平凡

平凡

夫の死角

トロピカル模様の、派手派手なスリッポン。

ラクだし、季節感もあるし。

昨年の夏は、そればかり履いていた。

今年もそろそろ暑くなり、スリッポンの出番となった。

 

ところで、平凡家での小さな出来事として、

「夫ルームパンツ看破事件」というものがある。

それは、わたし側の実家に帰省したときのこと。

わたしは母から借りたルームパンツを履き、居間でダラダラしていた。

そこにやってきた夫は、目ざとく言った。

「あれっ、平凡ちゃん、そのズボンどうしたの?」

わたしは驚いた。

ルームパンツは黒くて地味なデザイン。

しかも、わたしは床に座っていたので、全体が見えるわけでもない。

「よ、よく気がついたね」

これには、母も驚いていた。

「夫君、すごいわー。よう見てるね」

「えー、見たことないズボンだと思ったので……」

夫は照れていた。

 

夫は、人の顔を覚えるのが苦手なのだという。

「あんまり人のこと、見たりしないでしょ」

それが夫の言い分だ。

たしかに、人の服装などもよく覚えていないことが多い。

しかし、ことわたしのことになると、

美容院に行けば、「あれ、なんだかさっぱりしてる?」と言い、

新しい服を買えば、「あっ、見たことない服だ!」と気づいてニコニコしている。

じいっと見ているようすもないのだけど。

 

夫は、わたしをよく見てくれているなあ。

そんな風に感心していたある日。

冒頭であげたスリッポンを今年はじめて履いた。

すると、夫が言う。

「わあ、平凡ちゃん、新しい靴だね!」

いやいやいやいや、これ、昨年、めちゃくちゃ履いてた!

これしか履いていないと言っても過言ではない!

その旨を伝えると、「そんな浮かれた柄の靴、見たことないよ」と

心なしかしょんぼりしている。

 夫は、髪型にも洋服にも、あんなに地味なルームパンツにも気づいたじゃない!

「人の足元って、見るかなあ。俺、自分が履いている靴も覚えていないかも」

などと不安になることを言う。

確認していくと、わたしのことは、

髪型は見ている、

上半身も見ている、

下半身もだいたいのところはしっかり見ている。

が、くるぶしから下あたりは見ていないのではないかという結論に達した。

 

「俺、妻が靴をたくさん買っていても気づかないかもしれない。

ひょっとすると、イメルダ夫人みたいになっていてもわからないかもね」。

年代がバレそうなたとえで、この話は締めくくられた。

 

人には意外な”死角”があるものだ。

スリッポンがあぶりだした夫の死角。

いつか、もっと派手派手しい靴を買って、夫が気づくか試してみたい。

そんな誘惑に駆られている。