平凡

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ライターちょっと怖い話。「世にも奇妙な明治創業」編

こんにちは。紙雑誌中心に書いておりますライターの平凡と申します。

 

夏にはすこし早いけれど、今日はライターをやっていてヒヤッとした話を書こうと……思ったのですが、よくよく考えればこれ、人によってはぜんぜん怖くないかもしれません。

「どこが怖いの?」と思われた方は、「ライターは細かいところが気になるんだな~」とご笑覧くださいませ。なお、お話は事実と変えているところがございます。

 

 

それは老舗特集の取材でした。その日の対象は、とある繁華街にある明治創業の料亭です。ネットには「1875年創業」と具体的な年も記されています。

 

お店に行ってみると、店舗はうわさ通りの見事な数寄屋づくり。しかし、建物はまだそれほど古びていません。

「昭和に建築したので、技術をもつ大工を探すのが大変でした*1。が、前の店主が『どうしても』とゆずらなかったんです。結果、多くのお客様によろこばれていまに至ります」

家業を継いだ2代目が、こだわりの店舗を建てたのかな。きっかけは、移転とか再開発とか……。わたしはペンを走らせました。

床の間にかけられた名のありそうな掛け軸、品のよい茶花が活けられた花器。これらは代々受け継いだものなのでしょう、と思いつつわたしは尋ねました。

「それで、このお店は佐藤さん(仮名)で何代目なのでしょうか」

「兄が亡くなったのは10年前で……わたしが2代目ということになるのでしょうか。いっしょに創業して、ふたりでやってきたので」

んんん?

ご兄弟で創業? 目の前にいる現在の店主はどう見ても50代。明治からお店の発展を見届けてきたようには思えません。お兄様がすごく年上だったとか? 「創業100年以上の名店」というくくりでよく紹介されているお店だし、いくらなんでも。

「創業は明治なんですよね? お父様から継いで、ということでしょうか?」

のれんわけ、戦争によるなんらかの断絶などなど、さまざまな可能性が頭をよぎります。

「いえいえ、僕ら兄弟でまったく新しく立ち上げたお店です。昭和52年だったかな。開店のとき、兄がしつらえにこだわって、オープン時期がズレたりねえ」

つまりこの数寄屋づくりを建てたのは、開店時だったと。ええい、このさいはっきり聞いてしまえ。

「ネットには、こちら創業100年以上、明治8年に開店したとありますが、あれは……」

ああ、あれねえ、と店主はため息まじりに答えました。

「誰が言い出したか知らないけど、いつの間にかそう書かれていたんです」

室温がスーッと下がったような気がしました。

「うちは昭和50年代の創業です。それで間違えありません」

訂正する方法もないからほっとくしかないんです、と店主は話を結びました。

 

いやいやいやこれツッコんで聞かなかったら(取材時に創業年を確認しないことはまずないとは思いますが)――わたしも間違えて書いてた可能性があるってこと? と青くなったのでした。

 

そのお店、公式サイトもFacebookページもなく、ネットでの自発的な発信は一切行っていないんです。ぐるなびなどのサイトにも掲載はありません。しかし、とても有名です。有名グルメサイトの「秘書がすすめる手土産特集」なんかにもおもたせが出ています。そういった企業が制作したページにも、個人が書いた口コミサイトにも、「100年以上」「明治8年創業」の文字が踊ります。わたしが下調べで見た情報も、そういったものでした。

 

もちろん、掲載前には一度、お店の人に原稿を確認してもらいます。でも、たまに間違えていてもスルーされることがあるんですよ。ほんとうに見落としている、原稿をほぼ見ていない、間違えていることを知っているけど雑誌記事なんてどうでもいい、などのケースがあるのかな、と推測しています。

どんなパターンでも、電話で「これってこうですか」と確認すると、「あ、ちがいます、こうです」と教えてくれるんですけどね。

その料亭の場合、あちこちにあれだけ具体的な年数が書いてあれば、校正時にはわざわざ口頭で確認しないでしょう。

 

有名グルメサイトの手土産特集記事は、スタンダードな制作ステップを踏んでいれば、掲載許可を取ったうえでおもたせを購入して撮影。テキストに関しては、直接話を聞かずに構成しているんじゃないかなと思います。で、そのあとは校正を取るはずです。聞き取りなしで記事を書くこと自体は、わたしは非難に値するとは思いません。雑誌でもそうすることはあります。掲載スペースがちいさい場合など、お伺いして時間を取ることの是非もありますし。

ただ、どんな記事作成方法を取ったとしても、ふつうは許可と校正取っていれば情報が修正されるものです。ふつうであれば*2

 

当該のお店は、ちょっと不思議な雰囲気があり、業態もすこし特殊。創業年がたとえば平成元年など、新しいほうに間違えられていたとしても、「誰か知らない人が言っていることだから」とスルーしそう。「老舗といわれてトクだから修正しない」という感じはありませんでした。

 

Webには要確認情報が多数ありますが、ここまで大胆な誤情報はなかなかありません。

わたしの予想では、創業年を同業他社と間違えた人がいて、それをそのまま口コミサイトに書き、具体的な年数であるがゆえに広まったのかなと。真相は確認しようがないですが、わかればなんでもないことなのでしょう。幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 

えっ、これのどこが怖いかって? 間違えた情報を書いちゃうのは怖いんですよ。べつに創業年間違えていたって人体に害があるわけではないですが――*3明治8年には明治8年の、昭和52年兄弟での創業には昭和52年創業の違った魅力がある。それが正しく伝わらないのもいやですし、純粋に「広義のデマを流してしまうことの恐怖」があります。なので、そういうことがないよう、校正に神経をとがらせています。

あと、ライターという立場を抜きにしても、知らないうちに創業年が捏造され、広がっているのはなんか怖い。都市伝説かよ。

 

ついでにいうと媒体の性格上、「ネットでは間違えた情報が拡散しているが」と書くわけにもいかず、正しい創業年を書くのはそれはそれで怖かったです。「えっ、この記事間違えてない?」と思われる可能性が高いわけで。

 

以上、情報はよ~くたしかめようねッという自戒的な教訓込みでの、あくまでわたし的にちょっと怖い話でした!

 

 

画像は《優しい光が照らす日本家屋のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200455104post-26877.html

*1:そういった技術をもつ大工さんは年々減っています。この料亭が店舗を建てた時期には、いまよりずっと数が多かったとは思いますが

*2:無許可の可能性もありますが

*3:時にはお店に迷惑がかかり、媒体や自分の信用には害があるので、やっぱりよくはないです