平凡

平凡

ライター加齢問題をどうするか

「40歳を超えたライターのキャリアをいかんとせん」。

夜中、なんとなくTwitterのスペースを開いたら、同業の方々がそんな話をしていました。

これは非常に切実かつ、正解がないお話で、わたしも戦々恐々としております。

あ、平凡と申します。ライターです。紙媒体中心で活動しております。

 

 

ライターが加齢により直面する問題とは何か。

一般に言われていることと、いま自分が実感していることをあわせていうと、やはり「発注側が年下になってくる」ことでしょう。

これはフリーランス全般の問題かもしれません。

いままでお世話になった人は加齢により地位が上がって現場から離れることもありますし、定年退職する人も出始めます。

同じ技量で、同じぐらい「いい人」であれば、年齢が近いほうに発注しやすいのが人情というもの。

ちなみに、「年食ったライターのほうが原稿料が高いから発注しづらい」ケースは、我々の世代ではほぼありません。キャリアにより、原稿料が右肩上がりになる世界ではないからです。ぐすん。

いや、世の中いろいろなケースがあるので、一概には言えませんが……。

原稿料を上げたければ、原稿料が(最初の設定から)高い仕事を見つけて取ってくるしかありません*1

 

じゃあ、どうやってそれを乗り切っていくのか。命ある限り終わることのない問いの始まりです。

 

ひとつの回答として思いつくのが、「仕事の幅を広げればよいのではないか?」。

ライターの派生仕事はいろいろあります。

 

たとえば、ライターとして深めたジャンルで評論家、研究家などの肩書をもつようになる。

コンテンツ系だと今まで培った知識を駆使し、さらにその人ならではの論考で、批評を書く。研究をまとめる。その人が書かないと埋もれてしまう、そのジャンルの歴史を書き残すお仕事もあります。

美容系だと「さまざまな商品を試し、知識もある人として、名前出し、顔出しでおすすめ商品を語る」とか。

書く内容や、やっていることはライターとは異なります。が、「書く」行為が中心になるぶん、ある意味わかりやすい延長線上にあります。

 

そういったお仕事のさらなる延長に、「専門学校や大学で教える」「セミナー講師に招かれる」もあると思います。

 

また、映画・ゲーム・アニメなどのコンテンツ系のライターだとイベントや対談、配信用番組の司会とか。ライターはインタビューや対談(原稿することが前提)の進行をするので、業務の延長線上にあるといえなくもない仕事です。

 

評論・論考系のお仕事や、司会で名前が知られることにより、深い論考記事、あるいはコメントの依頼が舞い込むこともあるかもしれません。そうなると、すべてが「書く」に循環していきます。

 

ライターと編集者を兼ねて活動する人もいます。

また、編集プロダクション(出版の下請け会社)を起こす人もいます。多くの仕事を受注して、会社組織でこなす。それにより、大きな利益を出せるようにする。ある意味で王道ルートです。ひとりでやれる仕事には限りがありますから。

 

大きな“派生”はこんな感じです。

ほかにも、ライターとして、仕事の告知を積極的にして「自分は何系のライターである」とアピールするなど、こまごまとした努力もあるでしょう。

また、ライティングの経験に加えて、写真撮影、動画撮影にも対応できるフットワークの軽さを見せれば、重宝がってもらえるかもしれません。

 

まわりを見ていると、深めるも広げるも、自分の興味があるところをとっかかりに努力して道を広げている人が多いです。

 

じゃあ、わたし自身は何が好きなの、やりたいのって話になるのですが……。

これ、実名・顔出しで言えるかというと微妙なところですが、ライターとしては、わたしは現場でずっと、ただ書いていたいんです。ずーっと何かにスポットライトを当てつづける照明係でいたい。

生存戦略としては、そのためにどうすればいいのかをメインで考えています。

 

そんなこんなで、「夢のないことが夢」みたいな状態でやっているのですが、最近、めずらしく「はじめて」の仕事がありました。

それは、「シナリオとも言えないテキストを書いて、それを漫画家さんに漫画化してもらう」というもの。

内容は体験レポ系。「(書き手が)珍しい体験をしたよー!」ってやつじゃなくて、「現場に潜入したら、プロフェッショナルたちがすごい仕事をしていました!」という、観察対象を立てるタイプです。

いろいろお請けした仕事の一環だったので、やっているときはあまり「はじめて」とも思いませんでした。

 

わたしはネーム(漫画の設計図)が切れる人間ではないので、ただただ、絵になりやすそうなところ、ハイライトを文章にしてお渡ししたのでした。漫画家さんには苦労をかけたと思います。

漫画家さんの力量におんぶにだっこではなかったのか――いや、たぶんそうなのですが、できあがったものを見たとき、大きな喜びがあったんですね。「すげー!  わたしの書いたことが漫画になっとる!」と。

 

吹き出しのセリフや、描かれている光景は、たしかにわたしが現場で体験し、メモって、レポートにまとめてお渡ししたものなんです。でも、キャラの表情やコマ割りによって生まれる生き生き感は、漫画ならではのもの。漫画化されることで、現場のすごさがより伝わっているように感じました。それはまるで、対象物がキラッキラに輝いて見える特殊ライトのような効果。

なかなかこんな機会はないかもしれないものの、チャンスがあればまたこういった仕事をしてみたい! と思ったのでした。

いままで直接「書く」仕事だけを念頭に置いてきたわたしにとって、これは意外な喜びでした。「より良く伝えてより良く描いてもらう技術」があるのだとしたら、それも学んでみたい。

 

これひとつでどうなるものでもないですし、これが仕事の広がりにつながるかどうかもわかりません。ただ、この年数やっていて、「はじめての喜び」があったこと自体がうれしかったし、まだまだがんばっていこう、と思えたのでした。

 

実をいうと、ライターとして仕事して書いて、プライベートでブログやら小説を書いて。どれも楽しいのですが、なにひとつあてがないように感じて、ちょっと疲れるときがあります。これは典型的な中年の危機なのでしょう。

でも、いまはどれもやめてはいけない。止まってはいけない。なんとなくそう感じています。

 

というわけで、今日は中年のキャリア危機と、それに関係するのかどうかわからない、うれしかった仕事のお話でした。

どんなお仕事をしていても、どんなプライベートを送っていても、きっと「年齢を重ねる」ことは難しいことなのでしょう。

ふう、とため息ひとつついて。

暗中模索で老いていこうと思います。

 

画像は《肩こりが年々ひどくなる牛社員のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20170404101post-11018.html

*1:わたしたちより10~20歳ぐらい年上のカメラマンさんだと、「ベテランのあのひとはギャランティが高い」みたいな話はありますけれども。しかし、これもカメラマンの話で、ライターだとそんなことはないような気がします