平凡

平凡

義母の庭

庭は生き物だ、と思う。

育てたように育ち、記憶をもつ。

そして、愛された生き物は、見る者に幸福をもたらす。

 

6月。

降りしきる雨に、紫陽花が濡れている。

水色、青、紫、赤紫、ピンク。

こんもりと手まり型になったものや、

つぶつぶとした花を装飾花が囲むもの、

つややかな緑の葉。

そのすべてを、雨が濡らしている。

「今年はとくに、きれいでしょう。

いろいろな色が咲いて……」

庭を眺めていると、義母が目を細めて言う。

 

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といからしたたり落ちた水が、

トタンを叩く音が響く。

一軒家特有の薄暗い空間には、

玄関にも、居間にも、義父の位牌前にも、紫陽花がいけられている。

 

今年もこの季節がやってきたのだと思う。

紫陽花が終わると、気温が高くなって、雑草がどんどん伸びる。

同時に、義母が作る家庭菜園の野菜たちが、がぜん元気になる。

ことに、プチトマトは雪崩れるように実をつけて、

赤い実が庭じゅうに転がることとなる。

食卓にも、もちろんそれらの野菜が上る。

どれもみずみずしくて、おいしいものだ。

「今年も、きゅうりとなす、トマトを植えたのよ」

義母が指さす先で、きゅうりのツタがプラスチックの棒に巻きついている。

 

秋から冬にかけては、

プチトマトのかわりに、金柑が地面に転がる。

なかには、鳥についばまれ、無残な形になっているものもある。

「むかし、パパ(義父)がね、『アヤコ(義母)さん、それはどうかと思う』って渋い顔で言ったの」

金柑の実を摘みながら、義母は毎年、この話をする。

「『金柑を食べて、庭に捨てるのはよしなさい』って」。

鳥がついばんだ金柑を、

義母が食べて、ペッと吐き出したものと勘違いしたというのだ。

時がたち、今、幼い甥っ子が、黄色い実を「どうぞ」と渡してくれる。

ちいさな果物を自分で収穫し、人にふるまうのが楽しくてしかたがないようだ。

同じように、夫や義姉も、この庭で遊んで育ったのだろう。

 

冬、紫陽花はみすぼらしく見える。

花の季節が終わると、義母は大胆に枝をカットしてしまうからだ。

「こうしないと次の年、花がつかないの」と義母は言う。

冬枯れの季節になると、切られた枝が痛々しく乾燥する。

「こんなことで、次の梅雨に花が咲くのだろうか?」と毎年不安になる。

 

そして巡りくる梅雨。

切られた枝がどこかわからないほどに葉を茂らせて、

今年も紫陽花が見事に咲いている。

ああ、また一年、と思う。

義母が丹精込めた庭が、またひとつ、年を重ねたのだ。

 

そして夏、義母はまた紫陽花の枝を切るのだろう。

「パパがいたころは、枝を切ってくれたんだけど……」と言いながら。

今では、伸びすぎた庭木の手入れは、たまに義実家へ帰る夫の仕事でもある。

義母はだまって草むしりをし、草木を整え、庭に四季折々の花を咲かせている。

 

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庭は義母に世話をされ、静かに息づいている。

電線にかかるほどに木々の枝を伸ばしたり、

秋には葉っぱを盛大に道路にまき散らしたり、何かと手間がかかる。

それは、まるで生き物のように。

その生き物は、家族のことを見つめ、記憶している。

義父と義母の語らい、

義姉や夫の幼い足音、

甥っ子のはしゃぐ声、

義母がわたしに語る、家庭菜園のコツ。

 

「気をつけてね」。

義母に見送られ、義実家をあとにする。

駅までの道には、いくつか、黒々と草木が茂った庭がある。

伸びきった木々の枝とそこに絡む蔦、

背の高い草が混然一体となって庭を覆いつくし、

道路にはみ出している。

「空き家なんだよ」と夫が言う。

義実家のまわりにも、空き家が着実に増えつつある。

世話をする人のいない庭では、草木が荒れ狂うように育っている。

まるで"野生化"だ。

人の手を離れた庭は、簡単にそうなってしまう。

 

義母が育てた庭を、我々、または義姉が受け継ぐのかはわからない。

ただ、"野生化"はさせたくないなと思う。

いったん義母の手を離れれば、それは簡単なことではないと、

容易に想像がつくけれど。

 

わたしは義母の庭が好きだ。

愛と慈しみを感じるから。

犬だって猫だって、そして庭だって。

愛され、よく世話をされている生き物を見るとき、

人は幸せな気持ちになるものだ。

 

次に義実家へ行くときは、もうトマトがなっているだろうか。

義母の庭とともに、わたしの結婚生活は、時を刻んでいく。

結婚に期待しすぎてはいけない

言葉とは、化石燃料のようなもの。

“資源”だと思う。

 

