平凡

平凡

『継母だけど娘が可愛すぎる』がおもしろ過ぎてつらい

「突破口」ってあると思う。

一作お気に入りの作品ができると、そのジャンルに一気に開眼するような。

 

 

 

たとえばわたしがいま、ウェブトゥーン(縦読み漫画)をよく読んでいるのは、『継母だけど娘が可愛すぎる』にハマったのがきっかけだった。

 

『継母だけど娘が可愛すぎる』はピッコマ連載のウェブトゥーン。

主人公が物語の中の悪女に転生する“悪女転生もの”のひとつだ。

子ども服のデザイナーをしていた主人公は過労死をし、目が覚めると『白雪姫』の継母に転生していた。といってもグリム童話のガチ『白雪姫』ではなく、設定はオリジナル。「『白雪姫』の継母のように、義理の娘につらく当たっていた女性に転生した」と考えるとわかりやすい。

主人公が転生した*1アビゲールは国王であるセイブリアンの後妻。絶世の美女だが笑顔は怖く、主人公が転生するまでは、義理の娘・ブランシュにつらくあたり、使用人に当たり散らして恐れられていた。夫であるセイブリアンとの関係は冷え切っており、それがアビゲールの苛立ちに拍車をかけていた。

アビゲールに転生した主人公は、ブランシュの可愛さに夢中に。元子ども服デザイナーの血が騒ぎ、「いつかわたしがデザインしたドレスを着てもらいたい!」と興奮する。しかし、それにはまずふたりの関係を改善せねばならない。これが主人公の第1ミッションとなる。

一方、主人公は冷血な夫・セイブリアンには興味がない。「よく知らない男の人と隣で寝るのも落ち着かないしなあ」と考え、寝室を別にすることを提案し、距離を置く。

 

ブランシュの好みを知ろうとドレス選びを盗み見た主人公は、衝撃を受ける。コルセットとパニエを着けるドレスが主流の時代にあって、動きやすさや成長に合わせた“子ども服”は存在しない。あくまで子どものドレスは大人のものの縮小版。成長期にあっても窮屈なコルセットを着けるため、ブランシュは食事制限を強いられている。おまけに気弱なブランシュは教育係の顔色をうかがい、自分の好みをはっきり口にできない。

たまらず主人公は割って入り、「ブランシュが健康で幸せに育つより大切なことはない」と言い切るのだった……*2

 

ここでおもしろいのが、ところどころに挟まれる主人公の過去だ。

ブランシュの教育係は「高貴な身分であっても、見た目がそぐわないと誰も耳を傾けてくれませんよ」と発言し、主人公はこれにも「そんな古い時代の考え方を」とショックを受ける。

そして思い出すのが、自らの過去だ。ブサイクと呼ばれ、「女は見た目に気をつかえ」と言われ、見た目が悪ければ結局、面接に落ちると女友達にもアドバイスをされる。

どれも断片的な描写なのだが、「主人公がどんな思いを抱いて生きてきた人物か」はよく伝わってくる。

 

『継母だけど娘が可愛すぎる』に限らず、ウェブトゥーンの女性向け作品は、こういった”女性の生きづらさ”を一要素として盛り込んでいるものが多い。加えて生きづらさは克服すべき一大テーマとして表現されるのではなく、たいてい「ただ、そこにあるもの」として描かれる。

 

たとえば現代が舞台のウェブトゥーン『子供ができました』は、そのタイトル通り、妊娠した女性教師の物語だ。ただし、お腹の子の父親は、やけになって一夜をともにした行きずりの男性。しかし、この男性が財閥御曹司のスパダリ(金持ちでなんでもできるスーパーダーリン)で、主人公にベタぼれしたからさあ大変! スイートな事態が巻き起こる……という糖分高めのお話だ。

基本はスパダリ溺愛激甘展開なのだが、ところどころに「妊娠した女性の職場でのいづらさ」や、「女性教師が妊娠したときの産休の取りづらさ」が顔をのぞかせる。

ラスト、臨月間近になった主人公は、スパダリのおかげで常識的な時期に産休に入ることができる。それについて以下のようなセリフがある。「今、産休に入れるのは陽平さん(スパダリ)のおかげ。去年妊娠した数学の先生は主要教科だから言い出せなくて、臨月まで働いていましたよね。私が産休に入れるのは合理的配慮とは言えません」。

スパダリに愛されて特別扱いされてよかったねではなく、これは特例であると主人公が言い切るのだ*3

 

もうすこしライトなものだと、主人公が口の悪い悪女に転生する『その悪女に気をつけてください』の浮気についての描写がある。主人公には浮気者の婚約者がいるのだが、悪女ゆえ、「女に問題があるから、あの婚約者は他の女に走るのではないか」と噂される。それを聞き知った主人公は、「現実世界でもこんなのあった! 男が浮気するとなぜか女のせいにされるのよね」と怒る*4

 

いまあげた3作品ともに、取り上げられた問題は根本的に解決するわけではない。かといって、消化不良に感じたり、後味悪く感じたりもしないのがウェブトゥーンの特徴だと思う。ウェブトゥーンは縦スクロールでサラッと読めるからか、全体の味わいが薄い、というより“淡い”感じになる。

