平凡

平凡

もうその人には会えない

それは、楽しい仕事だった。

刺激的な取材を終え、わたしと編集者、カメラマンは

息を弾ませながら帰路についていた。

まだまだ寒い時期で、吐く息は白い。

一見、気難しいインタビュー相手になんとか食らいつき、

生き生きとした言葉が引き出せた。

その手ごたえを、みんなが感じていた。

 

「平凡さんにお願いしてよかったなあ。

これから、司会的なお仕事もできるんじゃないですか!?

ああいうゲストを呼んで……」

 

編集者は機嫌よくそう言った。 

 

「いやいや、取材ならともかく、司会なんて無理です。

今回は上手くいきましたけど……」

 

ほめるときはくすぐったいぐらい、調子よくほめてくれる人なのだ。

そして、原稿をちゃんと読んで、赤(修正)を入れてくれるタイプ。

いつもおもしろい、いかにも雑誌的な誌面づくりを考えている。

そういう編集者だった。

その雑誌で、「よくこんな誌面づくりを思いつくな」と驚くページは、

たいていその人の仕事だった。

取材の待ち時間には、そういったページの制作裏話を聞きながら大笑いしたものだった。

 

年に1回の、とある大きなイベント前は、誰に取材するかを相談する。

それが恒例になったのは、もう7、8年前か。

 

その人との仕事が、わたしは好きだった。

プライベートでの人付き合いはほとんどないわたしだが、

仕事では、幸い、そう思える人が何人かいる。

 

「じゃあ、詳しくは、また改めて連絡しますんで!」

駅前で手を振って別れてからしばらく、連絡がなかった。

そろそろ締め切りとか、確認しなきゃ。

そう思いながら、日々の業務にかまけていた。

そんなある日、知らない電話番号から着信があった。

「あのインタビューの原稿なんですけど、わたしが引き継ぎまして……」

えっ、あの編集さんは、どうされたんですか?

「わたしもよくわからないんです……。

とにかく、出社していないんですよ」

血の気が引いた。

引き継いだだけなので、と話す相手と簡単に打ち合わせ、電話を切った。

 

そのあと、周囲へそれとなく聞いてみたものの、

その人がいなくなった理由を、ほとんどの人が知らなった。

ただ、なんとなくではあるけれど、

生命に問題がある状態ではないらしいことは、ぼんやりとつかめた。

生きていているんだな。

胸をなでおろした。

 

しかし、そのあとは喪失感に襲われた。

ある作品が周年を迎えたと聞けば、

「これ、超超おもしろいですよね!」と盛り上がったことを思い出す。

興味深い相手への取材が決まると、

「あの編集さんだったら、すごく興奮しただろうな」と思う。

 

興味と興味、喜びをピンポンのように打ち合って、

その人との仕事はこれからもずっと続いていくものと思っていた。

いや、その人もわたしも年を取ってきた。

「いつまでも」がないことは、心のどこかで知っている。

その人だって、転職をするかもしれないし。

でも、こんなにぷっつりと切れてしまうとは、想像もしていなかった。

 

毎年予定を空けていた年に1度のイベントも、

その年は何事もなく過ぎ去った。

 

数カ月後、転職したと、本人から連絡をもらった。

元気であることはうれしかった。

連絡をくれたことも。

が、同時に、もう編集者とライターとしては関われないのだと思うと、

限りなくさみしかった。

 

プライベートでも付き合いがあるような、

人間同士の関係ではない。

でも、仕事での関係は、わたしはとても、とても好きだった。

その人との、ある社会的なかかわりを喪失すること。

そのことが、こんなにショックだなんて。

 

そしてわたしには、前にも書いたように、

仕事関係者でそういった人が何人かいる。

彼ら彼女らとも、いつか、どこかで別れはやってくる。

人生は流転するし、「社会的な喪失」どころか、

我々は誰もがいつかは死んでしまうのだから。

 

今もときどき、共通の仕事関係者から、その人の近況を聞いている。

元気でいてくれるのは、やっぱりうれしい。

お互い、生きて歩いていれば、またどこかで

愉快に関り合うこともあるかもしれない。

それでも。

喪失感に打ちひしがれて、わたしはいまだ、

近況を知らせるその人からのメールに、返事を出せないでいる。