平凡

平凡

『ミッドサマー』が超おもしろかったけれど、なんでおもしろいのかわかんないので考えてみた

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人は案外、「型」で物語を受容している。そこに詰め込まれているものがなんであれ、「型」が強く、きれいにできていれば、面白く感じてしまうものだ。

「型」isパワー。

そんなことを、『ミッドサマー』を見て考えた。

 

『ミッドサマー』は、ネットを中心にさんざん話題になった作品なので、ご存知の方も多いと思う。北欧の夏至祭を舞台にした映画であり、ジャンルはホラーであると言われる。

 

簡単な筋書きは、公式サイトのトップページ下部にある、「5人の学生が招かれたのは、白夜に照らされた狂気の祭だった」の通り。

www.phantom-film.com

 

もうすこし詳しく書くと、主人公は大学生のダニー。彼女は悲惨な形で妹と両親を失い、精神がかなり不安定。同じく大学生の恋人・クリスチャンはそんな彼女を持て余し気味。やがて、クリスチャンの友人・ペレから「故郷のスウェーデンで行われる夏至のお祭に来ないか」と誘われ、その祭りについて論文を書くつもりのジョシュ、軽薄なマークらとともに、ダニーは花と緑に囲まれた“ホルガ村”にやってくる。夜も沈まぬ明るい太陽のもとで行われる祭りとは……。

 

Twitterでは、「グロい」「失恋ムービーだ」「魂の浄化ムービーだ」「考察に夢中」「ホルガはなんだかんだ理想郷」といった感想が見られたこの作品。ドラマ性が気になってはいたものの、わたしはグロテスクなものはとことん苦手。胸糞悪い展開もあまり好きではない。そのため、なかなか手が出なかった。

これが、見てみるとめちゃくちゃ面白かった。「面白かった」とは文字通りの意味だ。ド直球のエンタメとして面白かったのだ。これは意外だった。

胸糞悪いことや気色悪いことがたくさん起こっているにもかかわらず、なぜか見た後は気分爽快なのだ。

わたしは主人公・ダニーが迎える結末について、「彼女なりの幸せ」とは思わないし、クリスチャンの結末についても、肯定的にはとらえていない*1。筋書きに関する感想は、「カルトの洗脳の手口がきれいに描かれているな~」というもの。

なのに、なぜか見た後は、「面白いもの見ちゃったな」と元気になった。わけがわからない。

そこで、「なぜこの作品をエンタメとして面白いと感じたのか」を考えてみた。

 

以下、ネタバレはあまり気にせずお送りする*2

 

冒頭でも説明したように、『ミッドサマー』は、「ホラー」というジャンルで語られることが多い。「閉ざされた村で、学生たちはひとり、またひとりと消えていく……」と要素だけを抜き出して書くと、典型的なホラー映画だし、グロテスクなシーンもある。

だが、ホラー映画……とくに、閉鎖空間で何者かに主人公たちが襲われる作品において、観客を惹きつける肝とはなんだろう。

「逃げ場がないなか、主人公が、どうやって生き残るか」ではないだろうか。

そう考えると、『ミッドサマー』は、その手の「ホラー」ではくくれないことに気がつく。

 

舞台となるホルガ村はアクセスが容易ではなく、一種の閉鎖空間であることは間違えがない。携帯も圏外だ。ダニーは「この村は不気味だ」「ここにはいたくない」と語りはする。だが、積極的に逃げようとはしない。この行動にも、観客は「なんで逃げないの?」とは思わない。彼女の精神はグラついており、外の世界もまた、彼女にとって幸せなものではなかったと知っているからだ。

加えて、ダニーの恋人であるクリスチャンとジョシュは、「論文を書く」という目的のため、この村を出ることは考えない。

何より、ダニーに関して、「この子は最後まで生き残れるのかしら……」とハラハラする展開は皆無だ。彼女は流されるままにホルガ村に滞在し、ただ、見て、巻き込まれていく。学術的な興味があるわけでもないので、村の秘密を暴こうと、危険な行動も起こさない。

ここが、「閉鎖空間が舞台のホラー」とは決定的に異なる部分だと思う。

 

では、『ミッドサマー』はどんなジャンルの映画なのか。それは、主人公が誰かをあらためて考えると、答えが出る。

主人公は、いうまでもなくダニーだ。そして、脚本論や創作論における主人公の定義は、「物語のなかでいちばん葛藤し」「いちばん変化する」人物だとされる。変化の結果、主人公はファーストシーンとラストシーンでは正反対の状態になる。

 

冒頭でのダニーの状態を考えてみよう。家族を全員失い、ひとりぼっち。恋人も共感してくれているとはいえず、孤独と不安定さを抱えている。恋人に依存気味、もしくは依存気味と周囲から見られていることも自覚している。

そして、ラストのダニー。“共感”してくれる“家族”に囲まれ、依存対象を自ら消し去ることを選択し、笑顔を浮かべる。

この要素だけを抜き出して書くと、「家族を失い、心に傷を負った女性が、新たな家族に出会い、再生し、自立する物語」となる。この要素で思い浮かべるのは、ホラーではなく、王道のヒューマンドラマだろう。そして、こちらが『ミッドサマー』の本質にあたるのだと思う。

