平凡

平凡

三月さいごの日曜日

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三月さいごの日曜日。東京では、桜が満開に。

 

冬の間、「あれはどうも桜ではないか」とにらんでいた、ベランダから見える木々。つぼみがふくらみ、ふくらみ、このほどわたしの推測が正しかったことが証明された。

 

そんなわけで、「おうちお花見ができる!」と大興奮。昼下がりに足踏み台兼用の腰掛と、アウトドア用のチェアをベランダに持ち出した。

桜並木が揺れてなかなかいいものだけれど、風は冷たい。何も考えずにはじめてしまったので、お昼はもう食べたし、コーヒーは先ほど飲んでしまった。夫婦で、ただただ揺れる桜を眺めるのみ。

うっすら青い春の空に、灰色の雲が流れていく。

 

「そういえば、新宿御苑行ったことあったよね。あれ、お花見じゃなかったっけ?」

夫が突然、言い出した。

新宿御苑ってふたりで行ったことある? 『言の葉の庭』見たときとか?」

「桜の季節じゃないかな。お金払って入園したのを覚えてるよ。新宿御苑じゃない?」

入園料がかかり、ピクニックシートを広げられる場所といえば、新宿御苑だろう。うーんうーんと記憶をさらううちに、思い出した。

「そうだ、デパ地下で、お惣菜とか買っていった!」

「それそれ」

新宿伊勢丹のお惣菜は、存外高くてびっくりした。新宿伊勢丹での買い物経験がないわけではないのだけど、二人分となると価格感が変わってくるものだ。並んでいるのはワインに合いそうなおつまみ系が多くて、「飲む人が多いんだねえ」「でもわたしたちは飲まないから、ご飯系をひとつ」なんて言いながら選んだっけ。何を買ったのか食べたのか、まったく覚えていないけれど。

うららかに晴れた日で、家族連れが多くて、まわりを子どもが走り回っていて牧歌的だった。付き合いたてで、ふたりとも「こういうベタなことをしてみたかった」「それが実際かなった」と満足して、わざわざピクニックシートに寝転がって目を閉じた。

 

しかし――。

回想しながら、わたしは思う。かつては新宿御苑にわざわざ繰り出したわたしたち。それだけではない。「ベタなお花見がしたい」と、毎年、千鳥ヶ淵にも行っていた。それもわざわざ夫の会社帰りに合わせて、待ち合わせて。

それがいまやどうだ。コロナ禍2年で、いまだにステイホーム中心のわたしたち。お花見ぐらい、外に出てもいいのではないか? 歩いて20分ぐらいのところに、桜の名所もあるのだし。

「おうちでお花見ができる! 贅沢だねえ」というのは、在宅時間が短い人がいう台詞ではなかろうか……。

 

そんなことを考えているうち、からだはしんしんと冷えて来た。

「寒い、寒い、撤収しよう」

「せっかくだから、もっとお花見気分を盛り上げたかったなあ。三色団子でも買えばよかった」

アウトドア用のチェアを片しながらぼやくと、「今日は甘いもの、ダメだよ」と夫が制した。

ああそうだ、今日はもうひとつ、大事業が待ち構えているのだった。

 

日課の英語学習などが終った夕方、夫は台所にこもった。今日は、ケーキを作ってくれるのだ。生クリームたっぷりのショートケーキ。実に一年ぶりのことだ。

「すっかり手順を忘れている……」

ショートケーキはとにかく作成に手間暇がかかる。スポンジ用の生地を作り、生クリームを泡立て、いちごを切る。その途中で、ある素材は湯煎し、ある素材は氷水に張りながらかき混ぜる。ボウルなどの器具も数が少ないので、いったん洗ってまた使ってといったやりくりも必要だ。

戸惑ったり、何か手違いをしたりしながら夫が仕上げたケーキは、スポンジがふわふわ。最高傑作だった。

本当はわたしの誕生日、一月に作ってもらうはずだったケーキ。もろもろバタバタしてしまい、2か月遅れの作成となったのだった。その結果、旬のいちごが使えたのはうれしい誤算。

 

ふわふわとはいえ、洋菓子店のケーキよりもキメがやや粗く、それゆえ小麦粉と卵の味がしっかりと感じられるスポンジ。

余ったものを単独でなめてもそれほど美味しくない生クリームが、スポンジとあわさるとどうしてこんなに美味しいんだろう。

そして、甘酸っぱい「紅ほっぺ」。

ふたりで味を褒め褒め、味わった。

 

「今日は充実していたなあ。ケーキも作ったし、お花見もした」

夫は満足気だ。

「家から一歩も出てないけどね」

ニヤリと笑いながら茶々を入れると、夫は「そういえばそうだね」と驚いた顔をした。

 

でも、これでいいのだ。これがいいのだ。

 

と、きれいにまとめたところで、これではいかんと思い直す。いやいやいや、「幸せは足元にありましたとさ」はいいけれど、最近、引きこもりが加速しているよね? 運動不足が過ぎる。しかも、ケーキに使った生クリームは脂肪分たっぷりだった。だって、業務スーパーにあの一種類しかなかったんだもの……。

久しぶりに「リングフィット アドベンチャー」をやろうとSwitchを起動する。なんと、久しぶり過ぎて充電切れ。

桜といちごのショートケーキと運動不足。三月さいごの日曜日は、そうして終わっていった。

もうちょっと運動しよう。そうしよう。うん、四月からね。

 

 

 

画像は《満開の桜とボケのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20220336082post-39449.html