独立したばかりのころ。

わたしは、アルバイトをしていた。

今までになかったレベルの

経済不安定さに頭をガツンとやられたから。

というのも、もちろんある。

しかし、もうひとつ大きな理由があった。

それは、「言葉が頭から抜けてしまう」ことだった。

 

自宅でひとり仕事をするようになって、人と話す量が激減した。

当時は、仕事の量もたいして多くなかったので、なおさらである。

同時に、入ってくる「言葉」も激減した。

言葉の出入りがあるなんて、それまでは意識したことがなかった。

けれど、なくなってみるとわかる。

違う思考とボキャブラリーをもつ人間と会話をかわす。

それは、日々小さな“異文化”と出会うことであり、

言葉を交換し、お互い、自分の中になかった言葉を補給することにほかならない。

生物の死骸が長い時間をかけて蓄積され、化石燃料になるように、

取り入れた言葉は知らぬうちにプールされ、ボキャブラリーへと変わっているのだ。

 

そのうえ、わたしは仕事で言葉を扱う。

インプットはないのに、アウトプット過多。

今までたくわえた言葉が、自分の中から消えていく。

それははじめての感覚だった。

 

そこで、経済的不安と、言葉的不安を解消するため、接客業のアルバイトを始めた。

月に3~4回の派遣バイトだったが、

見知らぬ客と会話していると、みるみる「言葉」が入ってくるのを感じたものだ。

 

仕事が軌道に乗るにつれ、アルバイトをする暇もなくなり、

独立して1年で本業1本に。

打ち合わせなども増え、人と話すことは多少は増えた。

しかし、あのときの「言葉が抜けていく」恐怖感は忘れてはならないと思っている。

人に会い、本を読み、化石燃料を貯め続けなければならない。

 

夫と結婚が決まったとき、期待したのは、この「言葉の補充」だった。

何しろ、違う家庭で育った他人と、ひとつ屋根の下で暮らすのである。

日々、定期的に言葉が補充されるに違いない!

残念ながら、一緒に暮らし始めて2年もすると、その期待は裏切られた。

我々は似た者夫婦なこともあり、

次第に同質の文化、共通の言葉をもつようになっていったのである。

会話していて、思い出せないことがあっても、

「あれ」でたいていのことが通じてしまう。

あまりに同化しすぎると脳に刺激がなくなってボケそうなので、

なるべく「あれ」で済まさず、「思い出してはっきり言って」と促すようにしている。

コミュニケーションのストレスは限りなく低いが、

同時に摩擦による刺激も限りなく少ない。

言葉が抜けていくこともないけれど、補充されることもない。

 

家計を一にし、同化していくうちに、

2人の言葉の油田も、なんとなくつながってしまった。

夫婦でかわした言葉も知らず、天然資源となっているのかもしれないけれど、

それは微々たるものだなと思う。

 

夫婦はひとつ、だけど他人。

化石燃料の材料になるものは、個々でせっせと集め、

資源を守っていくしかない。

そして、同化に向かいがちな夫婦は、異化する努力も必要である*1

結婚は万能ではない。

そして、夫婦円満であればこそ、出てくる問題もある。

結婚生活で得た意外な気づきである。

 

*1:まったくタイプが違う2人の場合は、違った努力が必要になるのだろう、当然

いつもの料理が、急にみすぼらしく見えて

母の体調がすぐれないというので、週末、実家へ帰る。

食欲はあるという母のために、料理を作ることになった。

 

母はひとり暮らしになって4、5年経つが、

それまでずっと家族の食卓を支えてきた。

誰かのために料理を作りつづけてきた彼女は、

自分のためだけに作るミニマムな献立に、

いまだに戸惑っているように見える。

 

いい加減な料理を覚えると、のちのち楽かもしれないと思い、

我が家の人気料理、キャベツのごま塩鍋を作る。

 

レシピはこちらから。

hokuohkurashi.com

 

ざくざくキャベツを切れば、サクッと作れる簡単鍋だ。

夕飯には、帰省していた兄も同席した。

ふだん、2人用の料理に慣れているので、3人用となると勝手がわからない。

キャベツを1玉使いきり、水菜やらしいたけやらの野菜を入れてかさ増しをした。

 

「ほうら夕食だよ」と、鍋のふたを開けてみたものの、

実家のダイニングに置いてみると、それはひどくみすぼらしく見えた。

緑系野菜ばかりで彩りはなく、表面積の9割を占めるキャベツの切り方は乱雑だ。

母は「おいしい、おいしい」と食べてくれたが、

わたし自身は、いつもどおり「おいしい」と感じることができなかった。

 

家族とはいえ、兄も母も、生計は別だ。

それぞれに、暮らしがある。

兄は何事にもきちんとしている兄嫁の料理を毎日食べている。

母はこの食卓を、4、5年前まではさまざまな料理で彩ってきた。

いまは、「ずいぶんいい加減になったわ」と言っているが、

職場へ持っていくお弁当が、

「アスパラの肉巻きににんじんのグラッセ、ほうれんそうのお浸し。

毎日毎日一緒なのよ、恥ずかしい」と言っているので恐れ入る。

まったくもって、きちんとしているではないか。

 

