平凡

平凡

「お約束」を超えた新時代ロマンス『その悪女に気をつけてください』を読んでくれーッ!

運命に逆らう物語はお好き?

それなら、すぐにピッコマで『その悪女に気をつけてください』を読もう。

要約すると、2行で終わってしまう。今日のブログはそんな内容だ。

 

『その悪女に気をつけてください』は、あまたある悪女もののひとつ。現代に生きる女子大生が大好きな小説の世界に転生して、作中の悪役キャラクターとして生きることとなる……という典型的な筋書きだ。

主人公が転生する小説のタイトルは、『愛するアイツら』。

内容は、ヒロイン、ユーリに4人の男性が言い寄るコッテコテのラブロマンス。

ユーリは金髪碧眼の美少女であり、強い魔力をもつ魔術師でもある。

4人の男性はそれぞれ将来を嘱望される皇太子、ヒロインを影から守る寡黙なスナイパー、ワイルドな狼人間、裕福でちょっと危ない大富豪という布陣。

タイプが違う男性たちのアプローチにドキドキするもよし、ユーリに自分を重ねてモッテモテを楽しむもよし。

 

※※※※

以下、「あの人物の正体とは?」といった肝心なところはぼかしますが、終盤までの物語展開にはガッツリ触れます。ネタバレというか「筋バレ」があります。ネタバレしても楽しい作品だとわたしは思っていますが、気になる方はブラウザバックお願いします!

※※※※

 

主人公が転生*1するのは、メリッサ・ポジェブラト。

彼女は皇太子の婚約者であり、スナイパーの姉。ヒステリックな女性として家族からも周囲からも評判が悪く、それゆえ“悪女”なのだ。背が高く吊目であり、作中では典型的な美少女というわけではないとしばしば描写されている。

 

主人公がメリッサとなり、いざ作品世界に入ってみると、ユーリに言い寄る4人の男はどれもクズ。

そのクズさは「フィクションでは詳細が省かれていたけど……」というものから、「フィクションだとドキドキできたけど、実際やられたらドン引き」まで、四者四様だ。

 

まず、メリッサの婚約者たる皇太子は浮気三昧。しかも、それをメリッサに見せつける。なのに、「婚約破棄しましょう」とメリッサが言うと首を縦には振らない。どうもメリッサの生家・ポジェブラト家の後ろ盾がほしいらしい。

主人公が中に入るまでのメリッサ(以下、元メリッサ)は皇太子に首ったけだったため、皇太子は何をしても最終的には許されると思っているフシがある。

元メリッサは浮気を目撃するたびに取り乱したため、周囲は「メリッサがヒステリックだから皇太子が浮気をする。皇太子がかわいそう」と男性側に同情。父も弟もアテにならない。

四面楚歌のなか、メリッサはなんとか婚約破棄をしようとする。

 

ここまでは“悪女もの”ではよくある展開だ。

 

この物語独自の魅力が輝くのは、21話から。メリッサの邸宅に狼人間が乱入、スナイパーである弟と戦闘になる。屋敷は壊され、弟は跡継ぎであるにもかかわらず、おびえる使用人を気にもかけない。そのふたりにメリッサがブチ切れ、矛を収めさせるのだ。

しかし、メリッサは考える。

「今日はたまたまびっくりして収まっただけ。ナメられたら、あいつらはまた好き勝手をする」

そこで、メリッサは剣術を習うことにする。周囲からは「背が高いうえに筋肉までつける気か」などと陰口をたたかれるが、メリッサは気にせず技を磨く。

加えて、狼人間とスナイパーが暴れ回ったときにかばってくれたとあって、使用人からの信頼もうなぎのぼりに。

 

本来の筋書きでは、ファッションセンスも何もかもがいまひとつで人望もなく、使用人にも軽んじられていた元メリッサ。その運命が、ここから大きく変わっていく。

 

