
犬を迎えた当初、食い入るように見ていたものがある。うちに来る前に犬の世話をしてくれていた、預かりボランティア・AさんのSNSである。犬がAさんの家にいた当時の投稿を、何度も何度も見ていた。
見ていた理由はけっしてポジティブなものではなかった。
犬を飼った経験がない犬初心者のわたしは自信がなく、「犬は、ほんとうにうちに来てよかったのか?」と常に思っていた。
たびたびここでも書いているように、うちの犬は元保護犬で、怖がりではある。しかし、「怖がりの犬界」では最弱(?)、軽度な怖がりだ。
保護犬に知識がある人なら、「ビビりの犬」と聞けば、散歩に出ることをいやがったり、あるいは散歩の間じゅうおびえたりといった状態を想像するのではないかと思う。また、犬が人間自体に馴れておらず、ともに暮らす人間が怖いケースもある。
うちの犬は散歩は好きだし、静かな場所なら楽しく歩くことができる。また、人間のことは基本的に好きだ。
だから、犬経験値が豊富な人であれば、散歩中に犬がおびえても、もっと早く持ち直すことができるのではないか……とわたしは考えていた……というか、いまもそれはそうだろうと思っている。
そして抱えている問題がそのていどでマンションで飼えるサイズのおとなの保護犬は、引く手あまただ。うちの犬だって、わたしたちの申し込みが一歩遅れていたら、いくらでも条件のよい家庭から声がかかっただろう。
犬のしつけ本の定番フレーズとして、「犬をほかの犬と比べるのはやめましょう」がある。わたしはうちの犬をほかの犬と比べることはないが、自分とほかの飼い主、あるいは存在しない「うちの犬を迎えたかもしれない、理想の飼い主」とは比べまくっていた。
Aさんは預かりボランティアとして経験豊かな人だった。人馴れしていない犬、散歩を怖がる犬、あるいはいたずらが激しい犬など、さまざまな犬を迎え、家庭へと送り出してきたはずだ。そんな人と自分を比べても意味がないのは、頭ではわかっている。
しかも、まだまだ犬はうちにもわたしたちにも慣れていない。でも、ついついAさんの過去のSNS投稿を見てしまう。なんて楽しそうに歩いているんだろう、遊んでいるんだろう、溌剌としているんだろう。
写真や動画をスクロールさせながら表情以外に注視していたのは、犬の足だった。うちの犬は過去に大きなケガをして、手術をしている。里親募集の告知には、「日常生活には支障ありません」と書いてあったし、実際にそうだった。小高い石垣にぴょんと乗って降りるのも平気そうだし、公園でおもちゃを追って駆けまわるときの足取りは暴れ馬のようで力強い。

それでもわたしをぎょっとさせたのは、手術をした後ろ足を持ち上げたときの軽さだった。
世間では誤解されがちだが、まともな動物保護団体はいい加減なことを決して言わない。彼らが怖いのは動物が譲渡されないことではない。「思っていたのと違う」と動物が返還され、ふたたび動物の環境が変わることだ(それと脱走)。だから譲渡に不都合なこと、覚悟が求められることも含め、犬のことは知る限りぜんぶを伝えてくれる。すくなくとも我々はそのように信用できる保護団体から犬を譲り受けた。
ボランティアが「生活に支障はありません」といえば本気でそう思っているし、将来のリスクがあればその場で伝えられるだろう。
もちろん予測不能な未来が訪れる可能性があるが、それは考えてもしかたがない、そういうレベルのものと団体は判断しているということだ。
だいじょうぶ、なのだと思う。でも、我々は犬初心者だ。リードの引き方や足の拭き方が至らなくて、この子の足は悪くなってしまうのではないか……。
我ながら、心配性が過ぎるのではないかと思う。しかし、お迎え当初は、犬いとしさのあまりに不安になりがちだった。
それは当然といえよう。散歩に先だって出発していた犬と夫に合流したとき。犬はわたしに気づくとわたしをまっすぐに見て、草むらを跳びこえて一目散に駆けてきた――しかもそれはまだ、犬との暮らしのお試し期間、トライアル中のことだった。
そんな動物とはじめて身近に接して、少々おかしくならないほうがおかしかった。