かく言うわたしは、実家を離れて20年。

ひとり暮らしのいい加減料理から、

共働きの簡単料理へとグレードアップかダウンかわからない変遷を経て、

いまに至っている。

 

実家で作った「キャベツのごま塩鍋」を、

夫は「野菜もたっぷりとれるし、いいねえ、おいしい、おいしい」と

食べてくれる。

けれど、外に出すと、なんだか恥ずかしい。

 

「平服で」といわれたパーティー会場に、

ひとり、着古したジーンズとTシャツで行ってしまった気まずさ。

いや、お母さんの料理が大好きな子どもが、

「うちって毎日ごちそうが出るんだよ!」と自慢して友達を家に招き、

次に友達の家に遊びに行ったら、本物のごちそうが出てきた。

あっ、もやしと挽き肉のカレー炒め、わたしは大好きだけど、

よそではごちそうとは違うんだと悟る。

ごちそうって、鶏肉のソテーとか、こういう料理のことをいうんだ。

そんな恥ずかしさに近いかもしれない。

 

 

つまり、なまなましい暮らしの部分で、

夫は「内」の人間で、母と兄は「外」の人間なのだ。

そのことを身をもって感じたできごとだった。

 

自宅に戻り、忙しい平日、かろうじて肉を買い、キャベツをザクザク切って、

「キャベツのごま塩」を作る。

実家でこの料理を作ったとき、こんなことを感じたんだ、と夫に話す。

なんだかしょんぼりしちゃってねえ、と言うと、

「内」の人間であるところの夫は、

「ええっ、そうかなあ。だって、これ、おいしいよ」と

ニコニコしながら箸を進め、

「あっ、肉、これで終わりだったね……。食べちゃった」と申し訳なさそうにした。

 

それにしても、我が暮らしは「外」がなさ過ぎるのかもしれない。

人を招くこともないし、ごくまれに持ち寄りするときは、どこかでお惣菜を買っていく。

たまには「外」の風に当たらなければ。

実家での食卓を思い出すと、そんな必要性を感じるのだった。

片づけられない人間が見つけた限界片づけ術

この記事は、本当に、本当に、片づけられない人に向けて書いている。

もはや気力がない、どうしていいかわからない人に向けて書いている。

 

本当に片づけられない――というか、片づける気力がわかない人間にとって、

「どう取りかかるか」が最大の問題だ。

世の中には多くの片づけ本があふれているが、

この難問を解決してくれるものは少ない。

 

とはいえヒントがないわけではなく、

「台所からやりましょう」と書いてある本は多いのだが、

わたしの場合、台所ならできても、他の部屋は止まってしまう。

持続も波及もしない。

 

どうしたら気力がわくのだろう。

根性なし、と責めて気力がわくものではない。

精神論でシバいて改善できるポイントは、通り越している。

ちょっと自分でも病的だと思う。

でも、どうしていいかわからない。

 

夫は、「GOサインが出たら、バシバシやるよ」とは言ってくれるし、

実際動いてもくれるのだが、9割ぐらいはわたしのモノだ。

それを指示する気力もないし、

これは本当にタチが悪いと思うのだが、

いざ収納を考えるとなると、なぜだか自分の思うとおりにやりたいと思ってしまう。 

八方ふさがりだった。

 

そんなわたしが、いま、部屋の片づけに少しずつではあるが、取り組んでいる。

きっかけは、昨年の年末ぐらいからある方法を試したこと。

それは、「1日1つ、モノを捨てること」。

 

きっかけは、この本を読んだことだった。 

1日1つ、手放すだけ。好きなモノとスッキリ暮らす

1日1つ、手放すだけ。好きなモノとスッキリ暮らす

 

この本の基本はシンプルだ。

タイトル通り、1日1つ、たとえレシート1枚でもよいからモノを手放すこと。

そして、できれば手放したモノをスマートフォンなどで撮影すること。

「これだけのモノを捨てた」と記録、記憶し、充実感をもたらすためだ。

 

ひとつ断っておくと、 

書籍には、不用品をどう見つけるか、

捨てるか迷ったときの判断方法などのTipsも書いてあり、

わたしのような片づけヒエラルキーが下の下の人間でなくても、

ちゃんと参考になる内容となっている。

 

ともあれ、わたしは、「へえ」と思った。

これならできそう。

何しろ、レシート1枚でもよいのだ。

とてもじゃないけど、わたしの部屋は、「1日1捨て」でスッキリする状態じゃない。

けれど、やらないよりはマシだろう。

 

まず手が伸びたのは、明らかな不用品。

「いつか捨てたい、手放したい」と思いつつも、手をつけていなかったモノ。

ずーっと処分しなければと思っていたけれど、そのままになっていた欠けた皿。

ちょっと大きめの不燃ごみ袋をみつくろうのが、ついついめんどうくさかったのだ。

着ないけど、誰かに譲ろうか、売ろうかと思っていた服。

よくよく見たら、放置した数年の間に、虫くい穴が空いていた。

 