コマで割った従来型の漫画のほうが味わいは格段に濃いし、メリハリがはっきりしている*5。その“濃さ”で社会問題を出すとなると、がっちり取り組むか、落としどころを探らないと、読者に不満が残るように思う。起承転結がはっきりしているからこそ、問題が提示された以上は解決編が必要とされる。解決しないと不満が残り、かといって解決方法が非現実的だと白けてしまう。現実的かつ不満が残らず、「いい話だったな」と思わせる落としどころが難しい。

 

ウェブトゥーンは淡い。それゆえ、「ああこんなことあるよね」「主人公は身近な不満を抱えているんだ」と親近感を抱きつつも、他の展開に目を奪われ、流さるように読まされる。問題が直接、または根本的に解決しなくても、そのことよりも「わたしたちもよく直面している問題が取り上げられた」身近さのほうが先に立つ。

もちろん、ウェブトゥーンには“淡く夢中で読ませる”技術があるはずだ。ただ、それは従来型の漫画とはまったく違った技術なのだと思う。

 

ただし、ピッコマ連載のウェブトゥーンの多くは韓国のノベルサイト「カカオノート」作品のコミカライズ(かつローカライズされ、主人公の名前などが日本名になっている*6)だ。なので、この特徴は韓国版女性向けWebノベルのものなのかもしれない*7

 

話を『継母だけど娘が可愛すぎる』に戻そう。この物語のすごみは、“男性の生きづらさ・プレッシャー”も登場するところだ。ネタバレになるので詳細は書かないが、33、34話である真相が明かされる。この手の問題に押しつぶされる男性と、その後の苦しみを正面から描いた作品はそう多くないと思う。

主人公が「継子であるブランシュと仲よくなりたい」と考えるのが第一のミッションなら、第二のミッションは「女性だから」「男性だから」の重圧に傷ついた者同士が出会い、家族になっていくこと。

と書くと深刻そうだが、物語のタッチはあくまで軽く、明るい。何より絵がポップで可愛らしい。

現在、本編は45話まで公開中。第三のミッションは、主人公をライバル視している女性と主人公の間に連帯を築くことなのではないか……と思わせる展開がつづいている。このライバルの女性が抱える問題は、33話、34話で明かされた真相のまさに裏表。めちゃくちゃ期待してしまう。

 

ウェブトゥーンは淡いからこそさまざまな社会問題をサラッと織り込むことができ、淡いものを積み重ねることで心にうったえかける*8

ウェブトゥーンの女性向け作品でわたしが魅力を感じるのはそんな点で、それがもっとも顕著に表れているのが『継母だけど娘が可愛すぎる』なのだ*9

 

ピッコマのオリジナル漫画は基本、週一更新。『継母だけど娘が可愛すぎる』の更新日は金曜日で、このエントリーを書いているのも金曜日だ。本当なら新エピソードをなめるように読んでいる曜日に、何をしているのか?

実はこの作品、3月18日更新から5週に1回の休みがはさまることになり、今回がその5週目なのだ。毎週毎週続きが気になって、「翻訳サービスにぶっこんで、原作の小説を読めないだろうか」と画策しているほどなのに!*10

『継母だけど娘が可愛すぎる』がおもしろ過ぎてつらい! つらすぎる!

というわけで、同作ひいてはウェブトゥーンの魅力を書き散らすことで気をまぎらわせているのだった。

 

この作品、(おそらく時代考証もそれなりにされている)ドレスのデザインの可愛さ、ロマンティックなシーンの色づかいなど、まだまだ魅力があるので、気になった方はぜひ。基本、会員登録なし・無料で読めます(3話まではいつでも無料、あとは24時間に1話ずつ無料で読める「待てば無料」。最新の10話ぐらいは常に有料だけれど、連載が続いている間なら、順繰りに無料になっていく)。

piccoma.com

実は気になり過ぎて調べるなかで最終回のネタバレを踏んだのだけど、全体を通してルッキズムを扱ってきた同作らしい結末で、よけいに期待が高まる結果となった。とはいえ、おそらくコミカライズの最終回はまだまだ先のはず。

早く来週になれー!

 

画像は《カフェで洋書を読む女性の手元のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20180712206post-16892.html

 

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各回感想を書き連ねますが……

55話

アビゲールの死にさいしてのひと言の真相。そうだろうなーとは思っていたけど、はっきり語られるとぐっと来る。「きっと私も同じ道を辿るのだろう」が重い。アビゲールとセイブリアン、気持ちを打ち明けられる仲になったんだなあ。よかった。

 

56話

鳥が「スチャッ」って立ったところがかわいくて笑った。アビゲールに褒められるとめちゃうれしそうなレイブン。いままでどんなふうに生きてきたのか。彼の真意はなんなのか。ときどき思うのですが、レイブンとカリン様がくっつくと一番ややこしくなるよね、このお話。

 

57話

王の執務椅子に座らせて足を……って、これは究極ではないですか? セイブリアンの愛と崇拝。それに対してふつうに「そんなに汚れてないのに」と言うアビゲールがまた尊い。そしてお姫様抱ーーーっこッ!!!!! スイーーーート!

