれしい。

たぶん、創作的な趣味ってそういうもので、あんまり生産的じゃないのです。少なくともわたしにとってはそうです。同時に、ああいうこと書く人ほど、「人並みにアニメ、漫画はたしなんでいる」と言いつつすごい量をインプットしていて、作ってみたらできちゃった~☆ってことがあるんじゃないのおおおって思ってしまいます*2。妬み深い人間です。

こんなこと書いてること自体がイタいと思いつつ、なんだか叫びたくなってしまったのでした。

Evernoteに現在進行形で黒歴史がたまっていってるんだよ~~~!!! 惨めだよ~~~!!! でも楽しいんだよ~~~!!! そういう人間もいるんだよおおお。

というわけで、子どももいないし、努力不足の結果なんもないけど、惨めに楽しく生きてる人間もいるんだよって、心の叫びなのでした。

ああ、イタいイタい。 

 

写真は《ここを通りたければ煎餅だせや!のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20220325060post-39139.html

鹿っていい顔しますよね。

*1:人に見せずに研鑽し、人を魅了するものを作り上げるのはたぶんすごく難しいので、ダーガーはそういう意味でも非凡なのだと思います

*2:うだうだ言ってないでなんか作ってみろよおおおお、匿名ダイアリーで1000ブクマいけるんだから!  いけるいける! きっと楽しいぜ!