平凡

平凡

この人こんな顔で笑うんだ、と思った

スマートフォンを、買い替えた。
新しいガジェットはワクワクするものだが、
不器用な私にとっては、液晶保護シートをはるのが憂鬱だ。

家電量販店にズラリと並ぶ液晶保護シートから、
「簡単!」「失敗しない!」と書かれた商品を選んだところ、
その謳い文句に嘘はなかった。
気が抜けるぐらいあっさりと、
気泡もなく画面は保護され、
正直、驚いた。

なぜなら、数年前、はじめてのスマートフォンを買ったときは、
こうではなかったからだ。

買ったばかりのスマートフォン
液晶保護シートをどうしてもうまく貼れず、
四苦八苦していたことを思い出すと、
同時に浮かんでくるものがある。
夫の笑顔だ。
それも、ニコッとかではなく、
腹を抱えた、思い切りの、
ゲラゲラといっても差し支えのない大笑い。

そのころ、私と夫は交際前であり、デートを重ねていた。

私は、夫の本音をはかりかねていた。
夫は複数人でいるときは、にこやかに聞き役に回っているタイプだ。
話を盛り上げるためのパスは出すものの、
積極的に話の中心になったりはしない。
私とふたりでいるときも、ニコニコと紳士的だった。
「一緒にいることを楽しんでいるのは確かみたいだけど、本音がつかめない人」
それが当時の印象だ。

はじめて一緒に映画を見た帰り道、私たちは喫茶店に入った。
スマホ、買い替えたんだよね」
「そうなんですよ! でも、液晶保護シートが変なんです。
ネットでやり方探して、気泡入らないようにはったのに、なんかシワが出てきちゃって」
「シワ? 見せてよ」
何かアドバイスがもらえるかもと期待してスマートフォンを机に出すと、
夫は大笑いした。
「なんでこんなにくちゃくちゃなの!」
「し、知りませんよう! ちゃんとはったのに、シワが出てきたんです」
「ひー、これじゃタップもできないよね、あはは」
「そうなんです、困ってるんですよ! なんでこうなっちゃうんでしょう」
「あはは、知らないけどさ、平凡さんがぜったい間違ってるんだよ」
息も苦しそうに笑う夫を前にして、
(わ、私は悪くないぞ!)と憤慨しつつも、
この人、こんな顔して笑うんだと思った。

それからしばらくして、私たちは交際をはじめ、プロポーズされて、結婚して。
夫の照れた顔、緊張した顔、怒った顔、いろんな顔を知ることになった。
けれど、夫の素直な表情をはじめて見られたと思ったのは、
あの液晶保護シート事件のときだ。

これからもいろんな顔を知っていくだろうけれど、
目の前の人に一歩近づけたようなあのみずみずしい驚きは、
もう感じることはないんだな。
そう思うと、ちょっとさみしいような気もする思い出なのだ。

結局、シートがシワシワになっていたのは、
液晶保護シートのそのまた上に貼られた、
薄い保護シートがあることに気づかず、
はがさずに使っていたためだった。
夫が言う通り、「平凡さんが間違っていた」というわけだ。

夫は今でも、「ぜったい妻が間違っているって思ったよ」と断言する。
そういえば、夫の言うことはたいてい正しいな……。
なんとなく、ぐぬぬぐぬぬと悔しくなる思い出でもあるのだった。