ある日、実家に電話をしたら、母が"煉獄さんの女"になっていた。
何気なく、「最近、映画見た?」と聞いただけなのだ。
なのに、返ってきた答えは、
「『鬼滅の刃』見たよ! もう14回かなあ。すっごくいいのよ~。煉獄さんがもう、カッコよくてカッコよくて!」。
えっえっえっ? 14回?
「うんうん、特典とかもあるしね!」
いや、そういうことではなく。
今年の春先のことであった。
母は漫画やアニメに抵抗がないほうではある。
が、それだけ。
「おもしろい」とすすめられればちょっと見る、ぐらいのもの。
二次元のフィクション*1に、推したり萌えたり燃えたりハマったりは、今まで一度だってなかった。
ただ、ハマると病的にハマる人ではある。
ある年の夏は、なぜか筋トレにハマり、1日合計1000回の腹筋背筋腕立て伏せをすると宣言。
「アニカ・ソレンスタムもやってる!」と謎の理屈を振りかざし、夏の終わりに過労でぶっ倒れた。
あるときは、茶道に夢中になった。
「家でも絶対やりたい!」と、小さな台にむりやり小鍋を置き、そこから茶杓で湯をくみ、お茶を点てはじめた。
火傷が心配だったので、マンションでも使える簡易な炉を買ったときはほっとした。
結婚の挨拶のため、夫を連れて帰省したさいは、「最近、スプーン曲げにハマっているの!」と、謎のカミングアウトをされた。
なぜ? なぜ、いま、言った?
夫(当時は恋人)とは初対面なのに……!?
戸惑う我々をよそに、母はその場でスプーンを曲げた。
あれはどう見てもテコの原理だった。
とにかく、ハマりがちなひとではある。
電話を切ってから数週間後、写真が送られてきた。
「杏寿郎の誕生日!」と、アクリルスタンド、俗にいうアクスタの前にろうそくを立てたケーキが置かれている。
キャラの誕生日を祝う!
アクリルスタンドを立てる!
まわりでしばしば見る風景だが、母はおそらくそういった慣習を目にしたことはないはずだ。
人は、”推し”ができると習わずともオタな行動を取る。
野生のオタが爆誕していた。
てか、”杏寿郎呼び”て。
煉獄さんを下の名前で呼ぶのは、肉親か猗窩座ぐらいじゃないの?
猗窩座なの? 猗窩座気分なの……?
ただ、子どもとして、これはありがたいと思ったのもたしか。
人生の後半は、基本的には喪失の連続だ。
襲いかかる老・病・死。
青春時代に憧れた人たちの訃報。
通い慣れた医者や店が引退していく。
近所で助けあっていた同世代の人が亡くなる。
若いころは、「常に新たなものを求め続ければよい」と思っていたけれど、年を重ねるとわかる。
それは容易なことではないし、失ったものの代替なんて、存在しないのだ。
そんな人生のなか、自分の喜びとなるものを、新たに見つけ出せる。
それがどんなに貴重なことか。
失ったものの代わりなんてどこにもないけれど、すくなくとも新たな喜びは増える。
親がひとりでしょんぼりと暮らしているよりは、生を謳歌してくれているにこしたことはない。
人生の後輩としても、うらやましいと思う。
その後も母は、煉獄さんが400億の男になったことを寿ぎ、
『無限列車編』のBlu-rayは「なんだかよくわからないけど、これがいちばんたくさん特典が付いていたから」とufotableのショップで購入。
親がユーフォのサイトで買い物するとは思わなかった。
ソフト発売記念イベントに「杏寿郎の声優さんが来るから」と福岡会場を申し込むも落選。
ソフト発売記念の映画館での上映にはもちろん参加、と元気にオタ活中だ。
1/1のレプリカ日輪刀を買い、リビングの片隅の「杏寿郎コーナー」に飾ったらしいが、コロナ禍で帰省ができず、残念ながら目にしたことはない。
いまは「遊郭編」を見ているだろうか……。
なんか「杏寿郎が出ないから」と、見ていない気もする。
老いてなおというより、老いてますますすさまじいエネルギーを見せる母から、どうしてわたしのような無気力人間が生まれたのか……。
謎だけれど、うらやましい。
2021年、もっともインパクトがあったのは、母の”煉獄さんの女”化だった。
来年はどうなってしまうのか。
怖いような気もするけれど、元気に何かを追いかけつづけてほしいと思う。
写真は《驚きの表情アルパカのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20130508148post-2801.html》
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