平凡

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その夢は、もう見ない(犬と暮らしていて見た夢の話)

2026年の春先に撮影した眠る犬。犬がスヤスヤと眠っているとなんとも平和な気持ちになる

 

一年前。犬と暮らしはじめたばかりのころ、よく見た夢がある。

 

夢うつつの中、ベッドに犬が眠っている。ああ、犬がいる、あったかいなと思う。そのぬくもりはひどくリアルだが、うちは犬と人とで寝床をわけているのでこれは明らかに現実ではない。

隣には夫が眠っている。それは現実のとおりだが、夢の中で、夫は大きな犬の姿をしている。

夢の視点は自分自身なので、自分の姿は見えない。でも、その夢の中では、わたしも犬の姿をしていたと思う。

 

朝方に眠りが浅くなると決まって見るそれは妙にリアルで、夢というより「自分の無意識下の認識が立ち現れたもの」の色が強いように感じられた。夢は多かれ少なかれそういうものだとは思うが……。

 

そんな夢を繰り返し見ながら、犬を迎えて二か月ほどたった夏のある日、わたしは出張に出た。たまたま夫が休みを取れたため、心置きなく一泊二日できたのであるが――。仕事が終わり、ホテルの部屋にひとりになったときに驚いたのは、強烈に犬のにおいがかぎたくなったことだった。犬に会いたい、は基本としてある。しかし、その欲求には「においをかぐ」がセットになっていた。

 

わたしは「いとしい存在」をにおいとセットで認識したことがない。歌の歌詞に「あなたの香り」などの表現が出てくれば、「ああそういう人もいるのかもしれない。ロマンチックだね(わたしには縁がない話だが)」と思うだけだった。体臭であれ、香水であれ、煙草であれ、そうだった。

しかし、ホテルの一室でわたしをもだえさせたのは、犬と夫に会いたい、犬を抱きしめたい、犬のにおいに包まれたいという欲求だった。

 

驚愕しながら、わたしは思った。

「わたしたちは、『群れ』になってしまった」

 

わたしたちは夫婦と犬で一セットの「群れ」で、「群れ」の関係性や愛着を強烈にパッケージングしているのが、犬のにおいのように思われた。

 

同時に、あの夢のことを思い出した。あれはわたしたちが「群れ」になったことを象徴する夢だったのではないか。人間と犬、異種族がひとつの「群れ」を形成した。人間が犬になっているのは、わかりやすく「ひとつになった」感覚が表れていたのではないか。

 

犬と暮らすと「作り変えられてしまった」と感じることが多い。

 

たとえば、犬と暮らす前のわたしたちは出不精だった。いまでもコンビニへ行くのさえめんどうくさい。それが、犬の散歩は毎日、抵抗なく行く。「抵抗なく」というか、眠ったり食べたりするのと同じような感覚で、「一日、最低でも二回、犬と散歩に行く」が選択肢なくプリセットされてしまった。

雨でも雪でも散歩に行く。もちろんめんどうだ。「こんな寒い雨の中、散歩行くの~。かんべんしてよ~」と泣き言をこぼす。雨を避けようと雨雲レーダーとにらめっこすることもしょっちゅうだ。でも、「行かない」という選択肢は存在しない。常に「行く・行く・行く」。

そして「めんどうだよ~」の底の底、散歩についての一番基礎にある感情は、「犬と散歩に行けて楽しい」だ。

 

人と犬とで、朝50分ほど、夜40分ほど歩く(季節や犬のコンディションによって変動あり)。当然、健康的になる。お腹がすくので朝から食事をしっかりとる。結果、朝昼晩と食べるようになる。

 

犬を迎えてから、わたしたちの暮らしは劇的に変わった。しかも、その暮らしは新たなもののはずなのに、「十年前からそうでしたけど」という顔で鎮座している。

わたしたちはもう、犬と暮らす前の自分たちを思い出せない。

むかしは犬の散歩、行ってなかったんですか? えっ? そのころ、何してたんですか、一体……。

 

そういった感覚を一言で表すなら、「作り変えられてしまった」になる。

 

いまのわたしは、もう夫や自分が犬になっている夢は見ない。ふつうに人間社会であれこれしている夢ばかり見る。犬による「作り変え」が完了してしまったからかもしれない。

 

わたしたちは人間で、この社会は人間中心にできていて、そんな中で犬と暮らしている。だから、犬にとってはリーダー的な存在であらねばならない、と思っている。また、犬は群れには自分以外のトップがいたほうが安心する動物のようにも思う。

わたしたちはどうしようもなく人間で、人間社会の中で犬を守っていかなければならない。また、犬が犬として楽しく暮らすためには、その線引きは重要だとも考えている。しかし、犬とわたしたちとでひとつの「群れ」を形成しているのもたしかなのだ。

 

巨大な犬であるわたしたち夫婦と犬が眠っていた夢の中、寝床はあたたかかった。

あれはたぶん「群れ」の温度なのだろう。そんなことを思いながら、今日も「群れ」の一員の人間として糧を得るために働き、散歩に出、犬のにおいがする家で眠っている。

 

今週のお題「最近見た夢」

光とともに暮らしてる(保護犬を迎えて1年がたちました)

2026年3月、春の散歩にワクワクする犬

 

一年前の、ゴールデンウィークのまんなか。その日は快晴だった。

 

「トライアルは一カ月です。『正式にうちの子に』となった場合は、正式譲渡までに市区町村へ『犬を飼い始めました』という届け出や、マイクロチップの登録者変更をしてください。ほかに聞きたいことは?」

 

てきぱきとした説明はどこか機械的だった。キッチンのテーブルを挟んで向かい合った女性に対し、わたしは思った。「この人、こんなに表情がなかったっけな」。

 

我々の足元では黒っぽい犬がおすわりをし、「まだですか?」といわんばかりに上目づかいでちらちらと女性――動物保護団体のボランティア・Aさんを見上げている。

 

推定三歳のおとなの雑種犬。性別は雌。今日から我々は、この犬と暮らす。そのために、いままで犬とともに暮らし、世話をしてくれたAさんがうちに連れてきてくれたのだ。とはいえ、いきなり「うちのこ」になるわけではなく、まずは一カ月のお試し生活、つまりトライアルがはじまる。

 

我が家にはじめてやってきたときの犬。ブログに書いてあるトライアル開始時ではなく、2025年4月の環境調査時のもの。現在はキッチンにもタイルカーペットを敷いているので、「素の床」が新鮮

 

Aさんに会ったのはその日で三回目だった。一回目は犬とのお見合い、二回目は犬をトライアルに出す前にある「環境調査」というステップ(実質、家に合わせた脱走防止対策を具体的に教えてもらうための訪問)、そしてこのトライアル開始の日。

 

お見合いの日のことを、ぼんやりと思い出す。

我々は犬と暮らしたことがない犬初心者で、お見合い中のお試し散歩では、好奇心を抑えきれぬ犬に引っ張られ、自転車にびっくりした犬に引っ張られ、終始犬に振り回されてばかりだった。

そのたびにAさんに「こんなに引っ張られていいんですか~」となかば泣きつき、「自由にさせるときと人間について歩かせるとき、緩急ですよ」などと、アドバイスをもらっていた。

質問も初歩的なものばかりだったと思う。散歩の回数・距離や食事の内容から、「犬って家にいる間は何をしているんですか?」といったことまで。

 

見るからに“犬慣れ”していない我々と小一時間話しただけなのに、Aさんは笑顔で「こちらとしては、トライアルに進んでもいいと思っています。よく話し合って連絡をください」と言い切った。笑顔で、きっぱりと。

Aさんの印象は、表情豊かで、小柄ながら快活なエネルギーが溢れていて頼りがいと決断力があり、犬が「ついていきます!」となるのがわかるような女性。

 

でも、トライアル開始の日のAさんは何かが違っていた。丁寧で、感じがいい。なのに、何か精彩を欠いている。目の奥に感情がないというか……。

 

そんな疑問をぬぐい切れないまま、テーブルの下にいる犬に目をやる。戸惑いながら上目づかいにきょろきょろと見回すから、白目がときどき見える。ディズニーアニメに出てくる犬みたいだ。かわいい。

 

そうこうしているうちに説明が終わり、我々も聞きたいことがあるような、ないような状態になる。何しろはじめて犬と暮らすのだ。何がわからないかもわからない。

というより何より、

――この後、Aさんが帰ったら、わたしたちと犬だけになるの??? えっ、マジでほんとに? ひとつ屋根の下? 何が起こるの? 

