何をいまさらと言われそうだけれど、ずっとティム・ホー・ワン(添好運)に行きたかった。
ご存知の方も多いと思うが、ティム・ホー・ワンは香港発の点心専門店。ホテルレベルの味がリーズナブルに食べられると人気を博し、2010年にはミシュラン一ツ星を獲得。「世界一安いミシュランレストラン」と呼ばれたとかなんとか。
日本には2018年に上陸。現在は一号店となる日比谷店のほか、新宿のサザンテラスに店舗がある。
ティム・ホー・ワン(添好運)公式サイト - Tim Ho Wan Japan Official Website
わたしはずーっとここに行きたかったのである。しかし、いつ行っても日比谷店は長蛇の列。コロナ禍まっさかりのときですら「常識的な行列」がついていた。
コロナ禍直前の2019年11月、新宿店で全メニューテイクアウト可能になったものの、「窓口に並べばいいのかな……」とまごまごうだうだしているうちに2022年になってしまった。光陰矢の如し。いや、時間が速いんじゃない。わたしが遅いのだ。
で、先日、日比谷で仕事があった。これ幸いとmenuというアプリを使ってテイクアウトをオーダーし、夢のティム・ホー・ワン(の点心)が家にやってきた。
オーダーしたのは同店のテッパン商品「ベイクドチャーシューパオ」、「牛挽肉のチョンファン」、「蓮の葉ちまき」。
ひと口食べればそこは異国。
こっくりとした甘辛いチャーシューと甘めの生地のバランスがよい「ベイクドチャーシューパオ」。
チョンファンとは米粉のクレープらしい。「牛挽肉のチョンファン」の皮の歯ごたえと牛挽肉にふっと香るレモングラスは、食べ慣れた日本の料理にはないものだ。
もっちりとしたもち米おこわにごろごろ豚の角煮が入った「蓮の葉ちまき」。「これが蓮の香り!」とわかるわけではないけれど、やはりなんらかの葉っぱの香りがして、それが風味にやわらかさを添える。
都心からはるばる運んできたので多少冷めてはいたけれど、それでも「美味しい~~」と身も蓋もない感想を口にしながら、夫婦でうっとりとした。
香味、歯ごたえ、コク。
それはたしかに異国の味だった。異国の味が、紙のテイクアウト容器に入って我が家にやってきた。
香港で点心を食べたことがない我々が思い出したのは、かつての台湾旅行で出会った美味であった。
いや、台湾で点心を食べたわけではないのだが――。
ピリッと辛かった担仔麺、豆乳スープの鹹豆漿に揚げパンを浸して食べたこと、サバヒーという魚がデカデカと乗った粥。
日本人の口になじみやすく、しかし、日本では使わない食材や香辛料を効かせた料理の数々。
それらの記憶とないまぜになり、ティム・ホー・ワンの料理を家で食べていると、旅行先のホテルにいるような気分になった。
そういえば、わたしはフランス発の冷凍食品専門店「ピカール」も大好きである。店舗がある街へ行くと必ず買って帰る。
「ジャガイモのロテサリー風」だとか「リコッタとほうれん草のカネロニ」だとか、商品名を見るだけで気分がアガる。
幼い日、海外文学を読みながら、「ワッフルってなんだろー。メープルシロップをかけて食べるっぽいぞ」「カネロニ……?」と空想し、あるいは想像することすら叶わず、音の響きだけで憧れた料理。
長じて親しんだアメリカやヨーロッパの映画で、主人公がつつく「なんだかよくわからんが、ホワイトクリームやチーズを使ったカロリーが高そうな料理」。そういったものが一堂に会する夢の空間なのだ。
実際食べるとたいてい胃がもたれるのだが、こりない。こりることができない。紙皿に入ったラザニアをオーブンに突っ込んでいる間ですら、「わたしはパリの安アパルトマンに住む冴えない中年女性……パリジェンヌだがまったくおしゃれではなく……」と妄想がふくらむのだからやめられない。
ああ、「ピカール」で心を欧州へ。「ティム・ホー・ワン」で香港、ひいてはかつて旅した台湾へ。冷凍食品にしろテイクアウトにしろ、家でこれが叶うのはありがたい。
外食ほど非日常ではない半・非日常だからこそ、心が遠くへ飛ぶのを感じる。
この「飛ぶ」効果は、海外旅行へ行くのがたやすかったコロナ禍前より強く感じるように思う。
だからといって、「制限されるのも悪いことばかりじゃないね」などとまとめるつもりは毛頭ない。
やはり実際に遠くへ行きたい。見たことのない国で、未知のものにふれたい。とても日本に上陸しないようなものを食べて胃もたれしたりしたい。
点心と一緒にそういった願望やら夢まぼろしの霞を詰め込んで、わたしは箸を置いた。
写真はティム・ホー・ワンとはまったく関係ないフリー素材。《せいろに入った中華まんのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20110709196post-386.html》