どれもこれも、1つだと難敵ではない。

時間も気力もそうそうかからなかった。

ただ、心のどこかで「一気にやらなければ」と思っていた。

と、「1日1捨て」をはじめて気がついた。

そのため、かえってめんどうに感じ、行動に移せなかった。

 

 

行動のハードルを下げるため、わたしは手放したモノの写真は撮らなかった。

 なんとなく、「今日は何を捨てよう」と1日1回考える。

しんどいときは、財布を開けて不要なレシートだけを捨てた。

それでも、「この仕事資料はいい加減古いな~」とチェックしているうち、

紙の束をまるごと捨てられる日もあるし、

同じ引き出しにずっと使っていない箸と箸置きがあったので、

まとめて捨てた、という日もある。

今日は調子がいいから、あれもこれも捨てちゃおうと、

2つ目、3つ目の不用品に手をつけることもある。

なにしろ、「めんどうくさい」で放置された、明らかな不用品はたくさんあった。

 

春先になると衣装ケースがひとつ空く、なんてことも出てきた。

そうすると、床に積み上げたままの本を、

ここに仮保管すればいいんじゃない? と思いつく。

何しろ今までは、部屋がカオスすぎて本棚を買い増しもできなかったのだ。

なので、こういった「救済措置」が取れることは、大きな光明だった。

 

「1日1捨て」には、思わぬ波及効果があった。

それは、「1日1つ、捨てるモノを考える」ことを通じ、

1日1回は、部屋の状態に目が向くようになったこと。

モノを捨てると同時に、

「今日、外出に使ったカバンをしまおう」

「文房具は仕事用引き出しへ戻そう」など、

1日1回は、部屋の状態をプチリセットするようになった。

 

わたしの部屋は散らかっているだけではなく、

「モノの住所がほとんど決まってない」

「押し入れは空なのに、床に衣装ケースが転がっている」と

とことん無秩序だったのだが、

プチリセットするとなると、それでは困る。

ゆっくりとではあるが、

「これは、置き場はどこがいいだろう」とひとつずつ考えられるようになった。

 

そうすると、むくむくとやる気がわいてきた。

手始めに、押し入れのサイズを測り直し、

ぴったりの収納ケースをえいやっと揃えた。

それは、この家に引っ越して以来、2年近く放置していた作業だった。

家中のあちこちに散らばった収納ケースに詰め込まれていた洋服が、

1か所にまとまった。

1日1回のプチリセットも楽になったし、

管理できる服の量も見えてきた。

 

もうひとつ大きかったのは、メンタル面への好影響だ。

「少しずつでも、わたしは部屋の状態をよくしようと動いている」事実は、

気持ちを実に楽にしてくれた。

何もできなかったときは、そのこと自体で気持ちがふさぎがちだった。

 

まだまだ、まともな部屋にはほど遠い。

悪い意味で、「私のお部屋、実はすごいんです」状態だ。

1日1捨ては続けているが、膠着状態に陥っている感は否めない。

少し忙しくなると、1日1回のプチリセットができないこともある。

それでも、「軽いタスクを、弱い出力で続ける効果」は実感済だ。

 いつか、本当のお部屋自慢ができるようになりたい。

そのために、微弱でも、ずっと動き続けていく。

 

よく「やる気が起きないときは、タスクを細分化しなさい」と聞く。

今回は、まさにその実践だと思う。

タスクを最小限に分割したところ、

負担が少なくなり、物事が進むようになったのだろう。

しかし、わたしたち片づけられない人間は、

どうやって「片づけ」を細分化したらいいのか、想像もつかない。

それを知らず実現してくれるのが、「1日1捨て」なのだと思う。

どうしても片づけられない。

どうしていいかわからない。

もう手がつけられない。

そんな悩みを抱えている人には、ぜひ試してもらいたい方法だ。

 

 

今週のお題「お部屋自慢」

母の人生

わたしは、ふつうになりたかった。

いまは、フリーランスで仕事をしていて、結婚していて。

自分なりの“ふつう”を手に入れたと、そんな気がしている。

 

わたしの母は、「父と結婚したのは失敗だった」とよく言っていた。

実際、そう思う。

父は悪人ではない。

まじめに働き、ギャンブルも浮気もすることがなかった。

ただ、独善的で、いまでいうモラハラ気味なところはあった。

なにより、母と父は相性が悪かった。

売り言葉に買い言葉、

お互いに発した言葉にカチンと来るのが、

子どもから見ていてもよくわかった。

 

そんなふたりが結婚したのは、見合いでもなく恋愛結婚。

「昔は24、25歳まで結婚しないと、

売れ残りのクリスマスケーキって言われたもんだよ」と、

これも母の言葉。

母の結婚は、たしか23歳かそこら。

父からの猛アタックを受けてのことだという。

とにかく“売れ残りのクリスマスケーキ”になる前に結婚したわけだ。

 

