幼いころは、温泉のよさがわからなかった。
大人たちは「のんびりするね~」なんて言っているけれど、
ちょっと大きなお風呂があるだけじゃん。
何がおもしろいんだろ。
おまけに湯あたりするし……
てなもんで。
大人になった今では、しょっちゅう、
夫と「温泉行きたいね~」「のんびりしたいね~」と言っている。
温泉につかってぐにゃぐにゃになって、お互いマッサージし合って、
ごろごろしながら持ってきた漫画を読んだりする。
それも、よりすぐりのピースフルなやつ。
最高だ。
話は変わって、我々の独身時代、
海外旅行といえば、街歩きだった。
リゾートなんてもってのほか!
せっかくお金と時間を使って外国に行くんだもの、
文化! 現地の食! 人とのふれあい! ドミトリーに安宿!
そういうのがなきゃ嘘でしょ。
てなもんで。
しかし、我々もくたびれた中年になった。
くたびれた中年が結婚式の準備をして、さらにくたびれた結果、
「新婚旅行かぁ……」
「どこかあたたかいところへ……」
「休暇取れるの冬だし、ヨーロッパは寒いよね……」
「このさい、国内温泉でも……」
「でも、どうせなら、遠くへいきたい……」
「「そうだ、南の島へ行こう!」」
とあいなった。
リゾート慣れしていないふたりにとって、
モルディブやそのほかアジアの保養地は、敷居が高かったりイメージがつかずで、
行き先は、ハワイ島に。
何はなくともハワイ。
ベタだけど、フランス好きのあの子も、
リゾートを馬鹿にしがちだったあの子も、
行ったらみんなよかったって言ってたし。
旅行代理店に飛び込んで、
宿泊地は、ヒルトン・ワイコロア・ビレッジに決定した。
ここは敷地が25万平米とやたらと広く、宿泊棟は複数にわたり客室数は1240。
プールも数か所、シュノーケリングやカヌー遊びができるラグーンも、
和洋中各種レストランも揃い、
それらを結ぶモノレールと船が出ている。
ちょっとしたテーマパークの趣がある、ザ・リゾートホテルなのだった。
日程の合間合間にオプショナルツアーを入れつつ、
我々はここで、つかの間のリゾートライフを満喫した。
(ラグーンの様子。ここには魚や海亀も住んでおり、夫はシュノーケリング中、海亀を見つけたらしい。「空中をスイーッと横切るように、泳いでいた!」と言っていた。私は見られず)
水着に着替え、足ヒレとシュノーケルを借りてラグーンで遊び、
疲れたら、白い砂浜やラグーンを囲む芝生に置かれたビーチチェアーに寝そべって、
太陽にやかれる。
青い空のもと、明るい陽射しに当たり、水の中で冷えた体をあたためる。
気持ちいい。
ビーチサイドには、アイスクリームも軽食も売っている。
カラフルなトロピカルドリンクを飲んでいる人もいた。
大人たちがゴロリゴロリと寝転がる横で、
子どもたちが元気に走り回り、砂のお山作りに興じている。
何も考えない、満たされた時間。
大人は寝そべり、子どもは走る。
おそらく子どもたちは、大人が感じている
「何もしない、何も考えないでよい贅沢、楽しさ」を理解できていないはずだ。
おお、そうか、これは温泉に近いのだと思い至った。
安全な場所で、体をあたため、くつろぐこと。
これはそのまま、温泉ではないか。
リゾートに人がわざわざ行って、なぜ寝転がるのか、はじめて理解できた気がした。
ビーチで過ごした後は、スパを利用した。
こちらは、清潔ではあるのだが、
サンダルを履いたまま浴びたほうがよいのかどうか微妙に迷うシャワールーム、
ぬるくて弱々しいジェットが噴き出す、岩で囲まれた露天ジャグジーと、
日本人にはとうてい物足りないものであった。
(空いていたのも印象的だった)
リゾートでは、とくに白人が日光浴をしているのを目にする。
小麦色の肌への憧れもあろうが、
太陽の光を浴びてくつろぐその行為は、
日本人にとっての❝温泉的な快楽❞を求めているのではないか。
そして、海外の人々は、お湯につかるという行為には、
❝温泉的な何か❞は求めていないのではないか。
身体があたたまりも、かといって冷えもしないジャグジーを
独り占めにしながら、そんなことを考えたのだった。
(ホテルはとにかく広く、散策しがいがあった。また、かなりのIngressポータルがあったため、エージェント夫婦としては非常に楽しかった。
風が強く、海系のオプショナルツアーは全滅であった)
(敷地内には鳥が放し飼いにされていた。ロビーにはオウムがおり、敷地の一角でフラミンゴが飼われていたりと、生き物との出会いも楽しいものだった。また、イルカがいるラグーンもあり、イルカと遊べるアクティビティもあった。競争率が高く、また、お値段もたしか1人あたり2~3万円と高額であった)
(ホテルには猫もおり、我々猫好き夫婦のテンションを上げてくれた。こちらは飼われているのではなく、住みついちゃったと思われる)