 

という、「マジマジほんとに?」がずっと頭を駆け巡る。

 

説明がひと通り終わり、Aさんと犬をリビングへと導くと、犬はソファにぴょんと乗って、体を丸めた。

「お聞きしていた通りですねえ」

「用意してよかった」

と、我々夫婦はそれを満足気に眺めた。何しろソファは届いたばかり。Aさんから、「この子はソファが好きなので、ソファがあるお家なら、たぶんその上にずっといると思いますよ」と聞いたので、「それならば、犬が落ち着ける場所を」と購入したものだった。

使用感のないソファの真ん中にちんまりと身を置く犬を、夫がなでた。

 

「じゃあ、わたしはここで」

Aさんが立ち上がり、つられて立ち上がろうとした夫を手で制した。

「サッと帰ったほうがいいと思うので、ここで」

わたしだけがAさんを玄関に送る。玄関にはいまや、しっかりとしたペットゲートが取り付けられている。保護犬を迎えるにあたり、脱走防止のために購入したものだ。

そのペットゲートを開けると、Aさんは三和土に降りて、「ここまでで、大丈夫ですから」とやはり手で制した。

ペットゲートと玄関扉を同時に開けては、脱走防止の意味がないからだ。

「外へ出るときは必ずペットゲートを閉めてから、玄関を開けること」

「家に帰ったときは、必ず玄関扉を閉めてから、ペットゲートを開けること」

保護団体から支給された「脱走防止チェックポイント」にも書いてあることだ。

そして、ペットゲートと玄関扉の間の面積は狭い。だから、Aさんはペットゲートが閉まるのを確認すると自分で玄関扉を開けて外へ出た。

 

玄関扉の向こうの共用廊下には、明るい日差しがさしこんでいた。

Aさんは「●●を、よろしくお願いします」と、犬の名を呼んで深く一礼した。

顔を上げたAさんを見て、わたしは今日の違和感の理由がわかった気がした。

 

――ああ、そうか。この人は蓋をしていたんだ。この瞬間のために。

 

シェルターを持たない動物保護団体が多い日本において、Aさんのようないわゆる「預かりボランティア」は重要な存在だ。飼育放棄、ブリーダーの崩壊、あるいは保健所からの引き出し。さまざまな理由で保護され、バックボーンも個性もさまざまな犬を預かり、人間とのふれあいや家庭での暮らしに慣らしていく。

来歴不明な保護犬は多い。うちの犬も、保健所に保護される前の犬生についてはわからない。適切な飼育がなされていないケースもある。人にすぐ甘え、お手、おかわりをこなす犬もいれば、散歩が怖くてできない犬、人がとにかく怖い犬もいる。預かりボランティアたちは「何々が怖い」すらわからない段階から犬を預かり、犬が安心できる環境を作り、体調を見ながら適切なフードを与え、できることを増やす。生半可な愛ではないと思う。彼ら彼女らは、その生半可ではない愛を犬に注ぐ。いつか手放すために。

そんなことが、犬のみならず猫や他の動物保護の現場でも行われている。

 

わたしにはぜんぜんわからない、と思う。

 

動物の一生が人間によって左右されることを、預かりボランティアたちはよく知っている。そんな人たちが、「この人を」と思う相手を見定め、手を放す。そしてまた、新たな動物を迎える。

その繰り返しにより、日本各地で(あるいは似たシステムを持つ世界中の国々で)多くの動物たちが、「ずっとのおうち」へと旅立っていく。

 

「一匹でも幸せな動物を増やす」という信念のもと、動物たちに愛情と手間と時間を惜しみなく注ぎ、その動物の幸せのためと信じて手を放す。

 

きっとそういうことなのだろう、と頭では理解できる。でも、自分にはとうていできない。どうやったらそれを成し遂げられるのかも想像がつかない。だから、「わからない」と思う。

しかしそれはとにかく尊いことで、うちの犬はその尊さの中で、わたしたちのもとへやって来た。

 

今日はAさんにとって、そういう日だった。「別れ」「託す」をおそらくは理解しないであろう犬のために、あえてスッと姿を消す。新しい家族に愛しい存在を託す、別れの日。

 

犬を迎えるまでの数年、SNSであまた見てきたボランティアたちの「今日はトライアル開始の日! がんばって!」「しあわせになって!」の投稿。

数年通っていた保護猫カフェで立ち会った猫たちの「卒業」の日、スタッフの表情にあったもの。

 

それはいつも他人事だったけれど――。わたしにもそれを託される時がきたのだ。玄関扉の向こうのAさんを見たとき、それがはっきりとわかった。

 

2025年5月、トライアル開始日の犬。たしかAさんが帰ってすぐに撮影したもの。ソファにちんまりして警戒している

 

とはいえ、「託された!」と言えるほど我々に頼りがいがあったわけではなく、それからもいろいろなことがあった。トライアル中はほぼ毎日Aさんに相談の長文LINEを送ったし、正式譲渡となった後も散歩は一進一退。だいぶ慣れてきたと思った冬、寒さが本格的になると犬がやたらと外を歩くのを怖がるようになり、散歩の最短距離・時間を更新したこともあった。

 

2025年5月、家にきたばかりの頃の散歩中。表情に緊張が見られる

 

2026年2月撮影。冬、散歩を怖がるようになり、「怖い」と「寒い」がまじりあっているのではないか……とAmazon3000円のなんちゃってダウンコートでは寒いのでは……と、北欧製のコートを買い直したことも。雪は好きらしく、この日はごきげんだった

 

それでも最近では、家族揃っての散歩では犬はおおはしゃぎ。とくに広い公園まで出向く日曜日は周辺の雑木林をワクワクと歩く。

 

2026年3月、春の日差しのなかワクワクと若草を踏んで歩く犬

 

人が来ない広場でおもちゃがわりのタオルを投げてやると犬はそれをくわえて振り回し、跳ねまわる。

 

2026年4月、公園ですごい顔をして跳ね回る犬

 

また、夫が帰宅すると、犬は一目散に玄関へと駆けて出迎えるようになった。途中、ドアが閉まっていると、わたしのほうへクイッと顔を向け、早く開けろと催促する。

 

人間は好きな子で、人には早く慣れてくれた。これは2025年5月、トライアル初期の写真。掃除する夫をお手伝い(?)している

 

お気に入りのソファで寝ているときに人間がくっつくと、「ふしゅー」とため息のような息をもらしてぐっすりと眠る。そういえば最初、この「ふしゅー」を不満のため息だと思っていた。いまはこれが満ち足りたときのサインだと、わたしたちは知っている。

いまでもソファはお気に入りの場所。トライアル開始日とはリラックス度合が違う! 2026年3月撮影

いま、キーボードを打つわたしの足元で眠っている犬の前足に、そっとふれる。肉球が大きく、あたたかい。

 

仕事をしていると、足元に来ることも多い。見上げてくる表情がたまらなくかわいい。2026年1月撮影

Aさんだけでなく、犬を最初に保護してくれた人、保健所の人……。犬は多くの人の愛に包まれて、うちへ来た。わたしたちはその光とともに暮らしている。トライアル開始の日、Aさんが玄関で見せた表情は、いまはもう輪郭がおぼろげだ。しかし眠る犬のぬくもりは、その輪郭の内側にあったものをたしかに思い出させてくれる。

 

五月の日差しがまぶしい。濃密な最初の一年が過ぎた。

また一年、わたしたちはこの光とともに、暮らしていく。

 

雨の散歩は大の得意で、るんるんと歩く。レインコートがよく似合う。2025年10月撮影

 

あざとすぎる! やめろ! かわいすぎるだろ! と悲鳴があがるポーズ。2025年8月撮影。本当にかわいい……

タオルくわえておおはしゃぎ! 2026年5月撮影。うちにきてくれてありがとう



今までの犬関連の記事は、「犬」カテゴリーにまとまっています

犬 カテゴリーの記事一覧 - 平凡

 

おすすめは……

 

お散歩が多少落ち着いてきたときに書いた「近くて遠い場所」

近くて遠い場所 - 平凡

 

お迎えから半年記念の記事。今回と違い、感じたことを箇条書きに列挙しています。写真多め

hei-bon.hatenablog.com

 

iPadお絵描きが楽しすぎてヤバい!!! 

iPadで描いたうちの犬

ゴールデンウィーク。皆さまいかがお過ごしですか。

わたしはずーっと絵を描いています。iPadで!

仕事して、犬のお世話をして、あとはiPadでお絵描き。

文字書きなのに……! というのはさておき、本日はiPadお絵描きのヤバさについて語りたいと思います。

おそらく絵を日常的に描く方には自明の理のことばかりかとは思いますが……。

 

前提

わたしは2024年3月、大人になって、ゼロからお絵描きを突然はじめた初心者。

お絵描き歴は2年2カ月です。

その経緯はこの記事に。

hei-bon.hatenablog.com

 

iPadは固くて薄くてほどよくちっちゃい! 

 

4月20日にやってきたわたしのiPad(第9世代の無印)は10.2インチ。A4よりすこし小さ目で、そして固くて薄い!

腕で支えたまま、あるいは体育座りをして膝の上に載せて描きやすいサイズです。

 

わたしのいままでのお絵描きは、コピー用紙+鉛筆でのクロッキーがメインで、気が向いたらノートPCとペンタブレットでデジタル。どちらも机があることが前提でした。

 

クロッキー帳を持っているのですが、抱えながらは描きにくいので、ふだんはめったに使いません。出番はヌードクロッキー会ぐらい。紙ばさみタイプのバインダーに紙を挟んで描くことも考えましたが、使いにくそうで、けっきょく導入していません。

 

歴代デバイス(?)コピー用紙、板タブ(特大!)、クロッキー帳、iPad。紙に描かれているのは、後ほど出てくる「パリに咲くエトワール」ファンアートの下がきです。

 

しかし、iPadは絶妙な大きさ・厚さで、室内であれば場所を選ばずお絵描きがしやすい。ソファーでお絵描き、ベッドでお絵描き。これはヤバい!

 

スケッチ大好き人間との相性のよさ

とはいえ、わたしは今まであまり、「ベッドでお絵描きしたいな~」と思ったことはありませんでした。じゃあなんで「どこでも描ける」ことにこれほど魅了されてしまったのか。それは、わたしがスケッチ&クロッキー大好き人間だから!

