平凡

平凡

私たちの街、私たちの庭

まだ梅雨のころ。

夫婦連れ立って、引っ越しに伴う手続きをしようと家を出た。

いろいろ回ると合計10キロぐらいになりそうなので、夫はロードバイク、私はクロスバイクに乗り、久しぶりのサイクリングと相成った。

 

雨雲におびえながら、自転車をこぎ出す。

 

道が細いわりに交通量の多い道を抜け、

スマートフォンの地図とにらめっこしながら目的地を目指す。

住宅街には、猫がいる。

(当然、自転車を降りた。当然、猫はつれない反応を示した)

畑には、気の早いひまわりが咲いている。

画一的な建物が並ぶ巨大な団地からは、重々しい迫力を感じる。

まるで陸地に現れた船団のようだけれど、

団地は人々の生活を呑み込むばかりで、

どこにも行こうとしていない。

街で評判のパン屋を見つけ、なかをのぞき込む。

これはなかなか、すてきなお店。今度、また来てみましょう。

木々に囲まれた線路わきの急な下り坂では、なんだか郷愁を誘われる。

昔、夏休みにママチャリを駆ってちょっと遠くまで足をのばすと、こんな風景が広がっていたな。

大きな公園、幹線道路、どんどん風景が変わる。

こっちへ行くと、こんな感じなんだ。

ふたりの頭の中に❝土地勘❞ができていく。

 

おおかたの用を終え、ふらりと寄った大きなディスカウントストアには、

犬のトリミングコーナーがあった。

ガラスで隔てられた犬だけが入ることができる待合室では、

緊張気味の犬たちが買い物用カートに乗せられて順番を待っているのが、

おかしくもあり、かわいくもあり。

なかにはまったく動揺せず、ガラス越しに飼い主に向かって愛想を振りまく犬もいる。

 

店内をブラブラ歩き、

「自転車出すとき、玄関ドアを開いたままにできたらいいよね」と、

そのままドアストッパーを衝動買い。

帰ってからドアに取り付けると、磁石でガッチリ固定され、

これはよい買い物だと、夫婦で讃え合ったのだった。

 

腹が減ったので、徒歩ではちょっと遠いなと思っていたラーメン屋へ。

清潔感ある店内には、冷房がよく効いていて、救われる心地。

雨雲はどこへやら、いつの間にか太陽に照り付けられて、へばり気味だったのだ。

待望のラーメンは、さっぱりとして、優しい味わい。

接客は「らっしゃーせー」と叫ぶ系ではなく、きびきびと気持ちがよい。

ここはいいね、また来ようねと言いながら店を出る。

 

もうちょっと足をのばして、気になっていたパターゴルフ場へ。

設備の古さと夕暮れがなんともレトロな雰囲気を醸し出すなか、のんびり遊ぶ。

 

ぐるりと回って、いつものスーパーが見えてきた。

アイスを買って、いよいよ帰宅。

 

私たちの住む街と、隣の、隣の街ぐらいまで。

引っ越したばかりで馴染みのなかった場所が、少しずつ❝私たちの庭❞になっていく。

この感覚は、楽しいものだ。

 

今度はあっちのほうにも行ってみよう、

あのお店にも行きたいね。

まだまだ、❝庭❞に塗り替えたいところはたくさんある。

❝庭❞を広げ、❝庭❞の細部をもっと知る算段をしながら、

あっという間にふたり、眠りに落ちたのだった。