なので、Aさんがアップした犬が歩く動画や遊ぶ動画を何度も何度も見た。そのうえで、散歩中は犬の歩き方をガン見した。後ろ足の動きは動画と同じだろうか。ケガの影響で毛が生えない箇所があるが、それがいつのまにか増えてはいないだろうか。ストレスでハゲるかもしれないし……。
そういった行動をしなくなったのは、いつからだろう。理由はいくつかあって、ひとつは、単純に不安をあおられすぎて苦しくなったから。もうひとつは、犬が「正式にうちの子」となった正式譲渡のときの経験だ。
トライアル開始からひと月が経っていよいよ正式譲渡となった日、Aさんが我が家を訪問してくれた。そのときに撮ってくれた写真には、「えっ、うちの子、こんな表情をしていたの?」というものがいくつかあった。もちろんAさんが来て犬がはしゃいでいたのもあるが、わたしの認識とはかなりの差があった。要するに、写真の中の犬は、わたしが思うよりずっといい表情をしていた。
Aさんをはじめ、たいていの動物保護団体の預かりボランティアは、預かっている犬の里親募集も担う。SNSにアップする写真は募集の要だ。わたしたちも、SNSにアップされた写真を見て、「かわいいね」とお見合いを申し込んだ。だから、犬のいい表情をとらえる技術も高いのではないか……。我々はそんな表情を見逃しているだけで、実際の犬は、思うよりもいい顔をしているのではないか。
また、その日、Aさんは、「犬と遊べない」と悩む我々のために、近所の公園でデモンストレーションをしてくれた。公園では、犬が苦手とする子どもが、これまた犬が苦手とするボール遊びをしていた。しかし、Aさんといっしょであれば、犬は公園にもずんずん入っていく。我々夫婦と犬だけなら、間違えなく公園に入ることすらかなわないだろう。
そして、その差を生んでいるのは、犬とAさんとの関係のように見えた。犬は、Aさんのことを「楽しく、ワクワクすることをしてくれる人間」だと思っている。遊びを期待して、目を輝かせてAさんを見上げている。だから、子どもは目に入らない。
そのときに感じたのは劣等感ではなかった。
「我々と犬がもっと仲良くなったときの関係性は、Aさんとは違うものなんだろうな」。
わたしはAさんではないし、頭の中にいる「いたかもしれない、うちの犬の理想の飼い主」でもない。わたしたちはこの犬を迎えることを決めて、そのときに犬の運命は決まってしまった。わたしたちはわたしたち以外にはなれない。だったらわたしたちなりにがんばるしかないのではないか――。要するに腹が決まったのだった。
それでもしばらくは、AさんのSNSの過去投稿を開いて、「う~ん、でも、うちではこんなディズニーアニメに出てくる動物みたいな笑顔はしなくないか」と思うこともあったが、それもだんだん減っていった。自分のカメラロールに犬のかわいい姿が増えて行って、それを見て夫婦できゃいきゃい言うのに忙しくなっていったからだ。
足に関しては、時間が経過するにつれ、それほど急に調子が悪くなることはないらしいぞとわかってきた。結果、「万が一の可能性はあるが、それはほかの病気などと同じ。考えてもしかたのないあまたの悪い可能性のひとつ」におさまった。
そして、いま。わたしは絵と短文で犬のことをつづる本を制作している。そのために、「うちの犬ってどんなだったかな」と、久々にAさんの過去投稿をさかのぼった。
そこには、昔の、犬がいた。いまよりすこし細くて、首まわりの毛もいまほどふさふさはしていない。保健所から引き出されたばかりで不安そうな顔をして、辣腕の預かりボランティアによって爆速で心を開き、楽しく遊んではいるけれど、表情はまだまだかたい。そのことが、いまならわかる。うちに出発する直前になると、遊んでいるときの笑顔は明るさが増す。
つづけて自分のカメラロールをさかのぼってみる。最初に家に来た日。不信。表情が暗い。体を丸めている。


わたしたちに馴れるのははやく、トライアル中から早くもくっついていたけれど、やはり表情はいまよりかたい。

迎えて一年、お散歩の調子は右肩あがりになっているように感じることもあれば、調子が激烈に悪くなったこともあった。
でも、どんな時期でも写真の犬の表情はどんどん柔らかく、明るくなっている。「あれ? この時期、お散歩のことで悩んでいたけどな?」と思う。どんなときも、かわいく楽しい瞬間があったのだ。写真の中の犬は、それを教えてくれる。
春先、公園でロープを振り回して遊んだあとの帰り道、犬がわたしたちを笑ったような表情で見上げた一枚。「楽しかったですね」と言っているようで、胸がいっぱいになった。

なーんだ、と、わたしは思った。犬、うちに慣れてんじゃん。うちでリラックスしてるじゃん。夫婦ふたりのキッチンでカメラロールをさかのぼって見ていると、よくわからないいとおしさがこみあげてきて、ふたりとも涙ぐんでしまった。
リビングに戻ると、犬が厳しい顔をして、全身で不満を表明している。「犬をほうっておいてどういうつもり」と言わんばかり。それでも夫婦でちやほやしていると機嫌はあっという間に直り、水を飲んで見せてくれる。
家に来たばかりのころは、犬はソファからほとんど動かず水もあまり飲まなかった。心配した我々は、水を飲んだときには「えらーい!」と大げさにほめた。そのかいあってか、いまでも犬はみんなが揃うと得意そうに水を飲むのだった。
夫がソファに座ると、犬はすかさずぴったりくっついて、からだを伸ばして眠る。ひとりのときはからだを丸めるけれど、人間とくっつくとからだを伸ばしてふしゅーふしゅーと寝息をたてる。

さまざまな環境の変化を乗り越え、がんばって、犬はいま、ここにいる。
なんてしんみりしていると、犬は突然起き上がり、元気いっぱい興奮して、ソファに敷いたタオルを噛みはじめる。家族が揃うと、うれしすぎてこのように興奮することがあるのだ。「ふがーッ! ふがッ! シュー!」っと生者に噛みつかんとするゾンビのような音を立て、歯を見せてタオルを噛もうとする犬 vs 「やめろーッ! ゾンビ犬! タオルを噛むな!」と止める人間。
こうなるともう写真なんて撮れない。カメラロールに残らない現実の犬はなんともさわがしく犬くさく、タオルを噛むときはご丁寧に繊維にそって歯を立てて解体しようとするし、それを止めるとベロベロなめてくるので手がベタベタになる。
人間と犬とでわちゃわちゃしたり、過去の時間を愛でてみたり。まあまた悩んだりすることもあるだろうけれど、おおむね愉快に――犬との時間は進んでいくのであった。
***
というわけで、9月5日のZINEフェス動物で、短文+絵で犬の来歴に思いを馳せる新刊「君はどこから来たの?」(仮)を出す予定です!
完成した暁にはよろしくお願いいたします!
【出展者募集中】ZINEフェス動物・2026年9月5日(土)案内ページ|BOOK CULTURE CLUB(シェア型本屋・無人本屋・リソスタジオを運営)