母の母、つまり、わたしから見た祖母は、変わった女性だった。

子どもを甘やかすことを是とし、

歯磨きを嫌がれば「むりやり磨かせるのはかわいそう」と放置した。

それで虫歯になってしまったと、母はよく嘆いていた。

娘時代に、母は、祖母はまちがっていると考えるようになった。

虫歯ができて、子どもが苦しむほうが、

何より永久歯が欠けるほうが、

「かわいそう」ではないのか。

 

祖母は子育てに関して頼りにならない。

義理の実家との折り合いも悪い。

父は子育てにノータッチ。

完全なる密室育児、ワンオペ育児。

母は大量の育児書を読み、ふたりの子どもを育てた。

 

夫婦仲が悪化の一方をたどり、母は働くようになった。

数年働くと、職場の人間関係に疲れて職場を変わることが何度かあった。

母は、職場でみんなに好かれている。

クセがあって嫌われている人にも、

母自身がよく思っていない人にも、「みんなに」。

話を聞くと、母は完璧な八方美人としてふるまっているようだ。

そして、数年に一度、そんな自分に疲れて辞めてしまう。

わたしはそんな風にはふるまえない。

器用な人なのだと思う。

 

その後、父と母は離婚した。

 

娘であるわたしは、大人になって思う。

母はわたしよりもずっと苛烈に、

「ふつうになりたい」と思っていたのではないか。

短大を出て、一般職につき、

24歳を迎える前に結婚し、

2人の子どもを産み、

家を買い、

祖母のような母にはなるまいと

子どものしつけに注意し、

家のなかはきちんとし、

料理は手づくりした。

 

当時の“ふつう”は、いまよりもっとずっと強固だった。

そして、母はその強固な“ふつう”に、全力で順応した。

職場で究極の八方美人として振る舞うのと同じように、

時代の、世間の要請にも応えたのではないか。

母にはそのポテンシャルがあったし、意志の強さも備えていた。

 

母は本来、もっとエキセントリックな人なのではないか。

若いころは、ベリーショートにし、

服の色柄はシンプルに、しかし形は奇抜なものを好んだという母。

風と共に去りぬ」のタラに憧れたという母。

わたしが幼いころ、ホラーやスプラッタ映画に熱中していた母。

犬でも猫でも大きな種が好きな母。

海が異常に好きな母。

人の愛情を疑いがちな母。

 

母はほんとうは、どんな人間なのだろう。

わたしと同じ年代に生きていたら、何をしただろう。

やはり、この時代なりの“ふつう”を目指し、順応したのだろうか。

 

ひとりの大人として向き合うほどに、

母のことはわからなくなっていく。

ましてや、 わたしも老い、母も老いて変わっていく。

ただ、母が手に入れた“ふつう”は、母の猛烈な努力によるものではないか。

わたしはその恩恵を受けてきたのではないか。

その確信だけが強まっていく。

 

母は、自分の“ふつう”を、子どもたちには強制しなかった。

新時代を、子どもに生きてほしかったのか。

愛のたまものなのか。

よくわからない。

しかし、それは本当に、文字どおり、有り難いことだった。

 

育てて愛してくれたことと、

そのことに、感謝している。

ありがとう。

 

今週のお題「おかあさん」

アルパカ純度100%! 那須アルパカ牧場

那須アルパカ牧場。

その名の通り、アルパカしかいない牧場。

そこでは、11万平方メートルの広大な敷地に350頭のアルパカ*1が暮らすという。

 

アルパカ牧場 那須ビッグファーム

 

ゴールデンウィークに念願のアルパカ牧場に行ってきたので、

そのすばらしさを紹介したいと思う。

 

※お急ぎの方は、「アルパカ牧場へ行くときの注意点」「アクセス」を。

 

 

入場いきなりのアルパカ愛

 

駐車場(かなり広い)に駐車すると、入口に小さなプレハブ小屋がある。

ここで入場料800円を払い入場。

 

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看板。

 

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これが入場券。首にぶら下げる。

 

カウンターには、子どもアルパカの写真が置いてある。

園内奥にいるので、見ていってくださいねと受付係の人。

「この子たちはいつ生まれたんですか」と聞いていると、初老の係員が入ってきた。

「この子はいついつで……」と説明し、最後に「かわいいですよ」と愛おしそうに締めくくる。

何気ないやり取りだが、牧場の人たちのアルパカ愛をいきなり感じた瞬間だった

 

緑ゆれる小径を通り、アルパカゾーンを目指す。

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この道沿いには、アルパカの豆知識や、飼育法についてのTipsを伝える看板が。

こんなところにも、「アルパカを知ってほしい」という愛を感じる。

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アルパカパラダイス!

 

林を抜けると……。

那須の山々を背にして、ア、アルパカだ~!

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ずんずん。

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ずんずんずんずん。

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けっこう人なつっこい。

柵のそばまで、ずんずんと寄ってくる!

