青々とよく茂った牧草。
それを踏み分けながら、ロバが走ってくる。
ウマ科の動物が走る様子など、日常生活ではまず目にしない。
夕陽に照らされ、ノスタルジックな映画のワンシーンのようだ。
やがて、ボエッボエッボエッと、苦し気に聞こえる鳴き声が響く。
はじめは腹から、次に喉を絞り出すように。
その奇妙な声がロバから発せられていると気づくまでに、しばらくかかる。
馬の鳴き声のイメージと、あまりにかけ離れているのだ。
ロバたちがひとしきり鳴き終えるころ。
飼育員が柵の内側へ入り、かいば桶に粉状の飼料を入れる。
あれがかいば桶かあ、と思う。
子どものころ、キリスト誕生劇をやったことを思い出す。
馬小屋で生まれたイエス様は、かいば桶に寝かされるのだ。
キューピーに似た赤ちゃん人形を寝かせた舞台道具より、
現実のかいば桶はずいぶん大きい。
ロバ4頭が、同時に頭を突っ込むことができるのだ。
ロバたちは、尻尾を左右にふりふりしている。
尾は全体に毛が短く、先だけフサフサしている。
ロバもうれしいとき、尻尾を振るのだろうか。
それを見終えて、わたしたちは柵のそばを離れる。
刻一刻と太陽は沈みつつある。
それでも、連休中日の観光牧場には、まだまだ親子連れがたくさんいる。
三々五々、ただ動物を見ながら歩いている人もいれば、
魚に餌をやったり、ケージに入ったウサギに餌をやったりする者もある。
「ふれあい広場」では、山羊に追いかけられた少女たちが悲鳴をあげて走っている。
閉園時間は近い。
人々は出口へとゆっくり、のろのろ、名残りを惜しむように歩いていく。
わたしと夫も、車へと戻る。
「車でこんなところに来ると、大人になった、って感じがする」と夫が言う。
久しぶりに、レンタカーを借りての旅行だった。
このまま駅まで走って車を返し、電車に乗って、家へ帰る。
観光牧場へは、旅の最後、ソフトクリームを食べるために立ち寄ったのだった。
旅行の終わりは、いつもさみしい。
電車に乗る前、駅前の適当な店に入り、適当なものを食べる、ポカンと空いた時間。
「ロバが、あんな声で鳴くとは知らなかった」
「ヒヒーンじゃ、ないんだね」
「YouTubeにも上がってる! やっぱり同じだねえ」
温泉もとってもよかったし、
レンタカーで行った人気のお店もおいしかったけれど、
案外、記憶に残るのは、こんなことなのかもしれない。
旅行の不思議なところだ。
人気のないホームでふたり、「ロバの鳴きまね」をする。
そうやってさみしさをまぎらわせて、日常に戻っていく。
ゴールデンウィークが終わり、いつも通りの毎日がはじまった。
いまもときどき、ロバの鳴きまねをする。
ただ、日常の楽しみのために。
ちょっとだけ、旅行の思い出を反芻するために。
自分の意思ではなく、思いがけない土産を持ち帰ることもある。
それもまた、旅行の不思議なところだと思う。
ロバの鳴き声はこちらで。