平凡

平凡

「月曜日の友達」があまりにもすごくて、読むたびに感情が無茶苦茶になってしまうけれど、がんばって感想を書く

人が、子どもから大人になる瞬間。

その脱皮の痛みとうつくしさ。

それを全2巻で描き切った作品が、「月曜日の友達」だと思う。

 

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1巻書影。

 

「月曜日の友達」は、阿部共実による漫画作品。

連載誌は、「週刊ビッグコミックスピリッツ」。

 中学に上がったばかりの水谷茜は、取り巻く世界に窮屈さを感じていた。

恋愛に興味がない、とにかく体を動かしたい、

卑劣なヤツを見たら黙っていられない。

体が勝手に動いてしまう。

こんな私はおかしいのか?

モヤモヤを抱えるなか、クラスメートの月野透と知り合った水谷。

水谷と月野はあるきっかけから、

「月曜日、夜の学校で2人きりで会う」という約束をかわす。

月野は、自分は超能力を使えるので、その訓練を手伝ってほしいというのだが……。

作品では、2人の1年を、全2巻を通して描く。

 

以下から、1話が試し読みできる。

yawaspi.com

 

月曜日の夜、忍び込む学校。

子どもたちだけで交わした秘密。

ボーイ・ミーツ・ガール。

水谷と月野は、「月曜日の約束」から、さまざまなキラキラした瞬間に出会っていく。

誰もいない校庭でバッティングして思い切り体を動かしたこと、

夜のプールでの、水しぶきと月光、

水谷と月野、さらに月野の妹、弟とともにすごした夏休みの一日、

自転車の二人乗り、

海辺での花火、そのきらめきが映った月野の瞳。

そして、行き違い……。

 

ストーリーは水谷の視点で進んでいく。

物語開始時、自身を「周囲より子ども」だという彼女は、

自分がどのような人間なのか、何をやりたいのか、まだわかっていない。

というより、「わかっていない」ことにすら、気づいていない。

ただ、周囲が変化しはじめたこと、自分もきっと変わってゆくことだけは知っている。

だから、モヤモヤしている。

たとえば、「将来の夢」を聞かれた水谷は、「空を飛ぶこと」と答える。

そんな自分自身を友達と比べ、彼女は焦りを感じる。

 

水谷は月野との交流のなか、少しずつ「自分自身は何者か」を知っていく。

同時に、「月野」という人間を知り、はじめての感情と出会っていく。

肯定される喜び、

人に何かを与えたいと願う気持ち、

人を傷つける痛み。

水谷が出会う世界の美しさとともに、

わたしたち読者はそれらの感情をも追体験する。

 

その追体験を、血肉が通ったものにしてくれるのが、絵の力だ。

ところどころヒビが入った学校のコンクリート

草が生い茂る空き地のすさんだ感じ、

団地の生活感など、物の質感や細部を丁寧に描くことで、

町の、学校の空気が伝わってくる。

集会や教室のシーンでは、

子ども達ひとりひとりの様子を省略せず描くコマを差し挟み、

同年代の子どもたちが集められた学校空間の息苦しさを表現している。

水谷の部屋の散らかりなど、

人となりや家庭環境をさりげなく感じさせるのも上手い。

 

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1巻購入特典のペーパー。「瞳に何かが映る」ことの表現も秀逸。

 

加えて、この作品では、ほとんど擬音が描かれていない。

海辺の町の汽笛も蝉の声も、読者はこのこの世界の音を、

水谷のモノローグだけで「聞く」ことになる。

読者にもっとも近い水谷を通すことで、

かえってその世界の音が、頭の中で豊かに響く。

 

その血肉ある世界で、水谷の目を通して、

わたしたちは、少しずつ月野のことも知っていく。

彼がどこに住んでいて、どんな家庭環境なのか。

何に傷つき、何を望んでいるのか。

 

大人になることが、自分がどんな人間であるかを知ることであるとすれば、

月野は水谷より、ずっとずっと大人なことがわかる。

自分を知って、見えない未来が広がることもあれば。

自分を知っているからこそ、未来を既定してしまうこともある。

水谷と月野は、似た者同士なようでいて、実は対極にいる。

2人自身も、それを1年をかけて知っていく。

 

互いが、ぜんぜん違う境遇にいる人間であること。

それでも、2人が心を通わせたことは確かなこと。

それをわかったうえで、

水谷と月野が

ままならないことだらけの人生のなか、

希望を胸に生きていく意味、

命が燃えることの喜び、

誰かを思い、思われることの力を語り合うラストシーンの、

なんとうつくしく、心を打たれ、胸をしめつけられることか。

 

子どもから大人への変化を描きながらも、この作品では、

「大人になること」を喪失とはとらえていない。

キラキラしたこの1年は終わってしまうけれど、

それは「子ども時代の喪失」ではなく、

「子ども時代の思い出の獲得」であるという。

そして、何かを選び続け、人と出会い、ときに傷つけ合い、大切に思い合い……、

そんな風に続いていく人生を「可能性あるもの」として肯定する。

 

幼い彼らが放った命の火花はあまりにもまばゆく、はかない。

それらは、変わらぬ日々を繰り返す我々の世界にも、

確実に彩りと光を与えてくれる。

 

この上なく胸を揺さぶられ、生を肯定してくれる水谷と月野の物語が、

どうか、多くの人々に、長く、広く、読まれてほしいと、切に願う。

 

*1

 

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2巻書影。糸井重里氏のコメント、「大泣きになって、心が晴れた」は、読むと実感する。

 

また、本作には、amazarashiによる主題歌も作られている。

著者サイドからamazarashiへ、既存楽曲の使用を申し入れたところ、

著者の作品「ちーちゃんはちょっと足りない」のファンだった

amazarashiの秋田ひろむが、新曲を書きおろしたのだそう。

作品にぴったりで、幸せなコラボレーション。

楽曲のラストには、著者自身が漫画を描きおろしている。

 

www.youtube.com

 

*1:個人的な思い入れを描くと、私が阿部共実を知ったのは、ネットで見た「大好きが虫はタダシ君の」という漫画からだった。その作者が「空が灰色だから」という連載を「週刊チャンピオン」でやっていると知り、読んでハマった。「ちーちゃんはちょっと足りない」では、そのラストの苦さをかみしめたし、「死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々」の「7759」がネットで発表されたときは、あまりにも切なく美しい内容に驚愕した。そして、この「月曜日の友達」では、新たな世界を見せつけられた。「空が灰色だから」収録の「空が灰色だから手をつなごう」は貧しいシングルマザーの話だったし、「ちーちゃんはちょっと足りない」では格差、「7759」は世間では認めらないある趣味をもつ青年の話で、阿部共実は貧しい者、弱い者、世間に馴染めない者を詩情と哀切をもって描いてきた作家だと思う。今回の「月曜日の友達」では、それらのテーマを詰め込みつつ、哀切にとどまらず、人生を力強く肯定した。ポジティブな要素を入れることが、ネガティブより上かというとそうではないのだが、同じテーマを扱いつつも、アングルを変えるというのは相当な力がないとできないと思う。1作ごとに違う世界を見せ続ける阿部共実という作家から、目が離せない。次回作も楽しみである。

そして、最後に……。月野が願った「美しいこと」は叶うだろうか。叶う可能性が低いことを、彼ら自身も知っている。だからこそ、彼らの人生に幸いあれと願わずにはいられない