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平凡

平凡

近所のお祭り、その名状しがたきよろこびよ

近所の商店会が、何か小さな催しをやるという。

入場料に500円を取り、ちょっとした屋台で焼きそばやたこ焼き、焼き芋などを食べさせるらしい。

入場料? 手作りの会で、一律取るのだろうか。

そして、チラシを見ても、食べ物が有料なのか無料なのかわからない。

「お楽しみの出し物」とあるものの、何をやるのか判然としない。

場所もなんてことない駐車場である。

わからない尽くしだが、近所なのでふらりと夫婦で足を運ぶ。

 

肌寒い春の曇天、運動会で校庭に建ててあるような白い屋根のテントがいくつか並んでいた。

つま先立ちになって見てみると、どうも焼きそばなど、食べ物を出す屋台が見える。

入り口には受付らしきものがあるのものの、何も払わずに入場する人がいる。

よくわからないので聞いてみると、

スタッフが「会場を見るだけならタダ、食べ物を買うならまた別」と言うので、

とりあえず会場をぐるりと見てみる。

数や量はだいぶ減っているものの、焼き芋や焼きそば、たこ焼きなどはまだ買えそうだ。

我々は小腹が減っていた。

入り口に戻って「食べ物も買いたい」と告げると、100円×5枚つづりのチケットを買うことができた。

500円とは入場料ではなく、このチケットを指すらしい。

正確には、チケットは6枚つづりで、“通貨”ではない残り1枚には通し番号がふってあり、

「後から抽選があるのでこれは大切に」と言われたのだった。

 

屋台といってもテキヤではなく、近所の人が大きなホットプレートなどを持ち寄って調理している。

焼きそばにはきちんと肉やキャベツ、もやし、桜エビまで入っていたし、

たこ焼きにも大ぶりのタコが入っていた。

おでんは昆布の出汁がしっかりとしみて、なかなかの味だ。

そういった、お祭りでよく食べるフード類が、

100円のチケットでちょこっとずつ買える。

これは楽しい。

 

やがて、何をやっているかまったくわからなかった手品が終わり(何しろ舞台も何もなく、駐車場のすみっこで披露しているのだ)、

抽選会がはじまった。

当たるのは商店会で使える金券だ。

ダララララララララとドラムロールが鳴り響く音楽が流され、

商店会のおっちゃんらしき人が、くじを引きつつ、

「これは若い番号ですね、10番、10番の人~!」とマイペースに読み上げていく。

呼ばれた番号の人が名乗り出なかった場合は、

「それでは5、4、3、2……」とカウントして「無効です!」と無慈悲に次の番号を引く。

このカウントが楽しいらしく、周囲の子どもたちがいっしょに「5、4、3……」と声を合わせる。

当たったら、盛大にアピールしないと見逃されるため、当選者は、皆、すごい勢いで手を挙げ声をあげ走っていく。

子どもたちも、「(当たった人)いるよ!」と協力する。

どうも主催者側で参加しているという感覚が楽しいらしい。

我々も、「当たったらふたりで手を挙げて『やったー!』と喜びを表し、夫が走ることにしよう」と

当選時の打ち合わせ及び、シミュレーションをする。


当たった人が名乗り出ると、「チャラララッララ~」と、

いかにも当選、という効果音が鳴る。

抽選時のあおり音楽も、この当選音も、懐かしい。

こんなものをよく見つけてきたなと思う。

 

番号がひとつずつ読み上げられ、手元のチケットの番号を確認する。

実にシンプルなイベントなのだが、これが案外、燃える。

聞き逃したら無効になってしまうので、自然と緊張感が生まれる。

近くのパイプ椅子に腰を下ろしたおじいさんは、計5枚分を真剣な目で見つめ、

番号が読み上げられるたび、かすかに残念さをにじませる。

我々も、たった1枚を手に、一喜一憂する。

 

結局、わたしたちの番号が読み上げられることは最後までなく、

参加賞のティッシュだけもらって帰ったのだった。

 

手作り感溢れる、バザーのような、学園祭のような小さな催し。

それがなぜこんなに楽しいのか、説明は難しい。

小さいゆえに、手作りなゆえに、シンプルな仕組みゆえに、

一体感が生まれる。

なんだか、ワクワクしてしまう。

 

名状しがたきそのよろこびを胸に、我々は

「来年は早めに行き、2組チケットを買って絶対に当てよう」

「焼き芋がもう売り切れていたので、来年こそは絶対に食べよう」

と、鬼が笑いそうな算段をしつつ、家に帰りついたのだった。