アメリカでの冒頭シーンは暗い。ダニーも暗めの洋服をまとっている。しかし、ラストシーンのダニーは明るい太陽の下、極彩色の花々にうずもれている。イメージも対照的に作られている。

 

鑑賞前、「魂の浄化ムービー」といった同作の感想について、ネット民が好む一種の言葉遊びだと思っていたが、あれは本質なのだ。

 

この物語は、『SAVE THE CATの法則』でのジャンル分けにのっとれば、一見、「家の中のモンスター」に見える。このジャンルは、『エイリアン』『ジョーズ』など、「広義の閉鎖空間で」「人間たちが逃げたり隠れたりして生き残りを図る」というものだ。

だが、実際は「何かを求めて旅に出た結果、意外なものを見つける」いわゆる、「金の羊毛」と呼ばれるタイプか、もしくは「つらい人生の節目に、主人公が変化していくさまを描く」「人生の節目」だろう。

一緒にやってきた学生たちがひとり、またひとりと姿を消すのは、ただの背景にしか過ぎない。ショッキングなことが次々起こるのも、スパイスだ。この映画の主題は、「いかにしてダニーが自己を回復させるか」だからだ。

ただ、その方法ははっきりいって洗脳であるし、現代社会が一般的に考える幸せではないのだけれど。

とはいえ、「主人公が問題を解決し、冒頭とは真逆の状態になる」という型に関しては、きっちりかっちり描かれており、ブレない。

爽快感があり、「直球エンタメとして面白い!」と感じるのは、ここなのだと思う。

 

もうひとつギミックとして大切なのは、ホルガ村の目的が明確であること。

たびたび語られているが、ホルガの村の目的は、「新しい血を定期的に入れ、共同体を維持していくこと」だ。すべてはそのためであり、そのためには「個」は必要ではない。作中で描かれる奇祭には、「個」を放棄させるための仕掛けがいくつも見受けられる。

たとえば、「メイ・クイーン」を決めるダンス。

くたくたになるまで踊らせ、その高揚感のなか、「踊る」「止まる」と下される指示に盲目的に従わせ、自己を曖昧にさせていく。

これは洗脳の手法だが、クリスチャンは薬物というもっとダイレクトな方法で「個」の判断を放棄させられ、「新しい血」を提供させられることになる。

「個」を捨て、ホルガの目的とひとつになることで、ダニーは居場所と精神の安定を得る。

ここが曖昧だと、ラストには爽快感がなく、「わけのわからんカルト村に取り込まれて、ダニーはなんかしらんが幸せに……なったの?」となってしまうだろう。

 

物語中に描かれる目的は、原始的であればあるほどよく、観客の理解が得やすいとされている。ホルガ村の「子孫を残し、共同体を存続させる」という目的は、誰にでもわかりやすい。現実社会で少子化が問題になるのはなぜか。ひとつは、人類全体に「社会を存続させたい」という共通の目的があるからだろう。

「家族の喪失を埋めたい」ダニーの原始的な目的は、「共同体の存続」という原始的な目的に取り込まれることで果たされる。だから、誰の目にも「問題が解決したのだ」とわかりやすい。

その手法が正しいかどうか別にして。

 

かように、『ミッドサマー』は「型」に忠実な物語だ。ただし、ホラーの皮をかぶった人生再生ムービーであり、その再生の方法はあきらかに洗脳で、危険なものであり……、と幾重にもツイストがかけられている。ついでにいえば、「暗いから、見えないから怖い」というホラーの常套を逆手に取り、「明るいから、不気味」としているところも目新しい*3

一方で、どんなに新規性があっても「型」があるからこそ、エンタメとして「楽しい、面白い」と感じることができる*4

 

「型」に忠実だからこそ多くの人の心をとらえ、多重にかけられたツイストがあるからこそ、多くのフィクションに慣れ親しんだ観客を飽きることなく楽しませる。

『ミッドサマー』は現代らしいエンタメ大作なのだ! そう言い切ったあと、苦笑いして、「たぶん……おそらく」とつづけたくなる。

それも含めて、『ミッドサマー』の魅力であり、アリ・アスター監督の手腕なのだろう。

 

そういえば、『劇場版 呪術廻戦0』も、乙骨君の変化がきれいに描かれた作品でした。

hei-bon.hatenablog.com

 

写真は《ピクニックに来ましたのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20190627172post-21430.html

*1:ネタバレになるので曖昧な書き方をしましたが、「いい気味」とは思わない、ということです

*2:『ミッドサマー』に関しては、わたしはかなり前知識を仕入れていたが、楽しめた。あらゆるネタバレ・前情報を憎むタイプでなければ、少々情報が入っても楽しめる作品だと思う。また、わたしのように「グロいのもホラーも苦手だけど、『ミッドサマー』気になる」人は、展開を知っておいたほうが安全だと思う

*3:これは制作者が意図しているのかどうかわからないけれど、何気に「男性がああいう目的で薬を盛られる」「意にそわないことをさせられる」のはあまり見ないシチュエーションかも

*4:当然、ツッコミどころもある。わたしが突っ込みたいのは、「いくら若いといっても、1回で妊娠するかわかんないでしょ!」。祭りの期間中に排卵を迎えるのがあの娘だったのかもしれないけれど、それにしてもあの1回で……!?