フリーランスになって1年目のころ。
収入の不安定さ以上にこたえたのは、人とコンスタントに話すことのない生活だった。
会社に行って、好むと好まざるとにかかわらず、他人と話す。
そのことが、いかに貴重なことかを知った。
孤独以上に恐ろしかったのは、言葉が日々、自分の中から抜けていくような感覚だ。
それはテレビを見ても、本を読んでも補うことができないものだった。
人と話さねば。
そんなわけで、わたしは、週末のみの日雇いのバイトをはじめた。
チラシやバイト情報誌などを配る系もやったが、長続きしたのは、携帯電話の売り子だった。
家電量販店や携帯ショップの店頭で、ケータイを見ていると、「その新型は使いやすいですよ~」なんて声をかけてくる、あれ。
店頭で、「最新の機種が発売されました~。ただいまキャンペーン中です~」などとマイクアナウンスをしている、あれ。
研修(時給あり、交通費支給)で新機種や、キャリア(通信会社)が提供する新しいサービスを頭に叩き込み、新しいケータイをご案内。
最初はしどろもどろだったが、経験を積むうち、知識も蓄積していく。
毎週末、違う現場に派遣されて、知らないお客様と話す。
アレコレ要望を聞きつつ、1台が売れるとうれしかったし、
「ご通行の皆さん~~! 今日! 今日だけのお得なキャンペーンがあるんです!」なんてマイクアナウンスを工夫して、耳目を集めるのもなかなかに楽しかった。
10年前のことなので、お客様との具体的エピソードを書いてしまうと、
「ケータイはピンクに決めているんです」という若い男性のお客様が来店されたことがあった。
当然、ピンクのケータイをいくつかご案内した。
「これ! これです! こういう上品な色合いを求めていたんです」とお買い上げになったのが、
FOMA SH904iのプレミアムピンクだった。
FOMA SH904i サポート情報 | お客様サポート | NTTドコモ
納得のいくピンクが見当たらない時期もあるとのことで、大変に喜んでいらした。*1
そんなわたしが当時使っていたケータイは、N904iのソーダピンク。
Alessiのステファノ・ジョバンノーニがデザインしたモデルだ。
FOMA N904i サポート情報 | お客様サポート | NTTドコモ
この色の見本もお見せしたところ、
「そういうんじゃないんです! なんていうか! もっと! 上品な……」とおっしゃった。
ソーダピンクはとてもハッキリした色合いで、
角が丸くなったフォルムとあいまって、ビビッドな印象があった。
フリーランスになりたてのころの漠然とした不安、
❝売り子スイッチ❞を入れたときのアッパーな楽しさ、
やっと入った本業仕事のアウトラインを、
バイトの休憩時間にケータイをポチポチ打って考えていたときの興奮。
今ではぼんやりとしてしまった記憶のなかで、
このソーダピンクだけがビビッドだ。
やがて本業が忙しくなって、携帯の派遣バイトはきっかり1年で辞めた。
ソーダピンクのN904iを通じて、いくつもの仕事を受けた。
出先で、いろんな連絡をした。
GPS機能付きだったので、地図アプリは重宝した。
持ち合わせがないとき、おサイフケータイに助けられた。
やがて気に入っていたソーダピンクがハゲハゲになり、
「ずいぶん古いケータイを使っているんですね」と言われるようになり、
さらに「スマホじゃないんですか」と驚かれるようになってもなお使い続け、
二つ折りのケータイが、「ガラケー」と呼ばれる前の時代と、
フリーランス駆け出しのころの記憶。
角が丸っこい、イタリアン・デザインのケータイは、その象徴だ。
だから、わたしの「おもいでのケータイ」はN904i。
N904iの、ビビッドなソーダピンク。
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