さらに物語が爽快になるのは、『愛するアイツら』の正ヒロインであるユーリが出てきてから。

メリッサはある日、森で盗賊に襲われていたユーリを助ける。その縁で、メリッサはユーリに言い寄る大富豪を撃退することになる。

主人公はもともと物語の愛読者であるから、大富豪が愛する相手を傷つけたいと考える危ない男だと知っている。この男が前述した、「フィクションだと萌えるけど、現実ではドン引き」の筆頭だ。

撃退に見事成功し、ユーリはメリッサを慕うようになる。というか、4人の男はそっちのけでメリッサに惚れていく。メリッサもユーリに言い寄るロクでなし、つまり4人の男たちを近づけまいとする。

ここで重要なのは、ユーリはユーリで天才魔術師であり、か弱い存在ではないこと。メリッサは決して「か弱い相手」としてユーリを守るのではなく、対等な立場として助けたいと思っている。そんなふたりの間には連帯が生まれていく。

そしてメリッサは自覚する。

「わたしは悪女だけど、味方を守る悪女でいたい」*2

 

この物語でおもしろいのは、主人公たちが「女性としてただただ溺愛され、守られること」に居心地の悪さを感じている点だ。

『愛するアイツら』のようなロマンスを否定はしないし、主人公だって現実の世界ではそんなフィクションを楽しんでいた。でも――。

「実際にされたら、わたしは嫌」。

『愛するアイツら』の物語に関する知識と生家の財力、剣術を駆使し、メリッサは勝気に、思うがままに突き進む。

途中から、メリッサは戦闘時にはドレスを脱ぎ捨て、パンツルックで戦う。周囲からあれこれ言われるが、気にしない。とはいえ、彼女は男装をしたいわけではない。平時はドレス姿にもなる。

そんなメリッサに、最終的に皇太子と狼人間は惚れる。弟も姉として慕うようになる。

しかし、「わたしはわたし」と颯爽と歩み続けるメリッサに、アプローチすらかけられない。ただまぶしい彼女を見つめるだけだ。ユーリも連帯以上のものを求めない。

 

物語は塗り替えられていく。

男性の愛を一身に受けるはずだったヒロイン、ユーリの物語も、また変わっていく。

 

メリッサは人から守られ、心配されるとカチンとくる。「まるでガラス細工になったみたい」「わたしが弱いと思っているの?」。

しかし、そんなメリッサも終盤、ある人物との関係に悩む。そこにあったのは、こんな問いだ。

はたして誰かが恋愛対象を心配し、守りたいと考えるとして。それは、相手を「弱い」と思っているからなのか――。

考えて考えて、メリッサは一歩を踏み出す。

「これはふたりのことだから、相手に聞けばいいんだよね」

そしてふたりはふたりなりの答えを出そうとする。

誰かにただ愛されるのではなく、双方向の話し合いで自分たちだけの関係を築く――。それがメリッサとその人物の選ぶ道だ。

 

異性に愛され、守られ、尽くされる定型のロマンス。

それが繰り返されてきたはずの小説世界で、主人公たちは定型を拒む。しかし、決められた物語はそれを許さず、運命の壁が立ちはだかる。

主人公が周囲の人々と連携し、その壁をぶち壊そうとするラストバトルは本当に熱い。長い髪をなびかせて戦うメリッサの姿がとにかくかっこいい。

形を変えた物語の先に待っていたものとは――。

 

ところで。

突如として自分自身の話になるが、わたしは異性に理由なくおごられるのが苦手だ。一方で、「甘い物語を読みたい」と思うこともあり、そういったときは男性が女性にベタぼれし、尽くしたり甘やかしたりするいわゆる”溺愛もの”も好んで読む。

『その悪女に~』の転生先である『愛するアイツら』も、もともとはそういった小説だろう。

そんな物語を楽しみつつ、現実的に考えると、たとえ大富豪に愛されても仕事はつづけたいし、おごられてばかりでは居心地が悪いだろうなと考えもする。

 

