平凡

平凡

酉の市に行ったときだけは、景気よくなっちゃうんじゃないの、と思う

酉の市へ行く。

私も個人事業者のはしくれなので、縁起をかつぎたいのだ。

 

一の酉、二の酉を逃して、三の酉の日曜日。

野暮用帰り、夫婦ともどもものすごく疲れていたけれど、

それでもなぜか、酉の市には行っておきたいと思った。

 

新宿で電車を降りて、花園神社へ向かう。

新宿通りから続く参道には食べ物を売る屋台が立ち、人でごった返している。

牛歩よりまだ遅い歩みで、フランクフルト、牛串、トッポギ、綿菓子などなどの

においに食欲をそそられながら進む。

 

前を歩くグループは、同僚同士で来ているらしい。

男女4人ほど。

女性のひとりが、

「なんでもいいですよ、貸しを返してもらうのは」

と男性に言っている。

おごる約束があるのだろう。

「うーん、牛串でどうでしょう」

「それより、トッポギとか美味しそうじゃないですか!」

別の同僚が

「おでんのほうが、お酒に合うんじゃないかな」

と提案する。

外気は冷たいけれど、彼らは心なしか頬を紅潮させている。

結局、海鮮串焼きがある店で飲むことにしたらしく、

彼らはそこで牛歩の列を抜けて行った。

 

ようやく境内にたどりつくと、お参りの長い列。

「こちらが最後尾です」と叫ぶ警備員も、ひとりやふたりではない。

本堂前には、ずらりと提灯がかかげられ、あかあかと灯っている。

伊勢丹にサマンサタバサ、意外にみんな奉納するもんなんだなと毎年、感心する。

「今年もあった!」

と、夫が取引先の提灯を見つけ、写真におさめる。

はじめて酉の市に連れ立ったときも、夫は同じように撮影し、

忘年会の話題にしたのだとうれしそうに言っていた。

 

今年はお参りはいいかな……と、列の後ろを通り抜け、熊手の屋台へ。

天を覆うように建てられた屋台には、

熊手がびっしりと並ぶ。

白熱灯に照らされて、小判や鈴やの飾りがきらめき、

なんともめでたい感じがする。

大きな熊手が売れるたび、三三七拍子が元気よく響く。

「繁盛を願って~~! ヨォ~~!」

 

若い女性ふたり連れ、スーツを着た団体、短髪でがっちりした男性たち。

老若男女が、自分にぴったりの熊手を探している。

 

熊手の屋台はたくさんあるけれど、

人、また人で、奥にはとても行けそうにない。

すぐ近くの店で、可愛らしい紅白の梅がついた熊手が目に入る。

ここでいい。これがいい。

店のお姉さんもニコニコしているし。

稲穂をつけてもらった熊手を掲げながら歩くと、

心なしか誇らしげな気分になる。

 

そのまま、人にもまれてえっちらおっちらと、駅へと帰る。

境内の端や裏通りでは、ちょっとした段差をテーブルがわりに、

屋台で買ったものをつまみに飲む人がたくさん。

これだけ混雑していても、みんな笑顔だ。

頬を赤らめ、目をキラキラさせながら、

語らい、食い、飲み、あるいは熊手を振って歩いている。

 

私と夫も、よい気分だ。

熊手の鈴がチリチリと鳴り、小さな稲穂が揺れ、

私たちの心を高揚させる。

 

夫と私は業種・働き方はまったく異なるものの、業界は同じ。

右を向いても左を向いても、不景気な話ばかりだ。

それでも、酉の市に来たときだけは、

景気なんて、よくなっちゃうんじゃないの、と、

そんな気持ちになれる。

松竹梅に鯛、招き猫に金の鈴、

縁起物をこれでもかとくくりつけた熊手。

楽し気な人々。

 

いつの間にか、疲れも忘れて足取りも軽い。

ふだん無理をしない性質の私たちが、疲労困憊しながらも

花園神社に立ち寄ったのは、

こうなることを心のどこかで知っていたからだろう。

 

揺れる稲穂のように、実りのある1年になりますように。

熊手が、福を、かき集めてくれますように。

来年も、夫とふたり、こうして酉の市に来られますように。

 

そんなことを願いながら、今年も一年の終わりが近づいてくる。