 

行き倒れパカ。

もっともリラックスしている状態らしい。

砂ぼこりが上がっていると思ったら、

アルパカがこういう姿勢でごろんごろんしているのだった。

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とにかく、右を向いても左を向いてもアルパカ!

しかも、近くに寄ってくる!

大興奮!

 

那須にはナスピチュがある!

マチュピチュにはリャマ!

ナスピチュにはアルパカ!

よくわからないが、アルパカ愛とともに地元愛も感じる……。

(最初のゾーンに石山があり、それが「ナスピチュ」らしい)

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 アルパカにオヤツをあげよう!

 

アルパカ牧場でできることは、愛でるだけではない!

オヤツをあげてふれあうこともできる。

オヤツは、アルパカゾーン手前の小さな広場や、アルパカゾーン奥などで入手できる。

1カプセル200円。

写真はあげちゃった後で撮影したもの。

実際はかプセルいっぱいに入っている。

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 ※これはあげかけ状態のもの! 実際は満杯入ってます!

 

カプセルを持っていると、アルパカがオヤツちょうだいと寄ってくる。

あげながらなでてみたり……。

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アルパカは下の歯だけがはえているので、噛まれる心配はない。

下の歯を器用に使い、しょしょしょしょしょしょしょ……としか言いようのない様子でオヤツを食べる。

しょしょしょしょしょしょ……ってなんだよと思われた方は、ぜひ現地で体験してほしい。

 

次は僕もー、こっちにちょうだいー。

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カプセル1個で、かなりのアルパカにオヤツがあげられる。

売っているのを見かけたら、早めの購入がおすすめ。 

 

「ふれあい」はマスト!

 

アルパカだらけのアルパカゾーンを順路に沿って進んでいくと、広場に出る。

そこでは、アルパカとお散歩したり、

タレントアルパカ*2と写真撮影したり、

アルパカとふれあえたりと、「アクティビティ」が用意されている。

 

おすすめは「ふれあい」だ。

2人300円で10分間 、柵の内側で3匹のアルパカとふれ合うことができる。

待ち時間がある場合は、番号札をもらって周辺で呼び出しを待つ。

わたしたちは10分程度待ち。

しかし、この通り、周囲はアルパカだらけ!

10分なんてなんのことはありませんよ。

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待ちにまったふれあいタイム!

 

柵の外には、ふれあえるアルパカの名前と年齢が書いてある。

係の人が、見分け方も教えてくれる。

アルパカの見分けに自信がない人も安心だ!

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近ーーーーい!

 

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このふれあいゾーンのアルパカは、毛を伸ばしているため、

もっふもふのふっかふかだ。

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ふっかふか!

 

ふれあいはオヤツ付き。

積極的な子は、オヤツオヤツオヤツオヤツ~とぐいぐい来るので、

カプセルのふたを開ける暇もない。

そんなときは……。

係の人によると、「オヤツもうないよ~と言いたいときは、

カプセルを後ろ手に隠し、手でストップ! ってしてあげてくださいね~」*3

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アルパカに伝わった!

(動画のキャプチャ)

意思疎通がはかれると、アルパカがますます愛おしくなる。

これも、ふれあいをおすすめする理由だ。

 

3頭のうち、白いミニーちゃんはお腹いっぱいらしく、あまり寄ってこなかった。

さわろうとすると、スタコラ~と逃げて、また近くをウロウロ。

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そのへんの自由さが、猫好きのわれわれには刺さる。

 

堂々のパカ尻。

これを間近に見られただけでも、那須塩原まで来たかいがあった。

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10分なんてあっという間かな~と思っていたけれど、

オヤツをねだられたり、

ストップ! とやってみたり、

モフモフしたり、

記念撮影(係の人が撮影してくれる)したりと、

濃密な時間だった。

大満足!

これで300円/2人は安い。

せめて1人300円はとってほしい。

 

とにかくアルパカが幸せそう!

 

奥には子どもアルパカが集められた「クリアゾーン」があり、オヤツ禁止。

 

クリアゾーンの若パカたち。のんびりまったり。

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「入場口で言われた、『奥に子どもアルパカがいる』とこってここかな?」と

係の人に聞いてみると、

「そうですよ。この子はいつ生まれのナントカで~」と、いろいろ教えてくれた。

係の人はみんな親切で、

それは「ウチのかわいいアルパカを見ていってほしい!」という愛からのように感じられた。

広い敷地で、アルパカたちはごろごろしたり、自由に過ごしている。

係の人が来ると、なんとなくそばに行く。

ごはんタイムが近いこともあったけれど、アルパカたちは係の人が好きなんだなと感じた。

 

「あっ、お世話の人だ!」みたいなアルパカたち。

この奥に見える石山が「ナチュピチュ」だそう。

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逆光のごはんタイム。

係の人が、牧草をかいば桶に入れて回る。

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アルパカが、自由でのびのび、大切にされている。

だから、見る人もニコニコしてしまう。 

 

アルパカのさまざまな姿を楽しめる

 

