平凡

平凡

人生に負けないように

夫のスマートフォンのホーム画面は、猫画像だ。しかも、めっちゃメンチ切ってる(にらみつけている)ところ。

知らない人に見せると、たいてい「猫も笑うのね」と言われるが、とんでもない。口元をゆがめ、目をつりあげてにらみつけているのだ。

 

写真はフリー素材より。文中の猫ちゃんとは関係ありません。

 

ホーム画面の猫は、通っている保護猫カフェのかつての“推し猫”であった。たいへん気が強い猫で、気に入らない猫がいるとバッシバッシと殴り歩き、天上天下唯我独尊のごとし。そんなところにほれ込んだのであった。

 

保護猫カフェの猫たちを見ていると、攻撃的な猫がかならずしも強いわけではないことがよくわかる。

 

オス猫があるメス猫にやたらとケンカ売りに行くなと思って見ていると、メス猫のほうはまったく動じず、相手にしていないことがあった。対するオス猫は、繊細でビビりだ。新しい子猫が来ると必死で威嚇するが、イカ耳になっていたりする。イカ耳とは耳を伏せた状態のことで、猫が怖がっているときにするとされるしぐさだ。以上を考えると、人間の目には、そのオス猫は強いメス猫に恐れを抱いているのではないかと映る。

 

一方、ケンカをよく吹っ掛けられるオス猫がいた。めったに相手をしないし、怒らない。てきとうに迷惑そうに無視している。しかし、いったん怒ると威嚇一発、相手は逃げ出していき、本気のケンカにすらならない。彼には猫にしかわからない強さがあるのだろう。そして定期的に彼を慕うオス猫が現れ、それはそれで迷惑そうにしていた*1

 

と書くと、「保護猫カフェは常に荒れ荒れの戦国乱世なのね」と思われるかもしれないが、そんなことはない。当然、在籍猫の性格による。店内の猫関係が荒れているときに観察していると、上記のようなことがあった、というだけだ*2

 

乱世のごとく店内が荒れていた時代に現れたのが、前述の“推し猫”であった。名はスペースちゃん、性別はメス、からだは小さく手足は短い。しかし闘志はバカでかい。カッとなると、大きい猫にも強烈な一撃をお見舞いする。彼女がおびえているのを見たことがない。「やるかやられるか」ではない。選択肢は常に「やる・やる・やる」だ。攻撃的でしかもハートが強い逸材だった。

 

その性格は卒業、つまり里親さんが決まり、保護猫カフェから旅立つ日も顕著だった。スペースちゃんは人間にはそれほど厳しくないので、不満いっぱいの顔をしつつも抱っこされてキャリーにおさまった(たいていの猫は抱っこが嫌いだ)。

そこまでは平和だった。

暗雲がたちこめたのは、若いオス猫がキャリーのまわりをウロウロしはじめたときだ。若猫は、あろうことかリュック型キャリーごしに猫パンチをお見舞いした。せまいキャリー内からでは、反撃しづらい。スペースちゃん、圧倒的不利。しかし、そこでやられる我らが“推し猫”ではない。スペースちゃんはキャリーの網ごしに、若猫をにらみつけた。顔をかたむけ、口と目をつりあげて静かに、静かに。

――猫もメンチを切るんだ!

先に目をそらしたのは、当然、オス猫のほうであった。

「スペースちゃんがメンチを切って、若猫を撃退した!」

「キャリーインして動けない状態なのに勝った!」

我々夫婦はいたく感動した。

 

時は流れ、我々は新たな推し猫を見つけたりその卒業を見守ったりした。

 

そうこうするうち、夫が精神的に追い込まれたことがあった。

「自分が悪いのではないか」と自身を責めるが、話を聞いてみると、妻の欲目を抜いても夫は悪くない。「そんなわけない。それは周りがおかしいでしょ」などと認知をただしつづけた。

その一環として、「とにかくすべてをぶん殴り、敵をにらみつけて撃退したスペースちゃんの精神にならうぐらいがよいのではないか」という話になった。

そんなわけで、夫のホーム画面はいまもスペースちゃんのメンチ切り画像だ。「人生に負けないように」そんな祈りを込めて。

 

我々に文字通り勇気を与えてくれたスペースちゃん。今でも感謝しているのだが――。彼女はいまや、ひとのお家の猫ちゃんだ。こんな思いを抱いているのも、なかなか気持ち悪い客である。気持ち悪いついでに、「いつまでも元気で幸せに暮らしてほしい」と願って記事を〆る。

 

 

以前、スペースちゃんについて書いた記事。なお、スペースちゃんは仮名です。4年前……。

hei-bon.hatenablog.com

 

 

今週のお題「ホーム画面」

 

画像は《威嚇して縄張りを守る猫のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20160310076post-7267.html

*1:ついでにいうとメス猫にもめちゃモテていた。みんな去勢・避妊しているのだが……。メス猫にすり~すり~とされながら、ひたすら目を泳がせていた。あんなに強いのに! ここに出てくる猫ちゃんたちは、みな卒業済。お家でのびのびと暮らしている。里親さんがSNSをやっている猫ちゃんを見る限り、顔つきは穏やか、甘えたものに変わっている

*2:子猫であっても威嚇もケンカもスルーする猫ちゃんもけっこういて、そういう子が多いと店内は平和