平凡

平凡

「貧むす」と「夜廻り猫」

スーパーで買い物中。

思うところあって、三つ葉と天かすをカゴに入れる。

夕食後、天かすに白だしとしょうゆをしみこませ、

三つ葉を刻み、余ったごはんと混ぜ合わせる。

明日の朝食にするのだ。

 

食べてみると、

天かすの油分とコク、

三つ葉の爽やかさと茎のシャリシャリした食感がいい感じ。

 

ざっくりとした分量でできあがるこのレシピは、

Twitter発の人気漫画「夜廻り猫」(深谷かほる著)に出てくるものだ。

その名も「貧むす」。*1

 

「夜廻り猫」の筋立てを簡単に説明すると、

猫の遠藤平蔵が、「涙のにおい」をかぎ、

そのにおいをさせている人や動物から話を聞く、というもの。

「涙のにおい」であるから、そこには人生の悲喜こもごもが秘められている。

ときには、事情をはっきりと書かず、余韻を残すこともある。

基本は1話完結なので、どこから読んでも楽しむことができる。

 

「夜廻り猫」は、散発的にTwitterで目にしていたのだが、

良さがわかったのは、ある程度まとめて読んだときだった。

「涙のにおい」をさせているのは、たいてい、人生で報われなかった人たちだ。

 

たとえば、組織の不正を追求したものの、

結局は不正の罪をきせられて会社を追われ、

家庭も崩壊し、ホームレスになっている男性が出てくる回がある。

すべてを失い、絶望的な日々だろう。

それでも男性は遠藤の問いかけに、

「過去に戻ったら同じことをする」と断言する。

www.moae.jp

 

 

不正を追及した結果、ホームレスになるというのは、

遠い物語のようでいて、実は身近だと思う。

たったひとつのつまずきで、貧困に陥ることを、我々はニュースで見聞きする。

正義が勝つわけではないと、経験と伝聞から知っている。

この男性の“縮小版”ともいうべき物語は、身の回りに溢れている。 

正しさややさしさが報われるとは限らない世の中で、

それでもたったひとつ、

自分がやったことに誇りをもつことの美しさを、

この作品は提示してくれる。

それが、“落とし穴”におびえる人々には、光になる。

 

ネットを見ていると、真面目で優しく、

それゆえつぶされてしまう人が、世の中にこんなにいるのかと思う。

仕事を引き受けすぎたり、

振られた仕事を断れず、

心身を病んでしまう、というのもそのひとつだ。

そういった、頑張っている心優しき人々に、

「夜廻り猫」は届いたのかなと、遅まきながら気がついたのだった。

 

また、作品の随所に「今の感覚」が織り込まれているのも、

すぐれたところだと思う。

「貧むす」の回の主人公は、料理が不得意な女性だ。

彼と暮らし、料理は交代制。

彼は料理をしてくれるが、自分はできないので、

彼女の当番の日には、弁当などを買っている。

やっぱり料理が作れた方がよいのでは……と悩む女性に、

遠藤が教えるレシピが「貧むす」なのだ。

登場するカップルは、料理は交代制で、男性も料理をしている。

また、女性だから料理が作れる方がよい、とは提示されない。

人はあたたかいものを食べると元気になるから、

作れたほうよい、とこの作品はメッセージを送る。

ここには現代のジェンダー感覚が反映されている。

 

 

「貧むす」の回は、こちらから。 

www.moae.jp

 

この「貧むす」のように、料理を扱う回もあり、

(上記のセレクションはそのいった回を集めたもの)

思わず作りたくなる簡単なレシピが登場する。

作中、その簡単でおいしい料理を食べ、登場人物は癒やされていく。

我々は日々にそのレシピを取り入れ、それを簡単に追体験できるのだ。

(単純に、料理のバリエーションが増えるのもうれしいことだ)

 

「涙」だけではなく、

上記のセレクションにある、ツナと大葉のおむすびが出てくる

トーリーをはじめ、「笑い」で締める作品も織り込まれていて、

エピソードのバランスもよい。

 

人情、現代性、笑い、涙、寄り添い、共感。

そして、人間の活力の源となる食。

短い1回1回に、複数のものが詰まっている。

 

 

そんな「夜廻り猫」が、先日、「手塚治虫文化賞短編賞」を受賞。

Twitterからはじまり、書籍化、受賞。

人々に支持されてこその流れで、

初期からのファンの方々は、相当うれしかったのではないかと思う。

 

そんなことを、「貧むす」をほおばりながら思ったのだった。

 

最後に、わたしが一番好きなのは、この「わがままモネ」の回だ。

お母さんとお父さんの愛、モネの愛。

わたしはこれを読むと、心が締め付けられる。

(夫はこれを読んで「かわいいー!」と破顔していた)

www.moae.jp

 

*1:検索すると、「漫画に載っていたレシピ」との2010年の書き込みが見つかるので、正確には「夜廻り猫」以前からあるレシピの模様