「もう、こんな夕焼けも見られへんのやなあ 」。
その日、兄はそう言った。
わたしたちの眼前には田んぼが広がり、その先には青い山影。
そこへ、大きな夕日が沈もうとしていた。
わたしたちはその日、ママチャリに乗って、あてもなく国道沿いを走り、
大きなゲームセンターで適当に遊んで帰ろうとしていた。
兄は18、わたしは15の春休みのことだった。
兄は4月から、大学生になる。
東にコンビナート、西に山並みを臨み、
自然もたいして豊かでなければ、よくも悪くも濃いご近所付きあいもない*1、
中途半端なこの地方都市を離れて、一人暮らしをするのだ。
「何言うてんの」
わたしは言った。
「帰ってこようと思ったら、こんなん、いつでも見られるやんか」
大学生になっても、もっと大人になって働くようになっても、
この季節、この夕焼けが見たいと強く願えば、きっと帰って来られるはずだ。
わたしはそう信じていた。
兄は弱気だ。わたしはすこし腹立たしくさえ思った。
わたしは知らなかった。
ひとつ何かが変われば、それまで当たり前だったことが、
そうではなくなってしまうのだ。
兄が家を出る。
その後の日常は、前と同じではない。
わたしは想像が及ばなかった。
わたしたちは、その日、だらだらと遊んでいて、たまたまその大きな夕日を見た。
そのようなことは、わたしたちが一緒に暮らしているからこそ、できることだった。
大学へ上がった兄は、ふつうの大学生よりもずっと頻度高く帰省した。
家庭がゴタゴタしていた時期で、心配だったのだろう。
ただ、兄妹で自転車をあてどもなくこいで、国道沿いを走るようなことはなくなった。
そのような遊びは、ゴタゴタした家庭から逃げるためでもあった。
兄が免許を取ると、自転車で移動すること自体がなくなり、
いつの間にか実家から、兄の自転車が消えた。
もっと何年も経って、わたしは気づく。
兄のことばは、弱気ではない。
これから変わりゆく暮らしを思っての、感傷だった。
おそらく、十人中十人が即時にわかることが、わたしにはわかっていなかった。
すべてのことは1回きりで、「同じようなもの」は、「同じもの」ではない。
あの日の夕日は、あの日だけのものだ。
15のわたしは、
「もう一度見たいものがあれば、いつでも見られるはずだ。
それをなんと弱気な」と思っていた。
年齢を重ねたいま、わたしは過去の自分をなんと幼く、愚かだったのかと思う。
その3年後には、進学のため、わたしも家を出た。
家庭のゴタゴタで疲れきった身には、実家を離れられることが、とにかくうれしかった。
そんな人間が、故郷にUターンなどするはずがない。
わたしは実家へ本格的に戻ることはなかったし、帰省の頻度は、年々減っていった。
「春休み」があった大学時代はともかく、
社会に出てからは、3月に帰省することは、ほぼない。
たまに帰ると、離婚し、離れて暮らす父と母を訪ねて、それなりに忙しい。
自転車でふらりとどこかへこぎだすことは、ない。
結婚し、夫と帰省するようになってからは、なおさらだ*2。
それでも3月になると、あの夕焼けと、兄のことばを思い出す。
まだ冬枯れ残る田んぼの向こうにあった、
大気を震わさんばかりに大きかった落日。
今年もこうして、東京を離れることなく、3月が終わろうとしている。
心の中だけに、故郷の夕焼けが燃えている。