平凡

平凡

ダナンの長い夜、あるいは海外旅行保険には必ず入っとこうという話1

最初に書いておくと、けっこう長い。

今回は、海外旅行中、体調を崩し、

医者にかかった体験を、2回に分けて書く。

 

先に、1、2をあわせて伝えたいことをまとめると、以下の通りだ。

  1. 海外で体調を崩し、ヤバいと思ったら、さっさと保険を頼って医者にかかろう。一番早く回復できる。日本から持って行った薬が効かなさそうない、または効かなさそうなときは、とくに。英語がわからなくても、なんとかはなる。
  2. そのために、海外旅行時は海外旅行保険に入っておこう。クレジットカード付帯の保険があるので大丈夫という場合は、いざというときにどのカードの何に頼るかを考え、連絡先をメモっていこう。
  3. 旅の同行者がいる場合、海外旅行保険の証書の場所は普段から共有しておこう。クレジットカードの付帯保険を頼るつもりの場合は、窓口を共有しておこう。
  4. 体調を崩したときは、同行者にだいたいの症状を伝えよう。症状とともに、体感的に命の危険を感じているかそうではないのかも伝えよう。旅行中の非常事態は、パニックを招く。症状が派手な場合、同行者は死ぬほど心配する
  5. なんとかなるとは書いたが、英語はできるととても心強い。体調不良に関する英単語を知っているだけでもかなり役に立つ。

 

はじまり 

午後7時半。

目に入るのは、清潔に磨きあがられたバスルームの床、そして便器。

ああ、ランクの低いホテルにしなくてよかった。

便座にもたれ、額に流れる脂汗をぬぐいながらそう思ったのもつかの間、

激しい胃の痛みに襲われ、わたしは嘔吐した。

何度目だろう。

もう胃液しか出ないが、嘔吐は止まらない。

これはダメだ。

この波がおさまっても、数時間内によくなることは見込めない。

そう判断したわたしは、文字通りバスルームの床をはって進み、

部屋にいた夫に向かい、「保険会社に連絡してほしい」

と息も絶え絶えにお願いした。

 

体調を崩すまで

わたしと夫は、そのとき、夏季休暇でベトナムのダナンに来ていた。

滞在先は、それほど高級ではないが、おしゃれで清潔な、ビーチ前の新しいホテル。

遺跡を見に行ったり、ホイアンで古い街並みを見たり、

順調に旅を楽しみ、明日は帰国となった最終日。

夕方ぐらいから、なんとなく調子が悪かった。

海に行ったものの、わたしは砂浜に残り、波と戯れる夫を見ていた。

お腹は少しだけゆるかったが、下痢というほどではない。

そして、貧血気味。

疲れると、ままあることだ。

部屋に戻って、少し寝た。

目を覚ますと、あたりは暗くなっていた。

何かおかしい。

体中がぞわぞわする。

寝転がっても落ち着かず、部屋の床に座り込んでしまう。

今にして思えば、あれは悪寒だった。

やがて、激しい吐き気に襲われ、バスルームへ駆け込む。

一回吐いたら楽になるかと思ったが、そうはならなかった。

下痢もあったが、たいしたことはない。

とにかく、激しい胃痛と嘔吐が続く。

吐きながら思い出したのは、今までに読んださまざまな旅行記だ。

東南アジアで胃腸の調子を崩した人は、たいてい、

「医者に行き、薬をもらったらピタッと治った」

「もっと早く医者に行けばよかった」

と書いていた。

よっしゃ、医者行ったろ。

夫には迷惑かけるが、このままでは帰国も危うい。

薬一錠もらえば、よくなるだろう。

軽い気持ちで決断し、冒頭に戻る。

 

海外旅行保険窓口に連絡する

さて、そのとき夫はというと……。

夫も当然、バスルームでわたしがゲエゲエやっていることは知っていた。

下痢もしているかもしれないという気遣いから、

部屋で気をもみながら待っていてくれた。

夫の頭の中には、

「現地の救急車を呼ぶ」

「旅行会社に連絡する」

「ホテルに助けを求める」はあったらしいが、

海外旅行保険の窓口を頼る」はなかったと後で聞いた。

ともあれ、戸惑いつつも承諾してくれ、

保険会社に電話をかけてくれた。

SIMカードは買っていないので、部屋の固定電話からだ。

 

やがて、なんだかわからないが、部屋を飛び出していく夫。

なんとなく、フロントに連絡することができたのかな……と思いながら、

わたしは水を飲み、また嘔吐した。

後で聞いたのだが、海外旅行保険の「電話はコチラ」と書いてある窓口につながらず、

フロントを頼るため、飛び出していったらしい。

結局、フロントでもその番号にはつながらず、

渡航先がタイの場合だったかなんだか、とにかく

フロントからベトナム国外の問い合わせ先に国際電話してもらい、

やっと係につながったとのこと。

我々が滞在していたホテルは、日本語対応なし、英語はOK。

夫もわたしも英語はとくに話せるわけではない。

夫は、さぞかし苦労しただろう。

 

そこからの流れはこうだ。

海外旅行保険窓口(日本語対応)に、

妻が体調を崩していること、だいたいの症状を伝える。

受け入れ可能な病院を調べると言われる。

滞在先のホテルと部屋番号を教えて、折り返し待ち。

部屋に折り返しが来る。夫は病院名、電話番号をメモる。

フロントに頼み、タクシーを手配する。

 

部屋と車いすとわたし

「病院、見つかったから! タクシーで行こう」と夫が声をかけてくれた。

しかし、わたしは胃痛が引いたときでさえ、

這ってしか歩けない。

そうだ、ホテルなんだから車いすくらいあるだろう!