 

わたしはお絵描きの中でも、身近なものを描くのが好きなタイプ。一時期、毎日1回、夫を描いていた時期があったほどです。

 

わたしが身近でリアルなものを描くのが好きなのは、2つの理由から。

ひとつ目は大好きな対象をよく見て愛でる手段として。絵ってよく見ないと描けないし、その対象と接触した経験はよりよく描くことに役立ってくれます。

たとえば夫を描くときは、ふだんから「きれいだな」と思っている夫の手をよく見ることになります。その表情に人柄を感じながら、できるかぎり写し取ろうとします。

大好きな猫ちゃんを描くときは、頭の丸みやふわふわとした手の感触を思い出し、それを表現できたら……と思いながら描きます。

それはつまり、愛でることに近いというか、そのものなんですね。

 

猫の頭蓋骨の丸みを思い出しつつ、板タブを使って描いたハチワレ猫。2024年8月、自前写真の模写

 

もうひとつは、写真にも文章にも残さない瞬間が残せること

わたしは日常を書きとめたエッセイも書いていますし、「日常の中のささいな瞬間を記録したい」という気持ちが強いタイプです。

夫のスケッチは食後の一休みタイムにやっていたので、描くのはエアリズム一丁でコーヒーを飲んでいるとか、スマホを見ているとか。いずれも写真にも文章にも残さない、それどころか10分後には忘れてしまう日常のひとコマです。

そんなスケッチに日付を入れておきさえすれば、「ああ、このころは10月にしては暑くて、夫はベロベロに首がのびきったエアリズムばっかり着ていたなあ」と記録できるんですよ。しかも、絵という一目で伝わる手段で(下手でもなんとなく着古したエアリズムとかスウェットはわかります。不思議)。

 

2024年10月の夫のスケッチ。なぜか食後に漢字の書き取り練習をしはじめた、とメモあり。今はすっかり忘れている記憶。コピー用紙に描いたものをスキャン。

 

これに記録魔のわたしがハマらないわけがなかった……!

そんな人間に、傍らに抱えて絵をザクザク描けるデバイスを与えたら……!?

 

今、うちに犬がいるというヤバさ

手軽に描けるデバイス×スケッチ大好き人間。そこにさらに掛け算されるのが、いま、うちには犬がいるという事実。

犬、かわいい。一挙手一投足がかわいい。毎秒毎秒かわいいが更新されていく。寝ている姿を見ているだけでもかわいい。すやすや寝ていると思ったら、ふっとこっちを見てくる。かわいい。ぜんぶぜんぶぜんぶ描きたい! 描いて愛でたい! 残したい!!!

折しも2月終わりぐらいにブレイクスルーがあり、うちの犬に関しては、形をざっくり取るのがはやくなり、楽になったんです。

ブレイクスルーを感じたときに描いた鉛筆クロッキー。左は模写OK写真の模写。右はうちの犬の自前写真を模写

ちなみに先ほど左に描かれていた犬と同じ写真を参考に描いたのがこちら。「モバイルバッテリーみたい」と夫から言われた一枚。ただ、顔はこちらのほうが柴犬っぽい……。2024年4月たしか板タブが手元に来た日に描いたもの

 

というわけで、iPadがあれば、愛しの犬を目の前にしながら、その姿をザクザク描ける。

しかもデジタルならいろんなペンを使って輪郭の柔らかさを表現したり、あるいは主線を消してブラシの質感だけで被毛を表現したり……いろんなことが試せて楽しい!

 

iPadが届いた日に描いた犬。iPadでのスケッチに加え、プロクリエイトのブラシの質感のおもしろさに取りつかれた

 

気をつけて! iPadお絵描きは故障と背中合わせ(かもしれない)

そんなわけでiPadが家に届いてから2週間。簡単なラフも含めると32枚の絵を描き、そのうち20枚が犬!

毎日毎日、お絵描き楽し~いとやっていたのですが、先日、「ソファに並んで座る夫と犬」を描いたところ、肩がゴリゴリに凝り、目も疲れてショボショボに……。

 

「ソファの“ふたり”」シンプルなイラストだが、やはり複数の対象物を描くのは環境を整えないとかなりつらいと実感した絵

 

「この環境でお絵描きを続けるのは危ない」と悟ったので、今後はタブレットを置けるスタンドなどを購入し、机でのお絵描きも取り入れていこうと思っています。

思い出したのが、お絵描きをはじめたばかりのころ、スマホで夢中になって絵を描くうち、3週間ぐらいで肩と指が限界を迎えたこと。学習しないな~いや、あのときほど限界ではないので学習しているのか……。

どちらにせよ、せっかくお絵描きの幅を広げてくれる道具を手に入れたのですから、快適にたくさん使っていきたいところ。

 

余談 なんでいまさらiPad? もっと早く買ってもよかったんじゃない? 

 

長くなってしまうのですが、デバイスの変遷は初心者お絵描きの道のりとも深くかかわるので、どなたかの参考になればと思い、書いておきます。

 

わたしがお絵描きをはじめたのは2024年3月。先ほども書いたように、最初はスマホアプリで描いていました。指と肩が限界を迎え、家電量販店でいろいろなデバイスを試したところ、当時、自分にいちばん合っていると感じたのが板タブでした。気に入ったのは、デスクに座り姿勢をただして描けること。そして、線が手に隠れてしまわないこと。

 

幸い、板タブを人から貸してもらうことができ、持っているPCにクリップスタジオ(お絵描きソフト)もインストールできたので、お金をあまり使うことなくお絵描きをはじめられました。お絵描きが続くかどうかわからなかった当時としては、これはありがたい滑り出しでした。

 

その後は夫のスケッチやジェスチャードローイングにはまり、主に使うのはコピー用紙と鉛筆になりました。これは絵を続けるうえで、いい選択だったと思います。

お絵描き初心者はとにかく線を引くことに慣れていない! なので、デジタルで主線がはっきりしたキャラ絵を描くと、線のつたなさが目立ってしょうがないんです。これが目だけは肥えた初心者にはつらい。だから、デジタルで最初に描いていたのは動物でした。単純に「愛でる」効果で楽しかったのもありますが、動物なら、毛を筆ブラシで描く、点描で描くなど、主線を目立たせない工夫ができたからです。

 

意地でも主線を描かないぞ! という決意を感じる2024年6月に描いたカワウソ。模写OK写真の模写

その後に出会った鉛筆という身近な道具は、「線のつたなさ」をごまかしつつ、なんとなくいい感じに見せてくれるのが魅力でした。鉛筆って幅のある線になるし、重ねて描くことも多いので、目が都合のいい線を拾ってくれるといわれていて、その効果だと思います。「下手なのはわかっているけどさ~」と言いつつ、「でも、ま、今日もいい感じにできたし!」と満足することができた。

 

こんなにヨロヨロした線でも、デジタルではっきり引いた線よりマシと思えたので、続けることができた。2024年8月のジェスチャードローイング。じぇすどろパーティ#12踊り子ちょこさんの回

 

デジタルなら動物をメインに描く。鉛筆を取り入れることで、「なんとなくいい線になった」と錯覚しながら描く。

こうして、わたしは線のつたなさを適度にごまかしながら、絵を描き続けてきました。

 

なんとなく「苦手なことには真正面からきちんと向き合わないと上達しない」と思いがちですが、そんなことはなくて……。

 

描き続けて9か月ぐらいで、線を引くのが前ほど苦じゃないことに気がつきました。

 

描きかけで恐縮ですが……。「線を描くのが苦痛じゃない!」と感じたことをよく覚えている絵。2025年1月、自前写真の模写

描き続けて2年を迎えた先日、前は苦手だった犬の形をさっと取ることができている自分に気がつきました。

さらに、板タブでお絵描きしたとき、前ほど線について「途方に暮れるほどコントロールができない」と感じなくなっていることに気がつきました。あいかわらず線は汚いですが……。

 

以前もブログで紹介したイラスト。線を描くのが飛躍的に楽に。

 

適度に逃げながら、目をそらしながら、楽しいと思える範囲で絵を描き続けた結果、物をよく見ること、その形を取ること、線を引くことを練習し、上手くなる前のステップ「慣れる」に進むことができたのでした。

遠回りかもしれません。でも、これは「下手な線から目をそらさない!」とビシバシやっていたらなしえなかったことでした。なぜならその方向で厳しさを追求したら、わたしはお絵描きを続けていないからです。大人は他の楽しいことにいくらでも目移りができますから。そして、続けないことには上達はありえません。

 

そんな中、犬を迎えたことで生活や作業環境が変わり、板タブを使ってのじっくりデジタルお絵描きが難しくなりました。しかし、線画にも慣れてきたいま、デジタルイラストをもっとやっていきたい……。そこで思い浮かんだのが、タブレットでのお絵描きでした。

 

2026年4月、おそらく生まれてはじめて描いた商業作品のファンアート。線を引き慣れたからこそできたデジタルイラストで、この歩みを止めたくなかったのです。「パリに咲くエトワール」の二次創作

 

そんなとき、SNSのフォロイーさんに声をかけてもらい、デジタルデバイスを複数試させていただく機会に恵まれました。そこで感動したのが、iPadの描きやすさ。なめらかだし、レスポンスもはやいし、とにかく描いていて気持ちいい! 

