数年前のこと。
夫と結婚の準備を進めるなか、そのステップがついにやってきた。
義母に挨拶に行く――。
で、手土産である。
「お義母さん、何が好きなの?」
「アイスかな」
「じゃあ、ハーゲンダッツ? ゴディバにもアイスクリームあるよね。あ、この間行ったジェラート屋さんでも、持ち帰りができるし……」
夫は微妙な表情をしている。
「う~ん、そういうんじゃなくてさ、オカンはもっと……」
もっとこう、千疋屋のシャーベットみたいなものがいいのだろうか。
「安いのがいいんだよ。300円ぐらいで8本ぐらい入ってる、“箱アイス”」
「それじゃ、手土産になんないじゃん。
もっと考えて! あるでしょ!
息子なんだから、知ってるでしょ、好物」
「そう言われてもなあ。ほんとにアイスぐらいしか食べてるところ見ないんだよ」
結局、手土産は、昔、どこからかお中元やお歳暮でもらい、家族で楽しみにしていたというヨックモックの「シガール」にした。
「なつかしい! 子どもはみんなこれをストローがわりにして、コーヒーを吸おうとしたわよねえ」
「それで、モロモロになったよなあ」
思い出のある食べ物は、強い。
見事に話を弾ませてくれた。
しかし、実家でともに暮らしながら、母親について、「アイスぐらいしか食べているところを見ない」とは。
このひと大丈夫なのかしらと思ったが、結婚してわかった。
それは事実だった。
義実家へ遊びに行くと、義母は、夫にもわたしにも上げ膳据え膳。
何もさせない。
これは夫と義母、ふたりだけのときも同じらしい。
やっと席についても、自分は「料理するときにつまんだのよ」と言って、 あまり食べない。
「お義母さん、刺身食べてます? めっちゃ美味しいですよ」を、表現を変えて3回ぐらい言うと、「そう、じゃあ、いただこうかしら」と一切れつまむ。
何度義実家を訪問しても、義母が いつ何を食べているのか、何が好きなのか、さっぱりわからない。
しかし、そんな義母にも、ひとつだけ目の色を変えるものがある。
箱アイスだ。
冷凍庫には、常に棒状のアイス、シューアイスなどを常備。
どれも6~10本入りで300円未満で売られている、安価なものばかり。
箱から出されて保管されているあたり、どこか玄人っぽさを感じさせる。
食後、義母はそれを何本かセレクトし、食卓へ運んでくる。
料理だけではなく、ほかのこと全般、すすめるときは「よかったら……」と遠慮がちな義母。
しかし、このときだけは、「食べるよね」とアイスが供される。
そして、実にうれしそうにアイスを食べる。
ときには2本ぐらい立てつづけに食べることもある。
そんなこんなで、わたしも思うのだ。
たしかに、義母は箱アイスが好物だ。
それ以外のものを食べているところはめったに確認できないし、何が好物なのかもよくわからない。
一度、夏に義母と和風ファミリーレストランへ行ったときのこと。
料理を選ぶときは、「こんなに食べられるかしら」と不安そうだった義母が、あるメニューを見たとき、「あら!」と目を輝かせた。
そこには、かき氷が掲載されていた。
「かき氷ですって! あなたたちも頼みなさい」
料理の量を気にしていたのが嘘のよう。
義母は、迷いなくかき氷をオーダーした。
食後に「いちご練乳かき氷」をほおばりながら、「最近のファミリーレストランは、いろんなものが置いてあるのねえ」と義母はしきりと言っていた。
冷たいもの全般が好きなのかもしれない。
ただし、いま流行りの、1000円ぐらいするかき氷は喜ばない気がする。なんとなく。
そしてその息子たる夫は、やはり箱アイスが好きだ。
冷凍庫には、箱アイスを常備。
夫はショートケーキのいちごを最後に食べるタイプだが、アイスだけは別。
「俺はアイスを食べ過ぎる……」と、一日一本だけと決めているらしいが、休日ともなれば朝から一本食べてしまい、夜にうめくことになる。
気軽さが大事なようで、心置きなく食べられる安価な箱アイスを愛している。
わたし自身は箱アイスではなく、1個100円ほどのアイスを、食べたいときだけ買ってくるスタイルだ。
たまに食べるには、箱アイスは、ちょっとさみしく感じてしまう。
最近、そんな夫とわたし、両方にほどよくフィットするアイスを見つけた。
シャトレーゼの「チョコバッキー」である。
大きさは、スーパーで売っている70円のアイスぐらい。
バニラアイスのなかに、ランダムに砕かれたチョコが入っており、この食感が楽しい。
値段は6本で税込302円也。
箱アイスよりやや高いが、気楽に食べられる範疇だ。
コロナ禍にあって、もう一年以上、我々は義母に会えていない。
ときおり電話をしているが、やはり、「食後のアイスに目の色を変え、アイスだけはちょっと強引にすすめてくる」みたいなテンションは、実際に会い、空間を共にしないと体験することはできない。
家族全員がワクチンを2回接種すれば……と思っていたが、デルタ株の大流行で、見通しは立たない。
この夏中には、義母に会うことは叶わないかもしれない。
そんなことを考えながら、わたしは「チョコバッキー」をかじる。
幸いなのは、義母のアイス熱は季節性ではないことだ。
春夏秋冬、箱アイスとなればテンションが上がる。
この夏は無理でも、秋には、冬には……。
次、会うときは、「チョコバッキー」を手土産にしたいと思う。
今週のお題「好きなアイス」