川上弘美の短編集「神様」。
そのなかに、「コスミスミコ」という登場人物が出てくる。
螺鈿の壺をこすると出てくる彼女は、
どうやら「チジョウノモツレ」から人から刺され、幽霊になったらしい。
しかしながら、彼女は愛らしい容姿をもち、
まったくもって怨念とはほど遠く、
甘ったれた声でしゃべり、
主人公のことを「ご主人さまあ」と慕う。
男女問わず相手を魅了するかわいらしさがあり、
「それがチジョウノモツレを招いたんじゃないの」と主人公は考えたりする。
主人公とコスミスミコの間には、女同士の奇妙な友情が築かれていく。
「コスミスミコと過ごす夜は平穏で、
小鳥がちいちい鳴くようなコスミスミコのお喋りは耳に心地よかった」
(川上弘美「神様」収録の「クリスマス」より)
自分とはかけ離れた人格をもち、
自分とはまったく異なる人生を送った存在が、
他愛ない話をしている居心地のよさ、安らぎ。
そんなものがよく表れた文章だと思う。
最近、あっ、これってコスミスミコ、そう感じたことがある。
バーチャルYouTuber、いわゆるVtuberの存在である。
わたしたち夫婦はいい年なので、
ぼんやりしているとまったく流行にうとくなってしまう。
話題のものは見ておきたいというわけで、
遅まきながら「バーチャルYouTuber」なるものをチェックしたのであった。
キズナアイ、輝夜月、ミライアカリ、電脳少女シロ、ねこます(バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん)を一通りチェック。
我々が気になったのは、断然、輝夜月であった。
初投稿の動画では、「人を笑顔にしたい」と自己紹介しつつ、
「血液型占い」が特技であることを証明すべく、
「斉藤さん」という、見ず知らずの人と通話できるアプリを使う。
ちょっとハスキーな声、
ややろれつが回らないしゃべり方、
テンションの高さ。
そして、我々が知らない新しいアプリを知っていること。*1
この罪のなさは、楽しさはなんだろう……。
ああ、あれだ、「職場にいるうんと若い女の子が酔っぱらって、
楽しくはしゃいでいるのを見ている感じ」ではないのか。
そして、彼女の話にはわれわれの知らない新しいものごとが当たり前のように出てきて、
「若いモンはすごいなあ~」と無邪気に思ってしまうのだ。
ど真ん中のファンにとってはどうなのかは別にして、
中年過ぎたわれわれにとっては、輝夜月のおしゃべりは、そういう喜びがある。
これはまさに、「自分とはかけ離れた人格をもち、
自分とはまったく異なる人生を送った存在が、
他愛ない話をしている居心地のよさ、安らぎ」ではないか。
なんたるコスミスミコ体験!
手持無沙汰な夜、3分ばかりのコスミスミコ体験がしたくて、
ついつい輝夜月チャンネルを開く。
「首絞めハム太郎」などという物騒なあだ名で呼ばれる彼女の声だが、
やっぱり本質的に「小鳥がちいちい鳴くような」心地よさがある。
輝夜月のおしゃべりが、心の何かを埋めていく。
極めて2018年的な無聊の慰めに、
憧れの小説の世界を垣間見る今日この頃である*2。