2024年当時に引っかかった要素、「描いている線が手で隠れる」は、もはや気になりませんでした。

 

きっと、この2年で線を引くことに慣れたんだと思います。アナログで描くときは、線は手で(ほぼ)隠れますしね。

 

お絵描きも2周年を迎え、ほとんど毎日何かを描いています。「続かないかも?」と心配するより、「環境の制約で、お絵描きが途切れるほうが嫌だ」と思う気持ちが強くなっていました。そこで、iPaⅾの購入に踏み切ったのでした。

絵を描いていなかった人間にとって、iPadって「めっちゃ絵を描く人が使う、ハイスペックで高価なもの、自分には縁遠いもの」だったんですよね。電子書籍読んで、ちょっとネットやって動画見るぐらいなら安いandroidタブレットで十分なので……。

 

絵を描いていて思うことは、「上手くなる前に、無数の『慣れる』がある」こと。たぶん絵以外もそうなんだと思います。

慣れると苦痛なく、短時間で多くのことがこなせるようになるので、試行回数も上がっていきます。そうするとさらに慣れる、場合によっては上手くなる。

おそらく、最初の「なんもできん!」という時代がいちばん山が動きにくいのだと思います。いったんそれが動いてしまえばよい方向に勢いをつけてくれる……。

iPadを選ぶまでの道のりには、そんな「上達のメカニズム」が関係している気がして、長々と余談として書きました。

 

2年ぐらいゆるゆると描き続けていると、線も形の取り方も変わってくる。2026年4月に描いた鉛筆によるクロッキー。Xの「スーツアクションの人」を参照。

 

大人になってゼロからお絵描きをはじめた場合、信じられないぐらい初歩でつまずくことがあります。人によってはそれを救ってくれるのは、デジタルお絵描きのブラシの多彩さかもしれないし、アンドゥ(戻す)機能かもしれいないし、iPadの起動の速さや軽さかもしれない。わたしのように鉛筆が救いになる人もいるでしょう。水彩絵の具が救いになる人だっているかもしれません。もし、お絵描きが続かなくて悩んでいる人がいたら、「これはダメ」と思わず、いろいろ試してみてほしいな、と思います。

 

ちなみにiPadのお絵描きソフトはプロクリエイトを使っています。スケッチが好きなので、シンプルで直感的に使えると噂のこのソフトが合っているのではないかと思い……。今のところその勘は当たっていたように思います。

 

プロクリエイトで描いたうちの犬

 

というわけで、お絵描きも止まらなくなった今日この頃。

少し先のイベントで、絵と文でうちの犬の来歴について綴るミニ冊子「君はどこからきたの(仮)」を出そうと思っています!

今までビジュアルをたくさん織り込んだ本をひとりで出したことはないため、技術力の関係でコピー本になるかもしれません。

こんな感じの新刊にできたら……。この絵は鉛筆で描いたもの

イベントについては、時期が近付いたらあらためて告知を!

がんばって本を作るぞ~!

それでは!

 

今までもときどきお絵描き記事を書いているので、気になる方はぜひこちらのタグから読んでみてください~!

お絵描き カテゴリーの記事一覧 - 平凡

キャラクターイラストを描いていたら、メイクも上手くなっちゃうかも!? な話

絵を描きはじめて、1年と11カ月が経った。

 

大人になって、ゼロからお絵描きをはじめた経緯はこちら。

hei-bon.hatenablog.com

 

ここ半年はおもにジェスドロ(限られた時間で、人体の動きの印象を写し取る練習法)で人間を描いている。

今の最大のモチベーションは、リアルな人間の体形や動きについて、自分が魅力的だと感じたものを描きたい! だ。

 

が、たまにはモデルがあるものではなく、自分の想像の中だけにある「任意の絵」を描いてみたくなることもある。

ジェスドロをそれなりにつづけているのだから、「こんなアクションしているキャラがいたらかっこいいな~」みたいな思いつきだって、描けるんじゃないか? という腕試し気分もある。

 

というわけで、最近は任意の絵、つまりキャラクターのイラストも描こうと試行錯誤をしている。

 

わたしは鉛筆描きのほうが慣れているので、アナログで下絵を描く。正しいか正しくないか、上手いか下手かは別にして、シンプルな人物の立ち絵は、さすがにササッと描くことができる(むろん、自分に都合のよいポーズを選べば)。

 

鉛筆で描いた下絵。ひとつ断っておくと、わたしはキャラクターイラストをほとんど描いたことがない。基礎となる技術がないので、ジェスドロをやってもとくにキャラクターイラストが上手くなったりしないのであった。もともとキャラクターイラストを描いている人がジェスドロを同じぐらい続けたら、きっといい感じになると思います!

 

それをスキャンし、ペン入れ、着彩。

わたしはデジタルではクリップスタジオ、略してクリスタを使っている。手元にある「クリップスタジオ公式ガイドブック」は、キャラクターイラストの描き方をひととおり解説しながら機能についてふれているので、これを参考に肌の色を塗り、影をつけ、瞳を描いて、髪に影をつけ、ハイライトを入れ……とやっていく。

 

肌はそれ用のカラーセットをダウンロードして、影はちょっと明るめの色で……。このあたりもガイドブックにRGBの数値まで載っているのでそのとおりに。

問題は、影の入れ方だ。

・リアルな人体で同じポーズをしたときに、どこにどれぐらい影が入るか。

・同じようなポーズのイラストでは、どこにどれぐらい影を入れているか。

この2つがわからない。

 

こういうとき、「何も見ちゃいないんだな~」と改めて思う。

 

と、同時にある問答を思い出す。

わたしには絵の上手い親族がいて、デフォルメ強めの絵柄で、漫画を描いている。ある日、その親族が、こんもりとしたちいさな島の上でキャラクターが遊んでいる……といったカラーイラストを描いていた。島は全面に草が生えた、いわば「芝生島」のような形をしていて、「リアルではないが、イラスト的にわかりやすい島」となっている。

すでに絵を描きはじめていたわたしには、この「わかりやすい、島っぽい島」を描くのが難しいことがわかった。島の表面がこんもりと感じるのは緑の濃淡が絶妙につけられているから。それが「海に浮かぶボール」でもなんでもなく、「島」に見えるのは、キャラクターがのっている物体の断面に層が描かれ、土や岩でできていることを表しているからだ。

 

当時、陰影の表現がぜんぜんわからない! と思っていたわたしは、とくに「こんもりと草が生えていることが感じられる緑の陰影」が気になった。

「これ、すごーく草っぽく見えるけど、なんでこんな陰影が描けるの? 何か参考にしているの?」

聞かれた相手はポカンとした顔をした。

「なんでって……うーん。わからない? 芝生に日光が当たったら、だいたいこんな感じ、とか。公園とかで見てるでしょ? 思い出さない?」

思い出さねえよ、見てねえよ! と思いつつ、わたしは悟った。この人は、「見る」力にも、それを記憶する力にも優れているのだ。

そしておそらく、絵を描くことで、「こういった観察は有用だ」「ストックしておこう」と無意識に思っているはずだ。絵を描くことで、反復的に「見る」力も強化されているのではないか。

 

きっとイラストや絵を描く人は、みんな、こうして「見る」を強化しているのではないか。「見る」対象は現実だけとは限らない。キラッキラなキャラクターイラストを見たとき、それにどう光が当たり、影をつけ、なぜキラッキラに見えるのか、といった細部を、きっとわたしよりよく見ている。たぶん、ある程度は意識することなしに。

 

回想終わり。

ともかく、わたしにもこうして、自分の手を動かし、「影ってどうだっけ」と悩む日が来たのだ。ということは、わたしもこれからはいままでよりはよく「見る」ようになるだろう。っていうか見てね、見ます……。

 

そんなことを思いながら見よう見まねで影を入れて、次は瞳だ。

ベースの色を塗り、白目に影を入れ、黒目にまぶたから落ちる影を入れ、瞳孔や虹彩を描き、反射する光を表現し、白でハイライトを入れて……この小さな瞳になんと手間がかかることか!

しかし、絵を描くなかで驚いたことのひとつは、このちいさな瞳がいかに人の目をひくかだ。人間のスケッチでも動物でも、瞳がはっきりと描かれたもの、とくに目線が鑑賞者と合うものはSNSでも反応が違う。キャラクターイラストであれば、瞳はアイキャッチとして外せないものだろう。

 

そうしてマニュアル通りにがんばって描いていくと、なんと! とても自分が描いたと思えないうるおいのある光のある目が完成した。

全身絵なので、瞳が占める面積はちいさなものだが、それでもやはり、塗りつぶしただけの瞳よりずっと印象が強い。

 

がんばって描いた瞳。虹彩、はじめて描きました

次はええと何々、かわいい印象にしたいときはほっぺたに血色を入れて……。入れる場所は、頬のいちばん高い場所でいいのかな? そう考えると、これはメイクに似ている。というかそのものだ。

アイラインを強調するように線を引き、チークを入れて、肌全体を自然な陰影にまかせずハイライトで肌の明るいところを作ってあげることでより生き生きと見せ(というのはまだ実践できないが)、うるつやリップを塗るように光を与える。

そういえば、絵が上手い人たちが、「メイクとお絵描きは似ている」と発言していたっけ。

先ほどの茶色の瞳のキャラクターとはまた別の、瞳をがんばって描き、ほっぺたに血色もプラスしたイラスト。うるつやリップはまた今度挑戦するということで……

 

などと感じた次の日、わたしは美容院へ足を運んだ。何の気なしに雑誌を目にしていたところ、「これはキャラクターイラストだ!!!」とページをめくる手が止まる箇所があった。

メイクページだ。

それは「春リップ」の特集で、どのモデルさんの顔写真でも、唇にライトが当てられてつやめいていた。焦点は唇にあるものの、肌や瞳にも光が当てられ、美しい肌、いきいきとした表情を演出している。その考え方は、わたしがうんうんと悩みながら手を動かしたキャラクターイラストのメイキングそのもの……というのも、絵は現実を反映にしているので当たり前なのだが……ともかく、ここまでリアルとキャラクターイラストが接続するとは思ってみなかったのだった。

 

しかも、リアルのほうがキャラクターイラストに比べ、ある意味で情報量が少ないし、光源を意識することを学ぶにもよさそうだ。これは初心者が見るととっても参考になるやもしれない……。

 

と、同時に。わたしは思う。これは、わたし自身がメイクをもっと真剣にやるべきなのでは?