これはわたしの例だが、現代の女性は、こういった二律背反を多少なりとも抱えているのではないだろうか。

もちろん、フィクションは現実を反映している。“溺愛もの”であっても、女性が仕事に打ち込んでいるパターンも多いし、ディズニープリンセスだって自分で戦うし*3、姉妹愛にフォーカスした物語が作られている*4

 

『その悪女に気をつけてください』は、こうした二律背反したニーズをよく汲み取った作品だと思う。

けっして従来型のロマンスを否定するわけではないけれど、現実的に考えれば、頼んでもいないのに影から守られたらストーカーだし、目の前のリアルな男性から「か弱い守らねばならない存在」として終始扱われたらカチンとくる人だって多いだろう。

保護というのは対等な相手にするものではないし、女性だって、パートナーである男性を守りたいと思っている。

そこが気持ちいいくらい、サラッと織り込まれている。

 

と、書いてしまったが、『その悪女に気をつけてください』は、何よりエンターテインメントとしておもしろい。自信まんまんで啖呵を切り、まわりの人を守る頼もしいメリッサの活躍は、見ていて気持ちがいい。彼女のサバサバと明るい性格とコメディタッチの作風で、ただただ楽しく読むことができる。

なので、こういった文章を書くのは野暮だとは思うのだけれど――。

それでも『その悪女に気をつけてください』は、明るく楽しく、それに加えて、きわめて現代的な物語だと思うのだ*5

 

『その悪女に気をつけてください』はピッコマで完結済み。92話中、最初の4話は常時無料。現在80話近くを「待てば無料(24時間につき1話無料)」で読むことができる。外伝連載がはじまったので、いずれ無料枠は拡大されると思われる。

この作品、序盤のカナッペのくだりと、最終盤の狼人間が連れて来た魔獣のくだりなど、気になる人は気になるだろうなという描写はある。けれど、この唯一無二の爽快感にぜひ多くの人にふれてほしい。

しかし、浮気男に罵詈雑言投げつけていた主人公が、あんなにほれぼれするほどカッコよくなるとは思わなかったなあ……。というわけで、まずは21話まで読んでください、切に!

piccoma.com

 

画像は《薔薇と花びら積もる読みかけの古書のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20210828214post-35927.html

 

*1:実際は、主人公はメリッサとして作品世界に赤ん坊として生まれ落ちるわけではなく、成長したメリッサを乗っ取るような形で異世界へ転生する。こういった形は「憑依」と呼ばれるが、ここではわかりやすさを優先して「転生」とした

*2:メリッサは「味方を守る悪女」を自称するが、この“味方”には、憑依された人物である元メリッサも含まれる。後継である弟ばかりかまう父に孤独を感じ、婚約者の浮気に悩まされていた元メリッサ。彼女は皇太子を慕っており、また、彼と結婚することで父に褒めてもらいたいと夢を託していたが、それが難しいこともうすうす勘づいていたのだろう。元メリッサは主人公の魂が憑依しようとしたとき、あっさりと体を明け渡したと描写されている。ロマンス小説の世界でかえりみられることなく、孤独に生きた元メリッサ。主人公はそんな元メリッサに心を寄せ、ひいては元メリッサだけではなく、物語世界で簡単に殺されてしまうモブを守ろうとラストバトルで奮闘する。ラストのラスト、メリッサの父が元メリッサについて言及するシーンはとても、とても切ない。こういった異世界転生ものでは、憑依される側の人物は、ほぼ死んでいるのと同じだからだ

*3:塔の上のラプンツェル

*4:アナと雪の女王』。そのついでに主人公は王子様以外の男性と恋に落ちる

*5:ラストバトルのユーリの扱い、ラストのラストのプロポーズなどを見る限り、作者が現代性を意識して書いていることは確実だと思われる。ラストバトル後にユーリが髪を切るきっかけになる事件も、女性なら大なり小なり経験していることが織り込まれている。万人が何も考えずに楽しむこともできる傑作だが、女性の描き方が現代的である点で、『マッドマックス 怒りのデスロード』を思い出した