平凡

平凡

「お義母さんって何が好きなの?」「アイスかな」

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フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com) photo by すしぱく

 

数年前のこと。

夫と結婚の準備を進めるなか、そのステップがついにやってきた。

義母に挨拶に行く――。

で、手土産である。

 

「お義母さん、何が好きなの?」

「アイスかな」

「じゃあ、ハーゲンダッツ? ゴディバにもアイスクリームあるよね。あ、この間行ったジェラート屋さんでも、持ち帰りができるし……」

 

夫は微妙な表情をしている。

 

「う~ん、そういうんじゃなくてさ、オカンはもっと……」

 

もっとこう、千疋屋のシャーベットみたいなものがいいのだろうか。

それともアメリカンにサーティーワンか。

 

「安いのがいいんだよ。300円ぐらいで8本ぐらい入ってる、“箱アイス”」

「それじゃ、手土産になんないじゃん。

もっと考えて! あるでしょ! 

息子なんだから、知ってるでしょ、好物」

「そう言われてもなあ。ほんとにアイスぐらいしか食べてるところ見ないんだよ」

 

結局、手土産は、昔、どこからかお中元やお歳暮でもらい、家族で楽しみにしていたというヨックモックの「シガール」にした。

「なつかしい! 子どもはみんなこれをストローがわりにして、コーヒーを吸おうとしたわよねえ」

「それで、モロモロになったよなあ」

思い出のある食べ物は、強い。

見事に話を弾ませてくれた。

 

しかし、実家でともに暮らしながら、母親について、「アイスぐらいしか食べているところを見ない」とは。 

このひと大丈夫なのかしらと思ったが、結婚してわかった。

それは事実だった。

 

義実家へ遊びに行くと、義母は、夫にもわたしにも上げ膳据え膳。

何もさせない。

これは夫と義母、ふたりだけのときも同じらしい。

やっと席についても、自分は「料理するときにつまんだのよ」と言って、 あまり食べない。

「お義母さん、刺身食べてます? めっちゃ美味しいですよ」を、表現を変えて3回ぐらい言うと、「そう、じゃあ、いただこうかしら」と一切れつまむ。

何度義実家を訪問しても、義母が いつ何を食べているのか、何が好きなのか、さっぱりわからない。

 

しかし、そんな義母にも、ひとつだけ目の色を変えるものがある。

箱アイスだ。

冷凍庫には、常に棒状のアイス、シューアイスなどを常備。

どれも6~10本入りで300円未満で売られている、安価なものばかり。

箱から出されて保管されているあたり、どこか玄人っぽさを感じさせる。

食後、義母はそれを何本かセレクトし、食卓へ運んでくる。

料理だけではなく、ほかのこと全般、すすめるときは「よかったら……」と遠慮がちな義母。

しかし、このときだけは、「食べるよね」とアイスが供される。

そして、実にうれしそうにアイスを食べる。

ときには2本ぐらい立てつづけに食べることもある。

 

そんなこんなで、わたしも思うのだ。

たしかに、義母は箱アイスが好物だ。

それ以外のものを食べているところはめったに確認できないし、何が好物なのかもよくわからない。

 

一度、夏に義母と和風ファミリーレストランへ行ったときのこと。

料理を選ぶときは、「こんなに食べられるかしら」と不安そうだった義母が、あるメニューを見たとき、「あら!」と目を輝かせた。

そこには、かき氷が掲載されていた。

「かき氷ですって! あなたたちも頼みなさい」

料理の量を気にしていたのが嘘のよう。

義母は、迷いなくかき氷をオーダーした。

食後に「いちご練乳かき氷」をほおばりながら、「最近のファミリーレストランは、いろんなものが置いてあるのねえ」と義母はしきりと言っていた。

冷たいもの全般が好きなのかもしれない。

ただし、いま流行りの、1000円ぐらいするかき氷は喜ばない気がする。なんとなく。

 

そしてその息子たる夫は、やはり箱アイスが好きだ。

冷凍庫には、箱アイスを常備。

夫はショートケーキのいちごを最後に食べるタイプだが、アイスだけは別。

「俺はアイスを食べ過ぎる……」と、一日一本だけと決めているらしいが、休日ともなれば朝から一本食べてしまい、夜にうめくことになる。

気軽さが大事なようで、心置きなく食べられる安価な箱アイスを愛している。

 

わたし自身は箱アイスではなく、1個100円ほどのアイスを、食べたいときだけ買ってくるスタイルだ。

たまに食べるには、箱アイスは、ちょっとさみしく感じてしまう。

 

最近、そんな夫とわたし、両方にほどよくフィットするアイスを見つけた。

シャトレーゼの「チョコバッキー」である。

大きさは、スーパーで売っている70円のアイスぐらい。

バニラアイスのなかに、ランダムに砕かれたチョコが入っており、この食感が楽しい。

値段は6本で税込302円也。

箱アイスよりやや高いが、気楽に食べられる範疇だ。

www.chateraise.co.jp

 

コロナ禍にあって、もう一年以上、我々は義母に会えていない。

ときおり電話をしているが、やはり、「食後のアイスに目の色を変え、アイスだけはちょっと強引にすすめてくる」みたいなテンションは、実際に会い、空間を共にしないと体験することはできない。

家族全員がワクチンを2回接種すれば……と思っていたが、デルタ株の大流行で、見通しは立たない。

この夏中には、義母に会うことは叶わないかもしれない。

そんなことを考えながら、わたしは「チョコバッキー」をかじる。

 

幸いなのは、義母のアイス熱は季節性ではないことだ。

春夏秋冬、箱アイスとなればテンションが上がる。

この夏は無理でも、秋には、冬には……。

次、会うときは、「チョコバッキー」を手土産にしたいと思う。

 

今週のお題「好きなアイス」