 

わたしはキャラクターの顔を描くのがとても苦手で、それは狭い面積に微妙な凹凸があり、立体的にとらえにくいからだ。

そしてキャラクターの顔に色を塗りながら気づいたのは、「どこにどう光が当たると自然か、魅力的か」といったことも考えられない。

 

そこで考え至るのが、己のメイクのいい加減さだ。

 

若いころから、ことにハイライトはどこに入れていいかがよくわからなかったし、アイメイクもあまり真剣にやったことがない。アイシャドウの使い方指南などを見ていると、薄い色をまず広く塗って~濃い色をこうやって入れて~目のキワキワにさらに濃い色を……え~そんな難しいことできないよ~! で終わってしまう。

そういう人間は、メイク中、顔をさわるのもいい加減だ。「最低限、社会的な通行許可証として、『メイクしている』ってわかればいいから! 早くなれなれ~とにかくメイクしている状態になれ~」としか思わず、適当に手を動かしている。

 

いままで絵を描きつづけてきて、わたしは知っている。何かに真剣にふれた経験は、それを描くときに大いに参考になる。たとえば、猫ちゃんをたくさん「ぎゃわいい」と真剣になでたことがあれば、猫の絵を描くときにとても有利だ。頭の球形の丸み、その丸みのどのへんに耳がどうやってついているかなど、自分の体験を参照しながら描くことができる。

 

それは「顔」も同じなのではないか。もしもメイクをするたびに一生懸命、手でペタペタやって触感で己の顔を感じ、どうやったらよりよく見えるのか、どう光を当てたいのかを考えれば、絵を描くときも、「そうか~、頬骨がこうやって出ているもんね」などと実感をもち、「いっちょこのへんに光を当てたるか!」と明るめの色を塗ったりできるのではないだろうか。

 

折しも、年齢を重ねて肌の状態が変わり、いい加減なメイクでは「社会的な通行許可証」にすらならないのでは? と悩んでいたところだった。

 

できれば苦手なことは投げ捨てたい。もうふつう以下の中高年女性でいいじゃないと言いたい気持ちもある。一方、もちろん、できればきれいでいたい気持ちもある。でも……それはあまりにもめんどうで……。

 

しかし、「絵の練習と両輪」と考えれば、メイクもすこしは練習できそうな気がする。いきなりすごいメイクができなくてもいいのだ。絵については、「いきなりうまくなろう」とは思わず、昨日より今日、いいものが描けたらうれしいと思っているからつづいている。メイクも同じく、昨日より今日、うまくできたらいい、別に人からきれいに見られるほどじゃなくてもいい、ぐらいのノリならできそうな気がする。

 

メイクに対するモチベーション、そして、苦手なことに向かう姿勢。

この年齢になって出会った絵という趣味は、わたしにたくさんのことをもたらしてくれている……と、きれいにまとめたいところだが……。

現実のメイクには、肌というコンディションが変わりまくるキャンバスがあるわけでして……。まずはここを整えることからかな……。

絵と同じく、美容や身づくろいも果てがないな~と天を仰ぎ見る今日この頃であった。

 

完成したイラスト。うちの犬がHurttaという犬用コートを着ているところ、その雰囲気、印象をキャラクターにしたもの(犬の擬人化ではなく)

 

完成したイラストその2。バレンタインに、モーニングスターをかついだ女の子からチョコレートを差し出されたらどうする~!? というコンセプトのイラスト

 

初心者が絵を描き続けていたら、「世界って立体なんだ……!」と思えるようになった話

2024年9月と2026年2月、同じ じぇすどろパーティ#28 岩本友美さんのポーズ

 

2024年3月から絵を描きはじめた。

犬と暮らしはじめ、生活を軌道に乗せるまでの3か月を除き、ほぼ毎日何かを描きつづけ、2年が経とうとしている。

 

絵を描きはじめた経緯はこちら

hei-bon.hatenablog.com

 

現在は人体を描くことに興味があり、毎日20分のジェスドロをつづけている。ほかにはアイドル動画を一時停止してクロッキーをしてみたり、オリンピック期間はフィギュアスケート選手のクロッキーをしてみたり、たまにキャラ絵にも挑戦したり……。つまり、無理せず、好きなものを好きなように描き散らしている。

 

去年の12月のことだった。ジェスドロをしていてふと思った。

「あれ? 人間って、横じゃなくて縦(奥)にも『肩幅』があるんじゃね?」

突然、肩に厚みがあることに気がついたのだ。

 

何言ってんの? と思われるかもしれない。自分でもそう思うのでもう少し説明すると、今までだって、人間のフォルムをただ必死に描き写す中で、肩の厚みを描いていたはずだ。ただ、それは輪郭を引き写しただけにすぎなかった。立体的に把握して、「うん、ここはこういう厚みがあるからこう描こうね」と線を引いていたわけではない。

 

2025年10月3日のジェスドロ。がんばって描いているが、肩や腰回りの線をみると、「シルエットをシルエットとして描いており、立体的に捉えているわけではない」ことがわかる。じぇすどろパーティ#238 栗田唯さんの回

 

立体感に気づく直前、2025年12月3日のジェスドロ。10月のジェスドロに比べると肩や肘の位置に丸を置き、位置決めをするように変わってきているが、やはり厚みを立体的にとらえているわけではないことがわかる じぇすどろパーティ#200 栗田唯さんの回

肩の厚みに気がつくと、首がそこからにゅっとつきでていることも意識される。そうすると、首や頭部が各段に描きやすくなった。

 

2025年12月26日のジェスドロ。正直、今見ると、他の回に比べて上手くないのだが、とくにこの画像にある右2つのクロッキーでは、「肩に厚みがある」とはっきりととらえられたことを覚えている。じぇすどろパーティ#219 Chataさんの回

 

そういえば、だいぶ前から、腕や足が円柱……というか、筒形であることには気がついていた。それはあくまで輪郭の上でそう見える、という話でしかなかったのだけれど……。いま思えば立体感覚の萌芽だったのだと思う。

肩の厚みに気がついたことで、その立体感覚が一気に芽吹いた。腕は筒で(ただし直径は均一ではない)、そこに手首を軸にくるくると動く手のひらがくっついている。

そういうことがほんとうの意味で理解できた。というか、そう見えるようになった。

 

体の柔らかいモデルさんが180度に開脚し、上体を思い切り倒している。そのときに、輪郭だけを拾うとただ「薄く」見える背中。それはどんな立体がどうなって、どう見えているからそうなっているのか? そういうことが見て、考えられるようになった。

 

どちらも以前は表現しえなかったポーズ。2026年2月。じぇすどろパーティ#22 C.さん回

 

肩、胸、腹部、腰まわり、脚のつけ根、腿、ふくはぎのあたり、足……。人間の体はそれぞれに違ったふくらみのあるパーツの組み合わせでできていて、それらが有機的に連なっている。

 

ああ、これは動物も同じだ。そう思って隣で寝息をたてる犬を見てみると、腿があり、ふくふくと動く腹があり、前足のつけ根のあたりにも筋肉があり……と、パーツが立ち上がってくる。いままで、ただ「犬の輪郭」としてとらえていたものが、それぞれに違った形、厚みをもったパーツの連なりであることが、はじめて理解できた。

 

2026年12月26日。立体的に見えることに興奮し、描いた犬たち。この画像2点は写真をもとに描いたもの。うちの犬は右下。左上はぱくたその模写OKフリー素材の模写。それほど上手い絵ではないが、この「犬らしい形」がかなり早く、楽に描写できた記憶がある

 

むふうと興奮して、写真を参考に犬や猫を描いてみる。できばえは、正直、今までと変わらない。しかし、とらえやすさが違う。

 

2025年12月26日、写真をもとに描いた猫。やはりそれほど上手い絵ではないが、ふっくらとしたフォルムが立体的に描けたように感じた

 

鉛筆を走らせながら、わたしははじめて心の底から思い、認めることができた。

「世界って立体なんだ……!」

車輪の再発明どころではないが、いままでは世界が平面として見えていたのだからしかたがない。

描きつづけたことで、目が変わった。それをはっきりと感じた瞬間だった。

また、これは手を動かしつづけなければ起こりえないことだった。

 

だからといって、突然、部屋のものすべてが立体的に見えて視覚における情報量が一気に増えた、ということはない(そういう体験談を聞いたことがあるのだ)。

絵を描こうと対象を観察しているときだけ、ものがやや立体的に把握ができる。それだけだ。

 

そしてもうひとつ……。いつものことだが。

 

「そう見えるからといって、そう描けるわけではない」

「そう見えるからといって、絵が飛躍的に上手くなることはない」

 

立体的に見えてもそれを紙に描き起こすには技術が足りない。

立体的に見えるからこそ観察による情報量が増え、「見る」→「描く」にかかる時間が増える。

立体的に見えるからこそ、男女の筋肉の違いがよくわかるようになり、とまどうようになる。

ステップアップしたことで新たな課題が立ちふさがる。

「絵が上手くなったな~」と思える地点は、どうやらそれらをなぎ倒した先にあるっぽい。

 

そして、観察していると、さらなる気づきがあった。人体のパーツとパーツの接続部分は重なって見えることがある。極端なのは腕をにゅっと出したポーズなど遠近感があるもので、そうすると上腕と前腕の接続部分はなんというか、大きく重なって見える。

 

ちょっとわかりにくいが、「腕がにゅっと突き出していると、パーツが重なって見える」例。どういう状態をさすかは、この図でわかっていただけるのではないだろうか。じぇすどろパーティ#243 ミラ・スワロウテイルさんの回

 

そんなことを考えていたある日、わたしはヌードクロッキー会に約1年ぶりに参加した。画面上ではなく目の前にある肉体は、立体感が違う。骨があり、内臓が入っていることが感じられる。たとえば、引き締まった体形のモデルさんであっても、四つん這いになれば重力の方向に内臓が引っ張られていることがそこはかとなく感じられる。

そして、やはりパーツとパーツが重なって連なっている。

しかし、そのほとんどを、わたしは絵に乗せることができない。

 

ぐぬぬ……と思いながら鉛筆を走らせる。

休憩時間に講師の方に質問をしたところ、「今日のクロッキーを見せてもらってもいいですか」とおっしゃってくださり、「遠近感があるポーズで、こっちにぐっと近いものは、もっと重ねて描いたほうがいいですよ。こことかこう……」「ここは骨盤があることを意識するといいかもしれないですね」と、わたしの線を尊重しつつ、描き入れてくださった。

講師の方の線が加わると、絵がぐっと肉感的になった。

ピンクで示したのが、講師の方が重ねて入れてくださった線。これがあると、ふくらはぎがぐっとこちらに寄っているように見える! 右のほうが消えているのは、1分のポーズを時間内に描ききれなかったからです……

 

――ああ、あの重なって見えるところは、こんなふうに描けばいいんだ!

