前回までのあらすじ:
ベトナム・ダナンで体調を崩してバスルームで嘔吐をつづけたわたしは、夫に海外旅行保険窓口に連絡するようお願いした。
全4回の2回目です。
1回目はこちら。
さて、そのときの夫はというと……。
夫も当然、バスルームにこもってわたしがゲエゲエやっていることは知っていた。
しかし、下痢もしているかもしれないという気づかいから、部屋で気をもみながら待っていてくれた。
夫の頭の中にあった選択肢は、
「現地の救急車を呼ぶ」
「旅行会社に連絡する」
「ホテルに助けを求める」
の三つ。
「海外旅行保険の窓口を頼る」は考えになかったと後で聞いた。
ともあれ、「保険会社に連絡してくれ」とわたしから頼まれた夫は、戸惑いつつも承諾し、ホテルの部屋から保険会社に電話をかけてくれた(SIMカードは買っていなかった)。
やがて、部屋を飛び出していく夫。海外旅行保険の緊急連絡先の「ベトナム滞在中の方はコチラ」と書いてある窓口につながらず、フロントを頼ったらしい。結局、フロントでもその番号にはつながらず、渡航先がタイの場合だったか、とにかくベトナム国外の問い合わせ先に、フロントから国際電話してもらい、やっと係につながった。
我々が滞在していたホテルは、日本語対応なし、英語はOK。当時、夫は英会話に堪能というわけでもなかった*1。夫は、さぞかし苦労しただろう。
そこからの流れはこうだ。
つながった海外旅行保険窓口(日本語対応)に、妻が体調を崩していること、だいたいの症状を伝える。
↓
受け入れ可能な病院を調べると言われる。滞在先のホテルの電話番号と部屋番号を教えて、部屋に戻って折り返し待ち。
↓
部屋に折り返しが来る。夫は病院名、電話番号をメモる。
↓
フロントにその病院へ行きたいと頼み、タクシーを手配する。
時刻は20時。「病院、見つかったから! タクシーで行こう」と夫が声をかけてくれた。しかし、わたしは嘔吐の波が引いたときに、やっと這って動けるぐらい。とにかく胃が痛い。
そうだ、ホテルなんだから車いすくらいあるだろう! とひらめき、気軽な気持ちで夫に手配を頼んだのだが、「ホイールチェア」がなかなか通じず苦労したらしい。
ホテルのスタッフが、車いすを直接バスルームまで運び入れてくれ、わたしは夫に助けられながら、“車上の人”となった。
「パスポートとか、保険の証書とか、スマホは持ったから! 何か持っていくものはない?」
と聞いてくれた夫に、荷物に突っ込んであった、とあるビニール袋をお願いする。それは下着類をまとめたもの。そのときは下痢症状はほぼなかったが、万が一、症状が変わり、下着を汚したときに替えられたらと思ってのことだった。
そのときの私のかっこうは、タンクトップにナイロンのガウチョパンツ、その上にホテルのガウンを羽織るというもの。昼寝のままだが、着替えられるぐらいなら、車いすなんかに乗ってはいない。そして、このときはテンパっていて気づかなかったが、靴を履き忘れた。
そのかっこうのまま、紙のような顔色でゼェハア言いながら車いすに乗り、エレベーターで他の客に囲まれて階下に降りた。もちろん、手には空のビニール袋を握りしめる。
フロントまで降りると、欧米人の男性が夫に何かを話しかけ、タクシーまでエスコートしてくれた。保険会社への連絡時や車いす手配時、フロントで右往左往する夫を何かとサポートしてくれたスタッフだそう。おそらくホテルのかなり上の人ではないかと夫は言っていた。
その男性のはからいで、タクシーにはホテルスタッフの若い女性がひとり、同乗。行き先もその女性が伝えてくれた。ありがたいこのはからいが、のちにトラブルを招くことを、我々は知る由もない。
ホテルスタッフの女性は明るいお調子者といった雰囲気で、タクシーの運転手にしきりに話しかけていた。おそらく、「いやー、もうすぐ退勤なのに巻き込まれちゃってさあー」みたいな話をしていたのでは、と思う。
病院までは20分ほど。幸い、車内では一度も吐くことなく、病院の救急窓口のようなところについた。出てきた病院スタッフが、どこか迷惑そうな顔をしていたことを覚えている。ホテルスタッフの女性はそこで帰って行った。
スロープがついた入り口からすぐ、明るい60平米ほどの病室があった。蛍光灯の下、白いシーツが敷かれたそっけない、しかし清潔なベッドが並んでいる。日本の大病院の大部屋と変わらない。そのうちのひとつに、寝かされた。
英語で症状を聞かれたが、嘔吐や下痢にあたる単語がわからない。身振り手振りで説明し、それにストマックエイクを付け足す。スタッフは、「あー、ツーリストがよくなるあれかー」みたいな顔をした。ここへきて安心したのか、また嘔吐が始まる。病院側はとくに何も持ってきてくれなかったので、手持ちのビニール袋にゲエゲエやっていた。嘔吐が終わると、胃痛でダンゴムシのごとく丸くなる。これではスタッフも処置できず、困らせてしまった。
波がおさまると、スタッフが「吐き気止めだよ」(予想)と腕を消毒し、一発注射を打ってくれた。その後、点滴を打とうとするのだが、手の甲に針がなかなか刺さらない。「こぶしを握って」「開いて」と言われているようなのだが、今一つわたしが理解しないため、スタッフはまたまた困り顔。なんとか針をさしてもらい、点滴が始まる。英語での説明をよく理解できなかったが、おそらく、抗生物質ではないか。
病院の時計が目に入る。21時だった。本当だったら、今日はホテルのエステで、夫婦そろってトリートメントを受けるはずだった。夫にとっては、はじめてのエステ。それから、海鮮が美味しいレストランで食事をして……。付き添う夫に「ごめんね」と言ったら、情けなくて涙が出た。こういうとき、泣いても何もならないものなのに。
それにしても、病室が寒い。タオルケットより薄いブランケットを一枚与えられたが、まったく足りない。自分から、また、夫にも頼んでもらって「寒い、ブランケットがほしい」と訴えるも、スタッフは面倒そうにブランケットをかけ直すのみ。
寒さをのぞけば、注射と点滴効果で気分が落ち着いてきて、ウトウトする。
目を覚ますと、夫が難しい顔をして、スタッフに何かをかけあっているのが見えた。やがてスタッフの携帯電話をかりて、どこかへ電話をかけはじめる。保険の話でもしているのかと、またウトウトしようとしたそのとき。ベッドサイドに戻った夫は告げた。
「ここ、間違った病院だから! これから、正しいほうへ移るから」
ええええーーーー!?
(つづく)
画像は旅行中撮影した、古都・ホイアンの風景。ここへ行ったときはまだまだ元気でした。
*1:今も「英会話」が堪能かどうかはわからないのだが、単語量など飛躍的に増えて自信がついている