結婚の挨拶の思い出というと、なんといっても、「平凡母のスプーン曲げ事件」である。
❝事件❞の前提として、以前にも書いた通り、うちの両親は離婚している。
そのため、「結婚の御挨拶」にあたっては、父母それぞれが、ひとりで娘の結婚相手と向き合うこととなった。
今、振り返ると、ことに母はそのプレッシャーを強く感じていたように思う。
そんなわけで、結婚の挨拶後、食事には兄夫婦が同席することになったのは、母の希望が大きかった。
当日は、夫が挨拶を終えて、母がちょっとうるっとして、
いい感じになったところで兄夫婦に合流してもらい、
みんなで鍋をつついた。
夫も笑っているし、みんな和やかでよかよか……と思ったところで、
母が「わたし、じつは、スプーン曲げができるんだ!」と爆弾投下。
スプーン曲げ?
スプーン曲げ、とは?
ユリ・ゲラーなあれですか?
超能力? 念力、的な?
でも、なんで今?
2014年だよ? 21世紀入って10年以上たってんだよ?
母は多少おかしな人ではあるが、いくらなんでも唐突すぎる。
何これ、こういうのはやってんの?
母の鉄板ネタなの? と兄夫婦を見ると、
コミュニケーション能力の塊であるところの兄嫁までが固まっている。
ああ、これ、アカンやつや。
「えっ、それってユリ・ゲラーみたいな……?」
「お、お義母さん、念力ってことですか?」
兄夫婦も同じことを考えている。
「今やらなくってもいいじゃん」
「意味わからないし!」
これはやばいと、戸惑いから「止め」モードに入る平凡兄妹だが、
「いや、ほんとにできるの!」
とスプーンを持ってきてしまう母。
「見ててよ!」
と、額にしわ寄せた母は、一点集中、スプーンの根元をこすりこすり、
「えいっ!」と曲げた。
指で、普通に。
力を入れて。
いや、いちおう、使ったのは親指一本だけではあるのだけれど……。
どう考えてもそれは、それは、超能力の類ではなくテコの原理だ。
ああ、偉大なり、ワンダーなり、物理法則。
「ほら、曲がったでしょ」と得意満面の母をよそに、
「ええええええええ」
「それ、指で曲げてますやん!」
「力技でしょ!?」
「お、お義母さん、それは」
と、夫までも戸惑いと笑いの渦に巻き込まれ、
なんとか食事会はお開きになったのだった。
これが、今でも夫婦の話題にのぼる「母のスプーン曲げ事件」である。
娘婿の結婚挨拶で母もテンパっていたのね、ということになっている。
しかし、その後、「スプーン曲げしようとしたよね~」と母の前で話題にすると、
「そうそう、スプーン、曲げようか?」とウキウキとスプーンを持ってこようとする。
あの事件前、スプーン曲げに凝り始めた母は、家のスプーンを全部曲げて(私の目線で言わせてもらえば、へし折って)しまい、
スプーンを全部買い替えたということも、後で聞いた。
これらを総合すると、テンパっていたというより素なんじゃないのか……とも思うのだが、
なんとなく、娘の結婚でテンパっていたのだ、と思うことにしている。
母は、ほら、ひとりだし。
なんとなく、なんとなく。
というわけで、結婚の御挨拶ってのは、
「される」側の両親も何かと緊張して、大変だよね、という話であった。