 

把握した立体感を紙の上に表現するための土台の、最後のピースがはまったように感じた。

もちろん、そのピースがはまったからといってものすごく上手く描けるようになるわけではない。なので、あくまで「土台」なのだ。

その後のクロッキーは、立体感がさらにとらえやすくなり、それをすこしだけ、「紙の上に表現できた!」と思える瞬間が出てきた。

クロッキー会にて、講師の方のアドバイス後に描いたもの。椅子に座った脚の、もも、膝、ふくらはぎあたりはパーツの重なりを意識して線を引いている。立体感・遠近感を今までよりも表現できてうれしかった。クロッキー会での絵は、要池クロッキー会に参加したときのもの。モデルはバーレスクダンサーのGigiさん

 

うおおお、世界は立体で、そしてそれをわたしは見て把握し、紙にすこしだけ描くことができた!

モデルさんの魅力を、ほんのすこしだけ、以前よりも自分の線で再現できるようになった!

世界は立体で、それは目に映る世界の魅力に関係があるっぽい!!!

 

その日はたいへん興奮して帰路についた。

しかし、扱う情報量が各段に増えたせいか、帰宅後は経験したことのない疲労に襲われ、犬の散歩中にちょっとした犬の引っ張りにより足をすべらせ、漫画のようにすっころんで天を仰ぎ見るはめになった。

絵、初心者が本気で描くと予想以上に疲れる。皆さんも注意しましょうね……。

 

絵を描く前は、絵は「描画する技術」だと思っていた。何かを平面に上手に描く技術、というぼんやりした把握。

でも、まったく描く技術も経験ももたない、立体感覚に乏しい人間にとっては、絵を描くことは「見る」ことで、自分の「目」を変えていくことだった。

その変化は何段階にもわけて訪れ、毎回、新鮮な驚きをくれる。

 

絵、楽しい!!!

立体感、すなわち「視覚情報量」が増えて以来、ジェスドロの時間はショートしまくりでぜんぜん上手く描けないけど!!!

楽しい!!!

 

これがわたしのお絵描きの現在地だ。

美麗なイラストを目指すのもお絵描きだし、心象を表現するのもお絵描き、自分の目が変わっていくことを喜びに手を動かすのもお絵描き。

 

絵を描いてはじめて、平面的にものを見ていた自分に気づき、それが変わっていったこと。

「苦手なこと、上手くいかないことは放り投げる、避ける」を信条として生きていた自分が、「絵は、上手くいかないからおもしろい!」と感じている新鮮さと驚き。

立体をもって立ち上がってくる世界。

わたしのお絵描きは、思いつきでビントロングという動物を描いたことからはじまっているのだが、そのときにはどれも想像しえなかったことだ。

この年になって、こんなにおもしろいことに出会えるとは……!

 

2026年1月26日のジェスドロ。中央は5分のポーズ、その上下に描かれているのは動画の最後のモデルさんのポーズを一時停止し、模写したもの。ポーズ、たたずまいなど、何もかもが以前は描けなかったもので感動した回。じぇすどろパーティ#004 ヴァイオレット・エヴァさん回。

 

絵を描くのっておもしろそう……! と思ったら、紙と鉛筆を取り出し、ササッとやってみる分にはお金はいらない。

デジタルが試したいなら、クリップスタジオやアイリスペイントをスマホに落とし、まずは指で描いてみるのもいい。それらのアプリは、初心者であればたいてい無料の範囲内で十分だと思う。

どうですか……あなたもやりませんか……。

ひょっとして手を動かした結果、フリルを描くのが好き! と目覚めたり、意外な自分が見つかるかもしれませんよ……。

 

***

文中に出てくるヌードクロッキー会は「要池クロッキー会」。今回掲載したクロッキーは、いずれもバーレスクダンサーのGigiさんがモデルのもの。戸沢先生には貴重なアドバイスをいただき、ありがとうございました。

人物クロッキー会 | どなたでも参加可 | 要町 | 池袋 | 創形美術学校 | 海外美術留学準備コース

犬と暦

犬と暮らしていると、お天気や自然のほか、案外、人間社会の暦をダイナミックに体感する。

 

年の瀬の散歩中の一枚

 

クリスマスイブが過ぎたころから車の交通量は減り、一昨日から朝も昼も住宅街に人影は少なく、昨日は窓掃除や洗車をする人をよく見かけ、今日、30日はついに公園でボール遊びをする子どもたちもいなくなった。

 

今よりずっと、犬が散歩にナーバスだった夏、人も車も自転車も少ない、お盆の1週間がとてもありがたかったことを思い出す。

ことに犬がパニックになりやすい夜は恩恵が大きく、「静かだねえ、お盆なんだよ」と話しかけながら歩いていた。

 

夏の夜の、蒸し暑い中で虫の声がする静かさと、空気が冷えて乾いて何より明るい冬の朝の静かさ。

 

人の社会の営みなのに、どちらも「恵み」と感じる不思議。

 

青くて薄い、冬の午前の空、どこか遠い日差し。犬が霜柱を踏む。冬の音はひそやかで、親密な響きがある。

 

明日の大晦日、そして元日。犬と歩く街はどんなだろうか。静かだろうか。案外、にぎやかだろうか。

犬と過ごすはじめての暦を、わたしたちはひと匙の不安とともに楽しんでいる。

 

※Misskey.ioに投稿したものを再編集のうえ、投稿

保護犬と暮らして半年の記録

この記事はいぬすきーアドベントカレンダー15日目の記事です
https://adventar.org/calendars/11502

 

***

 

犬を迎えてからおよそ半年が経った。


うちの犬は保護犬で、お試し生活であるトライアル開始から7か月、正式譲渡から6か月。

保護犬であることを中心に、お迎え前後の流れや、現時点でのインプレッションのようなものを残しておこうと思う。

これまでブログにちょこちょこと書いていた情報もあるとは思うが、ご容赦ください。

 

 

 

基本情報

外見や年齢など
黒柴に似た柄の、体重12キロの雑種犬。女の子。3歳。

かわいい。飼い主のポジションから散歩中の犬のいい写真を撮るのはかなり難しいが、奇跡的に成功した一枚



性格は人が好きで、ビビり。いろんな音にびっくりしがち。その一方、わりと天真爛漫でポジティブだと思う。はっちゃけるととても元気。

ケガをしているところを愛護センターに保護され、保護団体へ。

そのため来歴は不明だが、人間のことは「みんななんとなく自分のことが好きで、オヤツぐらいはくれるだろう」と思っている節があるので、人間から怖い目にあわされたことはないと思われる。

 

どんな人間なのか?

中年夫婦2人。もともと猫が好きで、動物全般が好き。犬の飼育経験はなし。身近に飼っていた人もいない。2、3年ほど譲渡会などに足を運び、段階的に犬を知っていった。

 

犬の好きなこと:お散歩、食べること! でも、人間の食べ物を奪うほどの積極性はない。人にくっつくこと。定位置のソファでくっつくのがベスト。ロープ系のおもちゃを噛み噛みすること。外でタオルをゆわえたものをくわえてぶんぶん振り回すこと

無関心:ぬいぐるみタイプのおもちゃ。ダンスなど飼い主の奇行

嫌だな~:お留守番

嫌いというか怖い:車。突発的な音全般、複数人数の人間がしゃべりながら歩く、子どもの声、自転車が段差でたてるガタッという音、あと風の音。
あとなんだろう……動物病院は診察では怖がるが、処置が終わると獣医さんや看護師さんをペロッとなめるし、病院を出ると「なんだかんだ人間にかまわれたな~」みたいな顔をしているので、おそらく大嫌いというわけではないっぽいし……

トイレ:外派。というか外でしかしない。それゆえ、1日2回~の散歩はマスト

 

なぜ保護犬?