敷地内にはたくさんのアルパカがいて、個性豊かだ。

毛色も顔立ちも、目の色もさまざま。

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夫は何年か前にネットで流行った

「このアルパカがオダギリジョー氏に似ている」という

画像ネタの印象が強いらしく、

「わぁ、このアルパカはイケメンだね!」

「こっちの子もまた違ったイケメンだなあ~」と、

イケメンイケメンと連発していた。

 

夫いわく、この子は「ビジュアル系! ハイドとか」とのこと。

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つぶらな瞳のパカ。

「この子もイケメンやな~」と夫。

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座ってるパカ。

こんな座り方するんだな。

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パカ尻はかわいい。

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草をムシャつくパカ。

なぜか一定の割合で、草をムシャムシャやっているところを見せつけるアルパカがいる。

山羊もこの傾向があるような気がする。

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このように、草をムシャついた後でオヤツをねだってくることもある。

そうすると、アルパカの口まわりは草の汁で緑色になっている。

そのまましょしょしょしょしょ……とオヤツを食べるので、

人間の手のひらも緑色になってしまう。

そんなことも楽しい。

 

アルパカ牧場は純度100%!

 

アルパカ牧場には、とにかくアルパカしかいない。

昔はダチョウなどいたらしいのだが、わたしが訪れたときには確認できなかった。

アルパカしかいないからこそ、係の人のアルパカ愛も伝わりやすい。

アルパカしかいないからこそ、1頭ずつの違いが楽しい。

 

場外にあるショップもアルパカ一色。

ポストカードセットには、しっかりパカ尻写真も入っていて、

「わかっている」感がハンパない。

また、どのアルパカのものかを明記したうえで、

アルパカ毛も売っている。

推しパカの毛を持ち帰ることができるのだ。

 

専門牧場ならではの純度。

それがいい。

 

アルパカ牧場へ行くときの注意点

 

アルパカ牧場には、日をさえぎって休める場所は皆無。

とくにこれからの季節、日ざし対策は必要。

また、風が吹くと、砂埃が舞い上がる。

コンタクトレンズの人は要注意。

 

アルパカ牧場には、アルパカゾーン入口に小さな屋台と、

奥にジュースの自販機があるのみ。

屋台では、焼きそばなどを売っていた。

食事は外で済ませたほうがよいと思われる。

奥の自販機までは距離があるので、ドリンクを持っていくと安心。

 

園内では、小銭があったほうが望ましい。

確認したわけではないけれど、

「ふれあい」の代金支払いで、

1万円を使ってお釣りが出るのか、ちょっと不安な感じ。

 

牧場内は、犬同伴可。

ただし、リード不可、抱っこのみ。

見た限り、犬を抱っこしていると、アルパカが寄って来にくい。

とくに「ふれあい」をするなら、犬は同伴しないほうが楽しめると思う。

 

牧場内のトイレは、アルパカゾーンに入る手前の一か所。

(係の人に確認したわけではないが、わたしが見た限り)

その場所に、仮設が4つ。

きれいだったけれど、気になる人は外で済ませておこう。

場内は広く、戻るとそれなりに時間を食うので、

最初に行っておくといいと思う。

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クラレのCMに出演していたアルパカは、このアルパカ牧場の子。

仮設トイレにも、クラレの素材が使われていた!

 

園内所要時間は、1時間半ぐらい見ておけばよいかなと思う。

アルパカは見ていて飽きないけれど、人間のレストスペースがない。

また、施設近くには飲食店も少なく、コンビニもない。

前後の食事計画は立てておいたほうがよい。

 

アクセス

夢のようなアルパカ牧場だが、車でないとアクセスが難しい。

今回、われわれは那須塩原駅でレンタカーを借りた。

1日借りて5000円ほど。

那須塩原駅から那須アルパカ牧場までは、約30キロ。

Googleマップでは30~40分。

だが、ハイシーズンは高原の片側1車線道路が大渋滞する。

渋滞がありそうな日は、1時間10~20分はみたほうがいいと思う。

 

われわれは、那須塩原駅ステーキハウス「寿楽」でランチ→那須アルパカ牧場の順に回った。

那須塩原駅から「寿楽」までは通常30分ほどだが、渋滞で約1時間*4

「寿楽」から17号線を直進、うねうね山道を登ってアルパカ牧場へ。

この山道はすいていて、「寿楽」からアルパカ牧場までは30分ほどで到着。 

 

車以外でもアクセスする方法は、あるにはある。

4月28日~6月10日までは、那須湯本温泉とアルパカ牧場を含む各施設を結ぶバス「つつじ号」が運行。

ただ、こちらも当然、渋滞すれば運行は予定通りにはいかないので、注意が必要だ。

ツイッターでは、「ぜんぜん進まないので、途中で降りた」との記述も……。 

 

概要。

www.tochigiji.or.jp

 

時刻表や運行ルートはこちら(PDF)。

http://www.nasukogen.org/calendar/files/f000248.pdf

※リンクは2018年のもの。

 

