平凡

平凡

また新しい夢を見る

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都会のマンションと雲空のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200539128post-27326.html

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

10年前の春、わたしは引っ越しをしていた。

ひとりには広すぎる2DK。

郊外の格安物件。

当時、付き合っていた恋人と暮らそうと思い、借りた部屋だった。

とりあえず、わたしの名義で借りて、ひとりで家賃を支払った。

ライターとして独立して5年。

それぐらいの蓄えもできていた。

ずっとほしかった古物の片袖机を買って、窓際に置いた。

「文豪みたい!」

と、手伝いにきてくれた友人ときゃっきゃした。

窓からは、郊外の広い空が見えた。

ここで、彼と新しい暮らしをするのだ。

そして、たくさんの文章を書こう。

 

恋人とはさまざまな話がごたついた。

けっきょく、わたしはその家でひとりで東日本大震災を経験し、

ひとりで引き払うにいたった。

 

ひとりであれぐらいの家賃が払えるならばと、心機一転、都心に越した。

小ぢんまりした2K。

狭いながらも東西南に窓がひらけ、異常なまでに日当たりがよい部屋だった。

そして、広々としたロフトがあった。

蔵書が多いから、ここに本を上げて、図書館みたいにして……。

ベッドを買って、ソファがわりにして、恋人ができたら、そこで毛布にくるまって、映画を見よう。

仕事机の横には出窓があって、隣の古いアパートに這うつたが見えていた。

そこで昼夜を問わず、仕事をした。

 

hei-bon.hatenablog.com

 

明るく開けた部屋に触発されたのか、そのころ、わたしは人生でいちばん活発に他者と交流し、いまの夫と出会った。

 

夫と結婚してもしばらく、その2Kの部屋にいっしょに暮らした。

そのころ、彼と過ごす日々のディティールをわすれたくないと思って、このブログをはじめた。

 

やがて、2Kの部屋が手狭になり、新居探しとあいなった。

夫はなるべく家賃を抑えたく、わたしはなるべく便利な場所に住みたい。

都心の物件では条件が折り合わず、疲れ果てたころ。

不動産屋が持ってきた資料にたまたままぎれていたのが、郊外のとある物件だった。

台所に大きな窓があり、不動産屋が開けると、五月の気持ちよい風が頬をなで、木々がさわさわと鳴った。

夫婦ともにひと目で気に入った。

「将来的には子どもも」と話す我々に、不動産屋は、「ファミリー向けの物件ですから、そのへんも安心ですよ」と笑った。

実際、同じ物件には、ちいさな子がいる家庭が多かった。

緑道の散歩、直売所巡りなど、夫婦だけの郊外での暮らしは思いのほか楽しかった。

キッチンが大きくなったことで、料理をする回数も、品数も増えた。

朝は夫を見送って、ふすまに向けて置いた机に向かい、仕事をした。

現実的なしあわせのなかで、それまで自分のなかで響いていた空想の呼び声が聞こえなくなった。

そのこともふくめ、わたしはブログを書いた。

hei-bon.hatenablog.com

 

 

夫婦ふたりの暮らしはつづき、わたしには毎月、生理がきた。

 

猫を飼いたいね、という話は、夫婦の間では頻繁に出た。

しかし、子どもを持つなら動物を飼うことは避けたかった。

彼もわたしもアレルギー体質で、子が動物アレルギーを発症する可能性は高いように思えるからだ。

ペット可物件は何度か見に行ったが、そこが引っかかって、踏み出せなかった。

hei-bon.hatenablog.com

 

そのうち、コロナ禍が来た。

緑豊かでゆったりと散歩できるスポットがあり、スーパーの敷地も広い郊外は、自粛期間をしのぎやすかった。

夫婦ともに、このエリアでずっと住まいたい、とあらためて思った。

独立して10年以上、はじめて、仕事がストップした。

直売所で買った野菜を調理し、家をかたづけ、ひたすらに暮らしをした。

そうするうちに、結婚以来、影に身をひそめていた空想が、一気にあふれ出す瞬間があった。

わたしは昼夜をわかたず、書いた。

仕事以外の文章を、あんなに熱心に書きつづったのは、いつ以来だろう。

昼は常に、夜は眠りに落ちるまでスマホフリック入力をして、朝はそれを読みたくて起きた。

仕事以外の文章を書くリズムがつくられた。

秋になって仕事が戻ると、その合間に書くようになった。

 

hei-bon.hatenablog.com

 

今年の夏の終わり。

なんとなく近隣のペット可物件を見ていたところ、気になる物件があった。

夫婦ともに在宅仕事が増え、「こうだったらいいな」と思っていた間取り。

馴染みのある生活圏。駅からの近さ。そう高くない家賃。

夫婦で見に行くと、「ここ、いいね」と自然となった。

断わる理由は見つからなかった。

 

というわけで、いま、新居で机に向かい、この文章を書いている。

新しい住まいでは、窓に向けて机を置いた。

晴れた日、窓を全開にして仕事をすると、郊外の広い空が見える。

10年前と似ているな、と、ずいぶん使い込んだ片袖机に向かいながら思う。

猫を飼える契約は結んでいるが、動物はまだ飼っていない。

ほんとうに、飼うのだろうか?

ひょっとして、最後の最後、子どもに恵まれるのだろうか?

それは神のみぞ知る。

 

なんにせよ、わたしはまた新しい夢を見て、相変わらず文章を書いている。

この10年、そのことだけが、変わらない。