保護猫カフェに通っていたので、「保護動物がたくさんいて、次々に保護団体にやってくる」ことを知っていたこと。

どんな動物を迎えるにせよ、子どもでなくて大人でかまわないと思っていたこと。性格をだいたい把握したうえでお迎えできるので、むしろ大人のほうがよかった。雑種犬でもというか、できれば雑種がよかったこと。これは見た目の好みが大きい。

犬の場合、犬種による性格や気質の違いでもしつけの方向性や必要量運動量が変わってくるし、散歩をするので問題行動はときに対人問題に直結する。なので、犬種はもちろん、親犬の気質も含めて選ぶ人もいるのは知っているが、本犬の性格を把握しているボランティアさんから説明を受ければ問題ないかな……というスタンス。

 

うちに来ることが決まるまで

もともとチェックしていた保護団体の犬。預かりボランティア(保護犬の里親が見つかるまで自宅でその面倒をみるボランティア)さんのInstagramで里親募集しているのを見て、かわいい、賃貸の規約内のサイズ、うちでもお世話できるかも、かわいいと思ってお見合いを申し込んだ。公園でのお見合いとお試し散歩を経て、その日にトライアルが決定。

お見合い時に、「ものすごく運命を感じた」とか、「犬に認められた」といった手ごたえはなかった。ただ、かわいくて元気で、怖がりなのに好奇心旺盛なところがかわいいと思った。道行く中学生男子が「あ、かわいい~」と言ってくれたときは、「そうでしょう、そうでしょう」と思った。それぐらい。

 

お迎え準備から正式譲渡まで

犬の出身保護団体はお迎えまでに踏む段階や約束事は多めだと思うが、我々としてはいずれも納得できるものだった。


・トライアル開始前に、犬を連れての環境調査
犬に家をチラ見せしてちょっと慣れさせる&実質は脱走防止対策のアドバイス。トライアルまでにその対策を実施し、ボランティアさんに写真を送ることが求められる。

もともと保護猫のお迎えを考えていた我々にとって、脱走防止対策をするのは当然に思えたし、家に来て「100均で買えるワイヤーネットをこう組み合わせて~」と具体的にアドバイスをもらえるのはとても助かった。

動物保護団体は「脱走により、譲渡した動物がふたたび保護動物になったり、外でケガをする、命を落とすことがあってはならない」と考えている。なので、どこの保護団体であっても、基本的に「保護団体から動物を迎えるイコール、脱走対策を求められる」だと思う。

 

・トライアル開始
犬のお届けと同時に、脱走防止対策や飼育環境の最終確認。

 

・トライアル
基本は1か月。これは長めと複数の人から言われた。ひょっとしたら、お迎えの決意が固まればもっと短くてよかったのかもしれない。うちはもちろんお迎えの決意はあったが、犬と実際に暮らしながらいろいろ相談できる期間が1か月あるのはとても助かった。

 

・トライアル中

「トライアル中の報告」は団体との約束だが、そんな約束関係なく、相談したいことが毎日わんさわんさと出てくる。なので最初の10日ぐらいは「報告しよう!」なんて考えずとも、自然と毎日、800字ぐらいの相談LINEを送り付けることとなった。怖。

最初のほうの連絡を見ると、犬のお散歩相談の経緯説明で、「犬ちゃんが草むらをくんくんしたら、緑のちいさなアブラムシみたいなのが鼻についていて」など書いてあったりする。それはお散歩中のパニックには関係ないでしょ、といまは思うが、当時はとにかくヒントがほしかったのだった。また、「ガムをこんなに噛むんですけど大丈夫ですか!?」と動画付きで相談したりしていた。ガムは犬が噛むためのオヤツだよ……。

うちに来るまで犬のめんどうをみてくれていたボランティアさんは、そんなぐだぐだ相談に、毎回、励ましを添え、真摯に的確に答えてくださった。トライアル開始前から「全力でサポートします」と言ってくださって、実際にそうしてくださった。感謝しかない。

 

正式譲渡

ここでもボランティアの方が自宅訪問。犬の現状を見ながらアドバイスをもらえるので、これも大変助かった。うちの場合、ボランティアさんに時間の余裕があったため、みんなで近所の公園に出かけ、犬との遊び方を実演してもらった。また、お世話になったボランティアさんと犬の再会のようすも心温まるものだった。

 

その後

正式譲渡から半年後の近況報告、あとは周年の報告。わたしたちは、「犬ちゃんがこんなにかわいくって! 元気で! もうかわいくって!」と写真と動画つきで遠慮なく報告できる機会ととらえている。何より、うちの犬の幸せを願い、何かあれば相談に乗ってくれる人がこの世界にいる心強さがある。

 

保護犬、何が大変だったか?

 

正直いえば、犬と出会うまでがかなり大変だった。なかなか話がまとまらず、縁がなかったのだった。トライアルが決まったときは、「これでもうインスタを見てお迎え候補の犬を探すこともしなくていいし、気になった犬がいたとしてその保護団体が信用に足るかどうかを考えなくてもいいし、遠くの譲渡会に行かなくてもいい」とほっとした。

 

肝心の迎えてからの大変さは……。

保護犬といってもいろんな経緯で保護されたいろんな犬がいて、抱えている問題もさまざま。うちの犬は問題が少ないほうだと思う。

トイレは絶対外派ゆえに粗相はしない。体のどこをさわっても平気。攻撃性はない。怖がりだがかなり人なれしている。健康にも大きな問題はない。かわいい。

だからこそ、犬初心者のわたしたちにも譲渡してもらえた。

一点だけ問題となったのが、散歩。

うちの犬は車や自転車、子どもの声などいろんなものが怖い。恐怖が一定に達すると、腰を落としてジタジタする走りを見せ、なぜか「怖いもののほう」へ寄っていく。すなわち、車が怖い! と思ったら車道に向かって走る。なぜだ。

ただ、それでもお散歩は好きだし、静かな場所では楽しく歩くことができ、「待て」といえば待ってくれる。パニックになったときのリードの引きも、わたしでも制御できる程度。犬との暮らしに慣れた人であれば、2週間ぐらいでふつうにお散歩できるようになるのでは……と思うが、残念ながら我々は犬経験が皆無。

それがどう変わってきたか? は、この後の「犬のお散歩変化」に記そうと思う。

 

犬のお散歩変化

・トライアル中
うちにきてすぐのころから、朝の静かな時間帯は楽しそうだった。一方、夕方の散歩は車も自転車も人も怖いので、しょっちゅうパニックになり、無事に帰るのがやっと。

帰宅後から夜にかけて、犬がハァハァと口を開けて呼吸をするパンティングが出た。

 

とはいえ犬はパニック中でない限り、「待て」といえば待ってくれる。動物にコマンドが通じた経験がない人間にとってはこれは感動的で、「こんな犬慣れしていないボンクラのコマンドを聞いてくれる賢い犬に対し、自分たちは応えられていない」「お散歩で安心させてあげられない」と落ち込むこともしばしば。

が、うちの犬は人の感情に寄り添うタイプではなく、人間がめそめそしていても意に介することなく自分のペースでくっついたり寝たりしている。これには救われた。

 

お散歩初期のことを書いたブログ記事。

hei-bon.hatenablog.com

 

 

・正式譲渡(6月頭)

このころには、散歩ルートもバリエーションが増えていた。メインのお散歩場所となっている公園では、毎年夏祭りが開かれる。公園に行けなかったらどうしよう、夜まで人がいっぱいで犬が怖がったらどうしよう、散歩できないんじゃないか、夏祭りまでに回避できるようにしなきゃ……と、必死で増やしたのだった。

この頃、リードが「外れてる?」と思うぐらい軽く感じられる瞬間が出てきた。犬がリードを引かない瞬間が出てきたのだと思う。これには感動した。

 

・6月中旬

蒸し暑さが増し、たまに「水の中を歩いているのか?」という日も。散歩で歩ける距離がどんどんのびる……が、夜、散歩をしぶるケースが出てきた。「暑さでバテているのでは」と思い当たり、歩くペースを落とし、ルートを見直した。「犬は歩けば歩くほど喜ぶ」「中型犬なので、とにかくたくさん歩かなきゃ」という思い込みが糺された出来事だった。

このころ、雨の日の散歩中に家の鍵を落とし、探すために犬を引っ張り回してしまったこともあった。人間がパニックになり、さぞかし犬は怖かったと思う。申し訳ない。今は、めんどうでも家の鍵はお散歩バッグの奥に入れるなど、注意を払っている。

また、水に濡らして使う冷え冷えポンチョを購入。夏の散歩の必需品となった。

 

・6月下旬

ペースダウンしつつも、散歩ルートはそれでも増えた。そんなとき、奇跡のように涼しい1週間があり、「数年後になるのでは」と思っていた遠くの公園へ行けて感動。犬も公園を気に入ったもよう。

 

そのときのことを書いた記事がこちら。

hei-bon.hatenablog.com

 

・7月~8月

地獄の夏。
朝は5時に起きて太陽に追い立てられるように散歩。夜はアスファルトの熱を確認して19時以降から散歩開始。散歩の時間がギチギチに縛られるのも厳しかった。なんだろう、犬を外に絶対に連れていけない時間がある不安感……。

冷え冷えポンチョには保冷剤を入れるポケットがあり、保冷剤もマストとなる。冷え冷えポンチョの用意、人と犬の虫よけも必要で、お散歩準備がけっこうたいへん。散歩前後のさまざまな始末を酷暑の中でやるのもしんどい。

そして、夏までに顔見知りになった犬たちにほとんど会えなくなった。みんなそれぞれに散歩時間をズラしているし、たまに顔を合わせても、お互い太陽と暑さに追い立てられているので余裕がない。犬友といえる人がいないわたしでも、そんな孤独感が地味につらかった。

 

朝の散歩は家族が揃うため、ルンルンでわりと距離長めに歩くし、メンタル面ではそれほど問題がない。ただ、夜の散歩は途中で怖がることもあって不安定。暗い中での散歩が怖いのか? とも考えたが、夏は日が落ちてアスファルトが冷めてからでないととても散歩には行けないのでしかたがない。

そして、なんとなく犬を見ていると、暑さもメンタルに影響を与えるようだ。人間だって暑くてカリカリしたりぐったりしたりするもの、そうだよね、と思う。

 