ピコーンとひらめいた。

これまた気軽な気持ちで頼んだのだが、

夫はフロントに戻り、「ホイールチェア、ホイールチェア」と身振り手振りで必死に説明し、

かなり待たされての車いすのご登場となった。

 

ホテルのスタッフが、車いすを直接、バスルームまで運び入れてくれ、

わたしは夫に助けられながら、車上の人となった。

「パスポートとか、保険の証書とか、スマホは持ったから!

何か持っていくものはない?」

と言ってくれた夫に、とあるビニール袋をお願いする。

下着類をまとめたもので、

下痢で下着を汚したときに替えられたらと思ってのことだった。

 

そのときの私のかっこうは、タンクトップにナイロンのガウチョパンツ、

その上にホテルのガウンを羽織るというもの。

昼寝のままの奇怪なかっこうだが、ここから着替えられるぐらいなら、

車椅子なんか呼んではいない。

そのかっこうのまま、紙のような顔色でゼェハア言いながら車いすに乗り、

エレベーターで他の客に囲まれて階下に降りた。

もちろん、手には空のビニール袋を握りしめる。

 

フロントまで降りると、欧米人の男性が夫に何かを話しかけ、

タクシーまでエスコートしてくれた。

後で聞いたことだが、

フロントで右往左往する夫を何かとサポートしてくれたスタッフで、

おそらくホテルのかなり上の人ではないかと。

そして、タクシーに乗り、ホテルスタッフの若いお姉さんがひとり、付き添う。

病院名は、ホテル側がタクシーに伝えてくれてあった。

しかし、これがのちにトラブルを招くことを、我々は知る由もない。

タクシーの運ちゃんとお姉さんは、

「いやー巻き込まれちゃってさあー」みたいな感じで、

現地語でキャッキャッと楽し気にしゃべっていた。

テンション高い……けっこう病院まで遠いな……と思いつつ、

幸い、一度も吐くことなく、病院の救急窓口のようなところについた。

 

そして病院へ……

出てきた病院スタッフは、なんとなく迷惑そうだった。

入口からすぐ、明るく清潔で、ベッドがいくつか並べられた病室があり、

そのうちのひとつに寝かされた。

日本とあまり、様子は変わらない。

英語で症状を聞かれたが、英語で嘔吐や下痢にあたる単語がわからない。

身振り手振りで説明し、それにストマックエイクを付け足す。

スタッフは、「あー、ツーリストがよくなるあれかー」みたいな顔をしている。

ここへきて、安心したのか、また嘔吐が始まる。

ちなみに、病院側はとくに何も持ってきてくれないので、

手持ちのビニール袋にゲエゲエやっていた。

嘔吐が終わると、胃痛でダンゴムシのごとく丸くなる。

これではスタッフも処置できず、またまた迷惑顔。

それでも、波の間にまっすぐ寝転がることができた。

スタッフが「吐き気止め注射するから」(英語)と腕を消毒し、一発。

なんとなく針が刺さった瞬間に、楽になった気がする。

なんというプラシーボ効果の高さか。

そのあと、なんたらかんたら説明されて、

点滴を打とうとするのだが、針がなかなか刺さらない。

こぶしを握ってーと言われているようなのだが、今一つわたしが理解しないため、

スタッフはけっこう困り顔。

やがて点滴が始まる。

おそらく、抗生物質だ。

(英語での説明はあった)

針は怖いが、胃をえぐられるような痛みと吐き気に比べたらマシ。

病院の時計が目に入る。

9時だった。

付き添う夫に「ごめんね」と言ったら、情けなくて涙が出てきた。

こういうとき、泣いても何もならないから、

夫だったらきっと、泣きそうでもこらえるんだろうなと思ったら、余計に泣ける。

 

それにしても、病室が寒い。

タオルケットより薄いブランケットを一枚与えられたが、まったく足りない。

自分から、また、夫にも頼んでもらって「寒い、ブランケットがほしい」と訴えるも、

スタッフは面倒そうにブランケットをかけ直すのみ。

健康な夫でも寒かったので、室温を少し上げてもらったと、あとで聞いた。

 

衝撃の展開、そして次回へ

寒さを除けば、気分は落ち着いてきて、ウトウトする。

目を覚ますと、夫が受付のほうへ行っている。

何か電話をして、スタッフと難しい顔をして話し込んでいる。

保険の話でもしているのかとまたウトウトしようとした、そのとき。

ベッドサイドに戻った夫は告げた。

「ここ、間違った病院だから! これから、正しいほうへ移るから」。

ええええーーーー!

 

長くなったので、次回へ続く。