エイチ・アイ・エスがバスツアーをやっていた……のだが、

2018年6月1日現在は見当たらず。

ときどき募集・開催されているのでは? と思うので、気が向いたときに探してみてほしい。

bus-tour.his-j.com

 

 まめ知識

このアルパカ牧場、誰がなんのために作ったのか? が謎だった。

調べてみると、経営者は、宅建などの資格予備校の「日建学院」。

これは、日建学院の会社パンフレットにも書いてある。 

さかのぼること1999年、

「これからは資格予備校だけでは経営が厳しいのでは」と

目をつけたのが牧場だったらしい。

PDF。13ページ目に、牧場についての言及あり。

http://www.ksknet.co.jp/profile/images/cp_16p_02.pdf

アルパカ牧場の牧場長は元日建学院の本部長で、建築士1級所持者とのこと。

 

 

とにかくアルパカ牧場はすばらしい!

長年行きたかったものの、アクセスの悪さであきらめていたけれど、

行けて本当によかった。

「アルパカしかいないのか~」と内心思っていたらしい夫も*5

ずっと「あーッ(かわいい)」「あーッ(かわいい)」と言葉を失い、

笑顔で大満足だったようす。

おすすめスポットです。

 

この記事は、アルパカ牧場の後で行った南ヶ丘牧場の話。

hei-bon.hatenablog.com

 

今週のお題ゴールデンウィーク2018」

*1:公式サイトでは400頭になっているが、現地で聞いたところ、現在は350頭とのこと

*2:CM出演経験があるアルパカをさすと思われる

*3:自然とこうなるのではなく、教えているそうです

*4:寿楽では1時間30分以上待ったが、たいへん、たいへん美味しかった

*5:これは後から聞いた

牧場

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青々とよく茂った牧草。

それを踏み分けながら、ロバが走ってくる。

ウマ科の動物が走る様子など、日常生活ではまず目にしない。

夕陽に照らされ、ノスタルジックな映画のワンシーンのようだ。

 

やがて、ボエッボエッボエッと、苦し気に聞こえる鳴き声が響く。

はじめは腹から、次に喉を絞り出すように。

その奇妙な声がロバから発せられていると気づくまでに、しばらくかかる。

馬の鳴き声のイメージと、あまりにかけ離れているのだ。

 

ロバたちがひとしきり鳴き終えるころ。

飼育員が柵の内側へ入り、かいば桶に粉状の飼料を入れる。

あれがかいば桶かあ、と思う。

子どものころ、キリスト誕生劇をやったことを思い出す。

馬小屋で生まれたイエス様は、かいば桶に寝かされるのだ。

キューピーに似た赤ちゃん人形を寝かせた舞台道具より、

現実のかいば桶はずいぶん大きい。

ロバ4頭が、同時に頭を突っ込むことができるのだ。

ロバたちは、尻尾を左右にふりふりしている。

尾は全体に毛が短く、先だけフサフサしている。

ロバもうれしいとき、尻尾を振るのだろうか。

 

それを見終えて、わたしたちは柵のそばを離れる。

刻一刻と太陽は沈みつつある。

それでも、連休中日の観光牧場には、まだまだ親子連れがたくさんいる。

三々五々、ただ動物を見ながら歩いている人もいれば、

魚に餌をやったり、ケージに入ったウサギに餌をやったりする者もある。

「ふれあい広場」では、山羊に追いかけられた少女たちが悲鳴をあげて走っている。

閉園時間は近い。 

人々は出口へとゆっくり、のろのろ、名残りを惜しむように歩いていく。

 

わたしと夫も、車へと戻る。

「車でこんなところに来ると、大人になった、って感じがする」と夫が言う。

久しぶりに、レンタカーを借りての旅行だった。

このまま駅まで走って車を返し、電車に乗って、家へ帰る。

観光牧場へは、旅の最後、ソフトクリームを食べるために立ち寄ったのだった。

 

旅行の終わりは、いつもさみしい。

電車に乗る前、駅前の適当な店に入り、適当なものを食べる、ポカンと空いた時間。

「ロバが、あんな声で鳴くとは知らなかった」

「ヒヒーンじゃ、ないんだね」

YouTubeにも上がってる! やっぱり同じだねえ」

温泉もとってもよかったし、

レンタカーで行った人気のお店もおいしかったけれど、

案外、記憶に残るのは、こんなことなのかもしれない。

旅行の不思議なところだ。

 

人気のないホームでふたり、「ロバの鳴きまね」をする。

そうやってさみしさをまぎらわせて、日常に戻っていく。

 

ゴールデンウィークが終わり、いつも通りの毎日がはじまった。

いまもときどき、ロバの鳴きまねをする。

ただ、日常の楽しみのために。

ちょっとだけ、旅行の思い出を反芻するために。

自分の意思ではなく、思いがけない土産を持ち帰ることもある。

それもまた、旅行の不思議なところだと思う。

 

 

ロバの鳴き声はこちらで。

www.youtube.com