・9月


す、涼しい! 残暑厳しいとはいえ、9月入ったら朝晩は涼しい。他の飼い主さんたちも余裕が違う。挨拶明るく、軽く世間話だってしちゃう……。

「そういえば、犬ちゃんは人間とアイコンタクトあんまりしないね」ということで、家で名前を呼び、目が合うと褒めたおすことをはじめたのはこのころだと思う。

散歩中もオヤツを使って外でのコマンド練習(外でもお座りはかなりできていはいたが)、アイコンタクトの練習をはじめる。


アイコンタクトができれば、パニックの原因になりそうなものがあれば、先んじて名前を呼ぶことで人間に注意をひきつけ、パニックを回避することができるらしい……道は遠そうだが気長にやっていくことに。

 

・10月

夏を乗り越え、夕方散歩は相変わらずいろんなものが怖くなるものの、そこそこ上手くいっていると思っていた。


が、休日の夕方の散歩、わたしが道路脇の段差に足を取られる→複数の家族連れが連続で歩いてくる→小型犬に攻撃的に吠えられるの三連コンボで犬がパニックになり、めちゃくちゃに走る。

家に帰って見てみると、脚にすこし血がにじんでいた。どこでどうなったのかわからないが、走っているうちにすりむいたのだと思う。動揺し、動物病院に電話して指示をあおぐ。アドバイスをもとに傷口を水で流し、様子見。幸い、そのまま傷はよくなっていった。

以後は「怖くなったらそのつど立ち止まって落ち着かせる」「パニックの連鎖を起こさせない」を徹底する。また、散歩時間を遅めにしてできるだけ刺激を避けるようにした。

一時期は順調だったのだが、その後、なぜかどうしても行きたがらない道が出てきて、近所の公園より先に行けなくなったこともあった。が、夜、無人の公園ではとても楽しそうに遊ぶようになったので、あまり気にしないことにした。「もう少し先の道にも行きたいな~」と誘いつつ、無理せず、とにかく楽しく安全な散歩を心掛ける。

 

・11月
いつの間にか、ふたたび公園の先の道に行けるようになった。

朝の散歩をうんと遅めにすれば、あったかいし、みんな出勤や登校した後なので通行人も少なくていいのでは……と試してみたこともある。実際には車が多く、また、どこかの学生が集団で歩いてきたので犬はコワコワになってしまい、抱っこするはめに……。犬の存在が感じられる抱っこはいとおしいが、いかんせん12キロあるので重い

 

・12月

散歩中、ちいさなことに動揺しなくなった。動揺しても、持ち直しが早い! 
あんなに嫌いだった自転車がたてる「ガタン!」という音もほぼ気にしないし、公園で子どもが遊んでいても、離れた場所なら気にせず歩けるようになった。リードの引きも少ない。

散歩中、余裕があるときはチラッと人間を見ることもあるし、名前を呼ぶと見てくれることもぼちぼち出てきた。散歩の帰り道には、「楽しかったね!」と飛びついてくることも増えた。

 

そして12月15日、横断歩道を渡っているとき、車が右折してきて犬がちょっと怖がったものの、夫が名前を呼んだら夫を見て……ちょっとうれしそうに跳ねて……持ち直した気が、する!!! 感動。

 

半年のその他の変化まとめ


・トライアル最初の5日ぐらい
今に至るまで定位置となったソファで、じっとして、何事かを考えていた。人がいるほうがストレスになるようだったので、適度にそっとする。散歩と食事以外、ソファから動かない。こんなに動かなくて大丈夫かと思うぐらい動かない。水はもっと飲んだ方がいいのでは……ということで、ときどき人間がソファの上にいる犬の口元に持っていってすすめて飲ませるお姫様状態。かわいい。


・トライアル最初の2週間ぐらい
人がくっつくと落ち着くようになってきた。基本的にソファの上以外は怖いようだったけれど、このころ、はじめてキッチンに来た! 夫婦ふたりでいるところに勇気を出してきてくれたもよう。

勇気を出して、キッチンにきてくれたときの写真(何回目かのとき)。夫の足にくっついている。かわいい~

 

夫が掃除しているとつき歩くなど、「ああ、なついてくれているなあ」という雰囲気が出てくる。かわいい。

トライアル期間中は家に慣れてもらえるように、犬が怖がることは全力排除。そのため、掃除は掃除機を使わず、すべてクイックルワイパーとコロコロでしていた。しかも犬は換毛期で毛が抜けまくる時期だった。ど根性!

おもちゃを買ってくるがまったくのらない。さまざまな方法で遊びに誘うも撃沈。

 

・正式譲渡

だいぶ慣れてくれた感じがある。ときどき、家の中で人間と軽く追いかけっこをする通称「トコトコドッグ遊び」ができるようになる。

 

が、正式譲渡直後に大きく体調を崩す。下痢と嘔吐が続き、あきらかに元気がなくなっていく。預かりボランティアさんに報告しつつ、連日の動物病院通い。服薬だけではなんともならず、点滴してもらい、3、4日ほどで回復。犬の体調不良のサインをキャッチする難しさを実感した。

 

また、ほぼ吠えたことのなかった犬が、この頃から共用廊下の気配に吠えるように。「犬のおうち!」というテリトリー意識が芽生えたのかもしれないが、ここは共同住宅だ。あの手この手で吠えさせないよう試行錯誤。

 

・夏前

散歩中、問題がない場所でロングリードにつけかえ、走り回って遊ぶことも。興奮すると斜面のある場所でも走り回り、中年の膝が試される……。

Amazonで1000円で5個ぐらいおもちゃが入ったセットを買ったところ、ロープ系のおもちゃを噛み噛みして破壊するのが好きだとわかる。

 

・いま
前述した散歩の変化と同時期に、外の気配にそれほど吠えなくなった。

 

その他エトセトラ


・犬はまっすぐ見つめてくる動物で、それがやばい。人と犬は目があうと双方に愛情ホルモンのオキシトシンが出るらしい。今もソファからこの文章を打っているわたしを見てくる。目が合う。やばい。

 

・犬は意外にムードを大切にする動物だと思った。遊ぶときは本気で誘わないとのってこないし。散歩前は、「犬ちゃんと散歩に行けてたのしいー!」という雰囲気を常に出すようにしている。まあ、「こんなかわいい犬と散歩に行けるのー!?」と毎回言っているのは本音だ。

 

・犬の犬くささは欠点ではなく、いとしさをパッケージングして愛着と強烈に結びつくアドバンテージ。出張に出たら、「犬に会いたい!」「犬のにおいをかぎたい!」と猛烈に思ってびっくりした。人間にもそんなこと思ったことないのに。

 

・犬は脱げない毛皮を着ているので、夏は大変……なのだが、異常気象のせいかなんなのか、冬を迎えた今、そんなにあたたかそうではない。要するに犬の毛皮は細かな調整ができないので、快適に過ごさせようと思ったら、春夏秋冬、気温には気を配る必要がある。うちの犬は一般的な、いわゆる「ダブルコート」なのだが、けっこう寒そう。なので散歩中はジャケットが欠かせない。「犬に服は必要ない」「夏は冷え冷え服とかいるらしいけど、冬はシングルコートの子以外は服はいらないでしょ~」と思っていた昔のわたしよ、グッバイ。それにしても犬の毛よ、仕事してくれ……。

 

・犬はミミズが大好き。いろんな意味で大好き……。

 

・犬はなんとなくさまざまなスーパーパワーを持っていると思っていたのだが、人間の膝に乗せたノートPCの角に頭をぶつけたり、夜の公園で男性が通るとなんとなく夫だと思っているのかな~というそぶりを見せたり、夫の帰宅時に警戒吠えすることもあり(足音で判断できるのでは……)、スーパーパワー……? と疑問符がついた。

 

・犬を迎えてから、「大人の保護犬はもらわれにくいっていうよね」と何回か言われたが、譲渡される側の感触としては、とんでもない。賃貸で飼えるサイズの中型雑種犬で、抱えている問題がそれほど深刻でない犬は、シニア入り口でも大人気だ。以前、お見合いした犬は8歳の雑種だったが、里親募集開始直後にうちを含めた複数家族から申し込みがあり、速攻で決まっていた(うちは選ばれなかった)

 

・テレビに動物が映るとときどき吠えることがある。鳴き声が入っていない映像でも吠えることがあるのには驚いた。なかでもクマには反応が激しく、警戒吠えというより戦闘吠えのような趣を出すちなみにパンダにも同じ吠え方をしたので、ちゃんとクマだとわかっているのだな……と感心した。ともあれ、ご近所迷惑になるので注意している。

あと、特撮に出てきたオオカミタイプの怪人にも吠えていた。かぶりものして二足歩行してるのに!?

 

で、保護犬どうですか?

保護犬といってもいろいろな子がいるので一概にはいえないが、大変なのはたぶん、ペットショップやブリーダーから迎えても同じなのではないだろうか。大変さのベクトルが違うだけで……と思う。子犬なら社会化や基本のしつけもゼロからになるし(※保護犬にも子犬はいます)。

ふつうに散歩しているように見える犬たちの「ふつう」にはそれぞれの家族の努力があって、それは犬がどこ出身かはあまり関係ないのではないか。

野犬として生きてきた子や、うちの犬の比ではない怖がりの子、とても繊細な子もいるのでほんとうになんともいえないのだが、募集記事に「はじめての人でも迎えやすい」と書かれているような子であれば。

ただし、うちはこの子がはじめて迎える犬なので、何もかもこの子がふつうになってしまっている部分も大きい。

 

そんなわけで、犬との暮らしは楽しい。犬はパワフルだ。迎えてすぐに生活を散歩中心に変え、心のど真ん中に位置を占め、わたしたちを家族というより群れにしてしまう。

もう犬がいなかったころどう暮らしていたか、思い出せない。

 

そして、もしも保護犬もいいなと思っている人がいたら、ぜひ譲渡会やシェルターをのぞいてみてほしいなと思っている。