「今日こそこれをやろう!」
ババーン! と擬音が出そうな勢いで夫が差し出したのは、洗濯槽の洗浄剤。
「汚れがごっそり取れる!」「ワカメのようなものが浮いてくる!」とネットで評判の酵素系。
秘蔵の「シャボン玉石けん 洗たく槽クリーナー」である。
洗濯槽の掃除をするのは、恥ずかしながら久しぶりだ。
昨年、引っ越し直後に、やはり酵素系のクリーナーを使ったのだが、
まったく汚れが浮いてこなかった。
原因はおそらく、その直前まで住んでいた家での洗濯機の配置だ。
前の住まいでは、洗濯機をベランダに置いていた。
しかも昼間は日差しが当たりっぱなしの南西向き、屋根なし雨ざらし。
あの環境では、カビも繁殖できなかったのだろうかと妙に納得したのだった*1。
しかし、今の住まいは室内である。
なんとなく、感じるのだ。
そう、洗濯槽にカビがはびこる気配を。
ところで夫は、結果がハッキリ見える家事が好きだ。
休日、気がつくと茶渋がついたコップを
「激落ちくん」でこすってくれていたりする。
「こういう、ビフォア・アフターがはっきりわかるの家事って、
エンタメ性あるよね!」。
そんな夫である。
1年ぶり・室内置きの洗濯機・ネットで話題の酵素系クリーナーとあって、
期待は高まるばかりだ。
夫がここまで洗濯槽クリーナーに期待を寄せるのには、もうひとつ理由があった。
遡ること2週間前、夫は同じように目を輝かせながら、風呂釜の洗浄剤を使用した。
以前、実家で使ったとき、嫌というほど汚れが出てきたらしく、
「きっとすごいことになるよ!」とワクワクしていた。
しかし、結果は惨敗。
薬剤を使っての1回目の追い炊きでも、
2回目のすすぎ用追い炊きでも、
まったく汚れは出てこなかった。
「追い炊きしているとき、お湯を吸い込んでるよね?
その湯垢はどこにいってるの?
こんなに絶対おかしいよ」
まっさらな湯船を見つめていた。
「実家は2つ穴タイプで、
ポンプみたいに空気を送り込んで洗うから、汚れが取れたのかも。
うちは1つ穴だから」
と悔しそうにしているが、さすがに風呂の構造ばかりはどうにもできない。
次は違う薬剤を使ってみようとなぐさめた。
その落胆からの、洗濯槽クリーナー。
夫の心中には、「今度こそ!」という思いがメラメラと燃えている。
まずは、洗たく槽に水を張る。
ぬるま湯を使うとよいと書いてあったので、
ケトルで2リットル湯をわかして投入するのも、
あまり湯温は変わらなかった。
洗濯機が回り始めたらいったん止めて、いよいよ薬剤を入れる。
「ほんとに汚れ、取れるのかな」
「洗剤、溶けてる溶けてる」
など、興奮のあまりふたりでのぞき込みながらやっていたため、むせた。
薬剤を吸い込んだらしく、あわてて喉をゆすぐ。
危ない。
少しだけ洗濯機を回し、一時停止して、待ち時間。
ふたりとも、喉をイガイガさせながら、近所のカフェで時間をつぶした。
帰宅し、洗濯槽をのぞき込むと、何やら浮いている!
「これがワカメのような汚れ!」
ハイタッチせんばかりに喜んだのは、つかの間。
いざ、洗濯機を回し始めると、出てくる出てくる。
「汚れをすくってください」と書いてあったので、
風呂桶の湯垢取りを掃除用に下ろし、使うことにする。
ただ水に突っ込むだけで、次々汚れがすくえてしまう。
糸くず取りが、あっという間にいっぱいになったので、外して洗う。
「キャッホー、すくい放題だよ!」とわたしがはしゃしぐ横で、
夫は後ずさっている。
「あれ、やんないの?」と聞くと、
夫は「いや……なんか……すごすぎて引いた……」。
まあ、わかるけどさあ。
「ここで……今まで……洗濯を……」
「それはそれ、これはこれ!
過去は変えられないんだから、今を楽しもうよ!」
と声をかけたものの、夫は最後まで浮かない顔だった。
わたしが疲れて「はいっ」と湯垢取りを渡したときだけ、
「これも家事の分担だから、時々交代してやります」
と言いたげな義務的な顔つきで、洗濯槽をかき回していた。
その後、2度のすすぎ洗いを経て、汚れが出てこなくなるころには、
夫は
「あの洗剤、いくらぐらいするの」
「これからは1カ月に1回はやろう」
と建設的な意見を述べるぐらいには回復していた。
あれを見てしまったからには、もう少し頻度高く、洗濯槽クリーナーを使おうと思う。
2度目はきっと、あれほどは汚れは取れない。
夫婦ともども、ちょっとのがっかり感と、安心感を覚えるに違いない。
しかし、この「安心感」が大事なのだ。
ああよかった、そんなに汚れていなかったのだ、という安心感が。
この安心感は、ただ出てくる汚れが少ないだけでは生まれない。
風呂釜の洗浄のように、久々にやったのに汚れが出ないと、不信感が募るだけだ。
やはり、「わたしたちがキレイにしているから、こんなに汚れが出ないのね」という
確信があってこそ。
ビフォア・アフターがはっきする家事は、エンタメ性がある。
しかし、エンタメ性に富みすぎると、楽しいどころかドン引きしてしまう。
何しろ、エンタメ性は「ごっそり取れた汚れ」に宿っているからだ。
やはり、刺激より安心、安定を追求するべきなのだ。
何事も、こまめ、こまめに……。
そんな当たり前のことを確認した洗濯槽クリーニングだった。
*1:洗濯槽の汚れの原因は、カビだけではない気もするので、使った薬剤がよくなかった可能性もある
*2:「魔法少女まどか☆マギカ」における主人公まどかの台詞であり、6話目のサブタイトル