 

58話

閑話休題回。誕生日プレゼントがなんともブランシュらしい。ブランシュ、ちょっと大人っぽくなった? 次回からはブランシュの結婚問題話が始まるのかしら、という前振り。

 

59話

大人ブランシュかわいい! わたし、『白雪姫』をなぞっているのは最初だけ、みたいなことを書いたけれど、いちおう「原作」設定として生きているんですね。なんで強国の王であるセイブリアンが弱小国の姫・アビゲールと結婚したんだろう? とは常々思っていたけど、そこにちゃんと触れるんですね。

 

60話

最高でした。国益のために徹する、冷たく強い王として振る舞ってきたセイブリアンの隠された真心。最高でした。最高でした。最高でした。それに打たれるアビゲール。最高でした。これ以上書くと「最高でした」botになってしまう……!

 

61話

確実に深まっていく、セイブリアンとアビゲールの関係。食卓でひそやかに表情だけでかわす会話……。胸にぐっときました。ブランシュは父親が大好きだとときどき公言していた気がするけど(アビゲールとセットで「大好きなおふたり」と表現するとか)、愛されていないと思っているのか。切ない。義母の来訪で波乱の予感。でも、この親子3人ならきっと大丈夫と思える!

 

62話

夫婦同室一夜目の話。最初はセイブリアンかわいそうでは? と思ったけど、セイブリアンはそんな予想をくつがえして……。いい父、いい夫になったね。このふたりらしい、そして十二分にスイートな展開でした。恋愛感情があるのはたしかだけれど、家族としての仲の深まりも大切にしている。この作品のそんなバランスが好き。

 

63話

冒頭のセイブリアンの独白よ……。王の“責務”に押しつぶされた男性が語る、望まれない女児が生まれた日の話。彼がどんな目で娘を見守ってきたか。娘に対し、「嫌いではない、愛情もある、でもどう接していいかわからない。王族として生き抜けるように強くあってほしい」と彼なりに考えていたんだなと胸が苦しくなる……。そしてついにやってきたおかーさま。この人は、絶対にいらんことをするという予感に満ち満ちている!

 

*1:『継母だけど……』は、一度毒殺された人物に、現世で死んだ主人公の人格が入ったケース。生きている人物に主人公の“中身”が入る場合などは憑依と呼ばれることもある。たいていは元の人物の記憶がうっすらと残っている状態で、人格は完全に主人公のものとして行動する。この手のジャンルに慣れないうちは、そこの塩梅がわからなかったが、なんとなく読んでいるうちに理解が進む

*2:食事制限をされているのを知るのはマナーレッスンの回なのですが、そのあたりの展開をひとまとめてにして書いています

*3:ついでに言うと『子供ができました』の縦軸を貫くメインテーマは実はスパダリとの関係ではなく、主人公と実母との関係改善。「こういう物語だから、どうせすぐに『実はお前が大事だった』とか実母が言い始めるんでしょ」と思っていたら、ラスト付近まで母親は冷たいまま。ラストも完全なる解決ではなく「お母さんと一歩歩み寄れた。今までのことは許せないけど、それでいい」と主人公が考えるところが生々しかった。また、主人公は理不尽なことを言われたら冷静に・本人に言い返す女性なのだけれど、言い返したことで反感を買ったり、不利な状況におちいったりと、こちらも「スカッと系」「ざまぁ」ではなく、リアル路線。女性向けウェブトゥーン作品は「ざまぁ」ではないものが多い。そこもわたしは好きなポイント。『継母だけど娘が可愛すぎる』も、人に嫉妬された主人公が、「わたしが嫉妬されることがあるなんて」「でもあんまりうれしくはないな」と考えるシーンがある。

*4:『その悪女に……』は、小説の世界へ転生しており、20話前後で小説のヒロインが登場。そのヒロインと主人公が連帯していく熱い展開を見せ、主人公がどんな悪女であろうとしているかが確立。そこかがらぐんぐんおもしろくなっていく

*5:逆にウェブトゥーンのノリで従来型のコマ割り漫画を書いたら、出汁が効いていない味噌汁のように味気ないものになるはず。また、コマ割り漫画のメリハリをウェブトゥーンに持ち込むと、それはそれで疲れてしまうと思う。そういう意味でもジャンルが違うのだ

*6:Netflixで人気を博した『梨泰院クラス』の原作が、日本語訳では『六本木クラス』になっているのがその一例

*7:さらにいうと、わたしは日本で発表された「なろう」系の女性向け異世界恋愛は限られたものしか読んだことがなく、少女漫画の読書量も少ないため、他作品をよく知らないだけという可能性もある

*8:読み口としては叙情的な小説や文芸小説に近いものがある

*9:男性ものはまた違った世界が広がっているように思う

*10:韓国のWeb小説は1話ずつ課金が基本らしく、原作を読むなら決済も必要になる