平凡

平凡

いまはいない、猫の話

今から8年ほど前。

まだ交際中だった夫とわたしは、「結婚しましょう」となり、互いの実家に挨拶に行くことになった。

事前に取り決めたことはひとつ。

それは、「実家にお願いして、昔のアルバムを引っ張り出しておいてもらう」こと。

アルバムがあれば、話も弾み、お互いの家族にとって“いい感じ”を作り出せる、という算段だ。

 

 

で、初夏の日曜日、履き慣れないパンプスを脱いで上がった夫の実家。

手土産のシガールを食べながら見せてもらったアルバムは、膨大な量だった。

というか、最初は一冊だった。

「平凡ちゃんは猫が好きなんだよ」

と夫がうながし、義母が持ってきてくれたのは、「フックン 1992年~1997年」というように、「猫の名前」と年代が書かれた一冊だった。

なんでも亡くなった義父はまめなひとで、家族の写真をジャンルと年代ごとにわけてアルバムに収めていたらしい。

つまりそれは、当時飼っていた猫「フックン」の写真が中心の一冊、ということだ。

開くとそこには、長毛でムスッとした「フックン」と家族の時間があった。

夏、みんながタンクトップやTシャツ、短パンでくつろぐ家族のテーブルの真ん中に、フックン。

もっこもこでムスッとした顔の長毛猫であるフックンを抱っこする義母。

庭で遊ぶフックン。

「うわー! かわいい! かわいい!」と、猫ならなんでもかわいく見えるわたしは大喜びでページをめくった。

収められているのは前述のとおり、家族の何気ない時間ばかりだ。それは、猫は家にいるのだから当然といえる。

猫を中心とした家族の日常の空気が、写真には閉じ込められていた。

 

「まだまだあるんだけど、見ます?」と、義母にすすめられるまま、わたしはアルバムを次々と繰りつづけた。

「フックンは抱っこするとすぐ怒っちゃう子で」

「でも、お義母さんは抱っこできてますね!」

「オカンだけが30秒ぐらい抱っこできたんだよな」

「パパ(義父)は紐でよくフックンと遊んでて」

猫の話題だけではなく、「このボードゲーム、あったなあ」と、写真に映ったほかの事物について話の花が咲くこともあった。

 

「ねえ、こんなに猫のアルバムばっかりでだいじょうぶ? ほかのものもご覧になる?」

と、敬語まじりで聞いてくれた義母に対し、

「いえ! むしろもっと見たいです!」

と勢いよく答えたが、いま思うとあれは、「いやいやいや、猫のアルバムばっかりじゃなくて他も見ようぜ」というフリだったのかな……と思わないでもない*1

 

「これが家に来たばっかりのフックンかな」

“中猫”ぐらいのフックンが、リビングの扉の向こうからのぞいている写真だった。

なんでもお金持ちの家に二匹目の猫として飼われたフックンは、先住猫ととの折り合いが悪く、いじめられていたのだという。

それを聞きつけた友人に、「あなた会ってみなさいよ」とすすめられたものの、義母は最初、気が乗らなかった。

「だって、会ったらきっと連れて帰ることになるから……」

そして、案の定、義実家の猫となった。

「最初はさ、遠慮して、廊下からのぞいてたんだよ」

「リビングに入ってきたとき、うれしかったのよね」

しかし、わりとすぐにソファーの真ん中でくつろぐフックンの写真が出てくる。

「いつの間にか、王様になっちゃったね」

その王様は、義父が亡くなってしばらくして、同じところへと旅立った。

 

そんなこんなで、結婚の挨拶はつつがなく終わった。

フックンのおかげといっていいだろう。

 

いまも、夫婦ふたりのとき、フックンの話題が出ることがある。

たとえば旅行から帰ったとき。

「旅行から帰ったら、フックンがオカンのベッドに粗相してたんだよ。それ以外、トイレに失敗したことがないのに」

「腹いせだね」

「いつもは『ニンゲンなんて知らん』って顔、してるのにさ」

 

いまはいない猫の話。

それが出るたび、わたしは「ああ、会いたかったな」と言い、夫は「会わせたかったよ」と返す。

そういえば、甥っ子も「フックンに会いたかったな」と、同じことを言っているらしい。

 

いまはいない、猫。会ったことのない、猫。

なのに、「夫の実家の一員」として、わたしの心にもいる。

それを思うとき、「犬や猫は家族ですよ」ということばが実感される。

 

きょうは2月22日の「にゃんにゃんにゃん」の日。

SNSには猫の写真が次々と流れていく。

フックンのように家でのんびりのびのび過ごす猫たちの姿を眺めながら、彼ら彼女ら、そしてニンゲンの家族がともに過ごす幸せな時間に思いを馳せている。

 

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フックンについては、こちらにもチラっと書いています。

小さな継承 - 平凡

 

そうえいば、結婚の挨拶に、最初はアイスを持っていこうと思っていたんだった……。

「お義母さんって何が好きなの?」「アイスかな」 - 平凡

 

一方、ウチの実家での結婚の挨拶では……。母がスプーン曲げをはじめた、という話。

結婚の御挨拶は、両親も何かと緊張して大変だよね☆って話 - 平凡

 

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画像は写真ACよりお借りしました。なので、フックンではないのです。

手を伸ばして寝る猫 サイベリアン - No: 25242827|写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOK

*1:その後、猫以外の名前が冠されたアルバムもたくさん見せてもらった