平凡

平凡

異種族としての猫

最近はもっぱら、夫婦で看板猫のいる店巡りをしている。

店では、猫と人間が、さまざまな関係をむすんでいる。
それを見るのも、看板猫巡りの醍醐味である。


ある店にいるのは、色柄そっくりな4兄妹だ。
店を訪れると、開店準備中にもかかわらず、店主は中に招き入れてくれた。
店主が掃除機をかけると、起きている2匹が、たたたたたっと店の端まで走っていく。*1
が、あまりこわがっているようすはない。
たぶん、ちょっとうるさくてイヤ、ぐらいなのだろう。
残る2匹はスヤスヤ寝ている。
掃除機の音がしなくなると、猫たちは店内をウロウロ。
店に積んである段ボールの端っこをかいだり、
我々の足元をわざわざすり抜けて歩いたりする。*2

店主がテーブルを拭き出すと、すかさず1匹がテーブルに飛び乗る。
「●●ちゃん、テーブル拭くんだよ、どいてよ」
店主が困った顔で訴えるも、猫は「何言ってんの」という顔で居座っている。
「どいてくれないと、霧吹き、シュッてするよ」
と言っても知らん顔。
店主はますます困り顔になりつつ、
猫にかからぬよう、テーブルの端っこにシュッシュッと霧吹きをかける。
猫はやっとテーブルの下にピョンと飛び降り、また隣のテーブルに飛び乗った。
当然、そのテーブルは店主が次に拭く予定のものだ。*3

店主は我々に気を遣って、いろいろ話しかけてくれる。
猫を拾ったときのこと、猫たちの健康管理で困っていること、他の看板猫のいる店の様子はどうか……。

4匹の猫は、幼いころ、捨てられているところを、店主が見つけたそうだ。
ミルクもスポイトでやらねばならない齢だったという。
当初は4匹の見分けがつかず、健康管理に四苦八苦したこと、
大きくなった今も、猫たちを何くれと心配していることが、言葉のはしばしから感じられた。

と、カウンターにのぼった猫が、何かを飲もうとしている。
グラスに固形物が入っているように見えたため、
「あっ、飲んでますよ!」とあわてて店主に訴えると、
なんとそれは、氷をたっぷり浮かべた猫専用の水飲みグラスなのであった。*4

開店準備が整い、店主が我々にお冷を出してくれる。
それぞれ飲み物を注文し、待っていると、猫がテーブルにやってきた。
「グラス! グラスに気を付けてください!」と厨房に戻りながら、店主。
さっきカウンターで水を飲んでいた猫が、我々のお冷を狙ってやってきたのだ。
グラスに掌でフタをしたり、両手でグラスを宙に浮かせたりして猫から守り、
「お水はあっちにあるよ」
「これはダメだよ」
と阻止すると、
猫はものすごく不本意な顔をする。
「わたしの水を、わたしが飲みたいだけなのに、
なぜか人間が邪魔をしている」と言いたげだ。
《猫は自分の都合よいようにしか現実を解釈しない》
《助けられると、犬は『この人はこんなに優しいなんて神様だ』と思う。
猫は『こんなに優しくされるなんて、わたしは神様なんじゃないか』と思う》
などなど、ネットで見かけた言説を裏付けるような顔である。*5
「もし、猫が水飲んじゃったら言ってくださいね、交換しますから」と、
店主は飲み物を作りながら声をかけてくれる。

飲み物が運ばれてくる。
が、こちらには猫は興味を示さない。
健康的で、よい嗜好である。
隣のテーブルに移って、退屈そうに寝そべっている。*6

店主が厨房から出てきて我々と話していると、
水飲み猫とは違う猫が、「にゃーにゃー」と何事か店主に訴えかけはじめた。*7
「『にゃー』って言われても、わかんないんだよ」
と諭しながら、店主は猫の真意を確かめるがごとく、
その瞳をじっとのぞき込んでいた。

やがて店主が仕事に戻る。
空き瓶を捨てるため、
空の段ボールを持ってくると、
すかさず猫が中に入る。
みかん箱大の箱から、耳だけがわずかに出ているところを見ると、
香箱座りでもしているのだろう。
「あのね、これは空の瓶を入れるんだよ。困るよ」
と店主はまたまた困り顔だ。
「空瓶をどんどん入れるからね、寝っ転がる場所なんて、なくなっちゃうんだよ」
と諭すも、猫は出ない。
瓶に箱を占拠されはじめても、猫はお座りの姿勢になって粘っていたが、
やがてしなやかに飛び出した。*8

テーブル拭きのときも、空き瓶段ボール詰めのときも、
店主はただ、猫をどかしてもよいのだ。
猫たちは、店主に大変なついている。
きっと、ひょいっと抱き上げられたら、
されるがままだろう(不満顔をするにしても)。
しかし、店主はそれをせず、話しかける。
一方で、猫と人間は、言葉が通じないこともよく理解している。
それでも、自分の意図を説明しようとする。
終始、尊重すべき異種族として猫に接しているようすが、
我々にはとても好ましく映った。

店主はおそらく、昔から大の猫好き、というわけではなかったのだろう。
命の危険がある猫を放ってはおけず、知識も経験もないなか、懸命に世話をした。
猫たちはすくすくとわがままいっぱいに育ち、
今では4匹それぞれ意思と個性をもつ異種族として、店主とともに暮らしている。
そんな関係性が、見る者を幸せにしてくれた。

そういえば、先日放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、
動物写真家・岩合光昭さんが、
「猫と対等に接することが大切」というようなことを話していたことを思い出す。

店主によく礼を言い、我々は店をあとにした。
4匹と1人に、幸多からんことを、と願いながら。

*1:かわいい

*2:かわいい

*3:かわいい

*4:かわいい

*5:とてもかわいい

*6:かわいい

*7:かわいい

*8:かわいい