10年近く前。
ひとつのクッションを買った。
中東風のランプやラグが並んでいる店で、ひとめぼれ。
カバーは赤地で、南米の高原風の風景が刺繍されている。
デフォルメされた小さなアルパカ(たぶん)や草の刺繍は、どことなく8bit時代のテレビゲームのグラフィックを思わせる。
当時は独身で、2Kの部屋に引っ越したばかり。
1部屋にはロフトがあり、天井が高かった。
わたしは夢見た。
あの部屋にベッドを置いて、ソファがわりにしよう。
そんで、このクッションを置こう。
いつか恋人ができたら、ベッドに腰かけて、ふたりで映画とか見ちゃうんだ――。
しかし、部屋はいっこうに片付かない。
それどころか、仕事関係の雑誌や買った本が積み上がり、カオスを極めた。
広々としたロフトには溢れた本が運び込まれ、漫然と床を埋めつづけた。
ベッドを新たに置くどころか、日々の生活もままならない。
そんななか、のちに夫となる男性と付き合いはじめた。
彼がはじめてわたしの家に来ることになった日、わたしはとりあえず、彼を近所のファミレスに押し込んだ。
「1時間、いや、2時間ほどお待ちいただけませんでしょうか」と言い置いて帰宅したものの、とてもじゃないけど何から手を付けていいかわからない。
だいたい物が多すぎて、ごまかせる域を越えているのだ。
クイックルワイパーをかけ、水回りを掃除して、
「たいへん申し訳ないのですが、とても散らかっております。そんじょそこらの人間が、謙遜で『散らかっている』と言うのとワケが違うことをお含み置きください」
などなど釈明して、彼を部屋へと連れて来た。
彼は部屋を見ると、一瞬、何かをシャットダウンしたのち、「たしかに散らかってますね」とひと言言い、いつに変わらぬ柔和な表情を浮かべた。
そして我々の交際はつづき、結婚までいたった。
この世には、奇跡ってもんがあるんだぜ。
結婚し、その部屋から引っ越しても、ベッドは買わなかった。買えなかった。
相変わらず部屋はカオスだったからだ。クッションは埃をかぶって、開かずのダンボールの上に置かれていた。
今年10月の引っ越しのさい、いくらなんでも生活環境を変えなければと思い、不用品をかなり処分した。
クッションも捨てようかと迷ったけれど、持ってきた。
そして、2021年12月、念願のベッドを買った。
マットレスが体をしっかり支えてくれるので寝心地がよく、何よりソファがわりになる。
そして、いよいよクッションである。
ダイソンの掃除機で長年の埃をしっかりと吸い、天日に干して、赤いクッションをベッドに置いた。
いい……!
夢にまで見た、「ソファ風にクッションが並んでいる、家具屋の広告写真のようなベッド」が実現した。
この前のM-1グランプリは、そのベッドに夫と腰かけて見た。
クッションを抱きかかえながら、オズワルドの漫才に笑った。
まだ並んで映画は見ていないけれど、夢が叶った瞬間であった。
2021年に買ったベッドフレームとマットレスが、10年近くの時を経て、クッションを「買ってよかった」ものにしてくれた。
ベッドに関しては、暖かい季節の湿気対策など未知の部分も多い。
けれど、ベッドフレームもマットレスも、そしてやっと日の目を見たクッションも大切にしていきたい。
今週のお題「買ってよかった2021」
写真は《草原の草を物色するアルパカ(ラクダ科)のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200904268post-25137.html》