「好き」の理由やきっかけは、意外とわからない。
たとえば、わたしはいつどのように文章を書くことを覚えたのか。なぜこういった文章を書き散らしているのか。いまひとつわからない。
「Fate/Grand Order」(以下、「FGO」)というスマホゲームをプレイし始めたきっかけも不可解なものだった。
ゲームのリリースは2015年夏だった。しばしば「『FGO』とはなんですか」と人に聞かれることがあり、「実際やってみないとなあ」と思い続けて2年。
2017年の夏、突然、「そうだ、今日やろう!」と思い立った。それは、「無職の息子が親のクレジットカードを使い、『FGO』に多額の課金をした」というニュースを読んだ瞬間だった。
わたしは商業ライターなので、とくに「ソシャゲ課金の闇!」といった社会派のレポを書こうと思ったわけではない。ものすごく平成な言い方をすれば、「ビビビ」と電撃が走ったのだ。
そんなニュースを見て、なぜ、「そうだ、FGO、やろう!」と京都旅行のプロモーションのような状態になったのか、よくわからない。よくわからないままに4年以上遊んでいる*1。
反対に、「なぜ始めたか、なぜ辞めたか」がはっきりくっきりわかっているものもある。
一時期ハマっていたスマホ向けのゲーム「Ingress」もそのひとつ。
「Ingress」は、現実を舞台にした陣取りゲーム。同じ会社が開発した「ポケモンGO」(以下、「ポケGO」)のほうが一般的なので、「ポケストップ同士をつなげて三角形を作り、陣取り合戦をするゲーム」と説明するとわかりやすいかもしれない。
陣営が3つの「ポケGO」と違うのは、「Ingress」では、プレイヤーは青と緑、2チームに分かれること。
街中にポケストップならぬポータルがあり、それに近づきタップ(ハック)すると、「ポータルキー」がもらえる。
ポータルキーを持っているポータル同士をつなげて三角形を作り、青と緑、お互いの陣地を広げていく。
すでに敵の陣地があったらどうするのか? ポータルに近づき、武器で攻撃するのだ。
ご存知の方も多いと思うが、「ポケGO」にさきがけて開発されたのがこの「Ingress」であり、ポケストップは基本、「Ingress」のポータルの情報をもとにしている*2。
この「Ingress」、「ゲーマーを外に連れ出すゲームを目指した」と開発者が語っており、それを見かけたわたしは、非常に興味を持った。
現実を舞台にしているのがおもしろそうだし、このゲームなら、出不精なわたしも外に出たくなるのでは!? と期待したのだ。
スマホの機種変更とともにゲームをスタートすると、実際、期待通りの効果をもたらしてくれた。
「Ingress」はとにかく外へ出ないと始まらない。
ポータルをハックしたいので、毎日お散歩。ポータルが多い地域を通りたいので回り道。取材終わりに知らない場所をぶらつくことが増えた。旅行にだって行きたくなる。
リアルを舞台にしているうえ、2チーム制で敵陣への攻撃もアリ。「Ingress」は「ポケGO」に比べ、かなり攻撃的なゲームだ。
リアルのトラブルも多いゲームだったが、基本ソロプレイのわたしは何かに巻き込まれることもなく、おおむね平和に遊んでいた。
そんなにハマっていたのに、ある日突然やめてしまった。時期も明確で、2018年冬だった。
そのきっかけは、「スキャナー(地図)の画面がリッチになったから」。
初期のスキャナーは、8bitゲームを思わせるシンプルなものだった。それが、大幅アップデートとともにゲーム名が「Ingress Prime」に変わると、何もかもが立体的になった。
ポータル同士をつないで三角形を作るときのエフェクトは、以前は、「単に線が伸びたなー」というものだった。それでもじゅうぶん気持ちよかったが、アップデート後は、光の筋がぎゅわーんと弓なりに伸びるようなものに変わった。
旧スキャナーの画像はこんな感じ。この記事にはゲームの解説もあり。
アップデート後の「Ingress Prime」のプレイ画面がわかる記事。記事に埋め込まれたプレイ動画の30秒ぐらいのところで、ポータル同士をつなぐシーンもあり。緒方恵美さんのナビゲート音声も含め、ゲーム全体の雰囲気もわかる。
リッチになったのだ。
リッチになったのに、嫌になってしまった。これには自分でも驚いた。リッチになったらうれしいはずなのに……。
当時はその理由がよくわからなかった。「無職の息子が親のクレカで課金したニュースを見て『FGO』を始めた」と同じぐらいわからなかった。
が、いまはわかる。夢から覚めたのだ。
「Ingress」の何よりの魅力は、現実を舞台に究極の“ごっこ遊び”を叶えてくれるところだった。
“厨二ゴコロ”をくすぐるといえばよいのだろうか。
プレイヤーは「エージェント」と呼ばれ、ポータルなどが光って見える地図画面は先ほど紹介したように「スキャナー」、自軍の陣地にした三角地帯は「コントロールフィールド」。
ゲームの基本ストーリーは、謎のエネルギー物質XM(エキゾチックマター)が発見され、その利用法を巡り、青チームと緑チームが対立しているというもの。
正式には、青チームは「レジスタンス」。「XM」の利用は慎重にしよう派。
緑チームは「エンライテンド」。「XM」をガンガン使っていきましょうぜ派。
もう、思わず口にしたくなる、なんかカッコいいカタカナ語の連発なのだ*3。
たまらん!
そういった”厨二感”満載の単語とともにわたしに夢を見せてくれたのは、あの8bit的なさみしさが宿った画面だった。
シンプルな画面だからこそ、手のひらのなかにあるスマホが「もうひとつの現実を見せてくれるエージェント御用達の道具『スキャナー』」だと錯覚させてくれた。
一方で、新バージョンでは、地図は立体的で、ポータルからは燃え立つようにエネルギーが吹き上がり、ポータル同士をつなぐときに、派手なエフェクトがかかる。
それはリッチだった。
リッチだからこそ、カタルシス以上に「これはゲームなんだ」とわたしに自覚させた。
“ごっこ遊び”の夢が覚めたのだ。
もちろんいい大人なので、それが“ごっこ”であることや、いま書いている内容も含めて恥ずかしいことも自覚しているけれど。
パッチ的なものを使えば古いプレイ画面に戻すこともできたけれど、わたしはそれを選ばずゲームを辞めた。いったん夢が覚めてしまえば、魔法は二度とかからなかった。
「Ingress」をプレイした時間は無駄ではなかった。プレイしている間は運動量が増えたし、知らない土地にも足を運んだし、何より楽しかった。いい思い出にはなっている。
幼いころから頭のなかはバカらしい妄想でいっぱいだったわたしだが、ごっこ遊びはあまりしたことがないように思う。
何かになりきって、現実と想像をまぜあわせて遊ぶこと。
「Ingress」は現実を舞台にしているからこそ、いい大人の“ごっこ遊び”をかなえてくれた。
引きこもりがちのわたしを外へ連れ出してくれた。
ときどき、「またポータルをハックしたいなあ」と恋しくなることがある。そうすれば、もっと遠くまで散歩ができるのに。
しかし、もう二度と魔法がかからないこともわかっている。魔法はいつか解ける。だからこそ魔法なのだ。
写真は《夜道、明るい大通りのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20160309061post-7112.html》
「Ingress」やっているときは、仕事が終わった夜によくハックお散歩をしていたものでした。