引っ越しである。
契約、電気ガス水道各種移転の手配、引っ越し屋への依頼を済ませ、
たまりにたまっていた不要な資料を捨て、
使わないものからパッキングをし、
それらをどう積み上げつつ生活をするか考え、
冷蔵庫のストックを使い切るべく頭を悩ませる。
別れを惜しむ暇もなく過ぎる日々のなかで、
行きたかった店にはなるべく行っておく。
馴染みの猫たちにはできるだけ会えるよう、帰り道は遠回りする。
そのかいあってか偶然か、遭遇頻度が低い❝レアキャラ❞な動物たちにも合うことができた。
神社のあたりに出没する、ギズモさん(http://www.nihonbungeisha.co.jp/gizmo/)によく似た猫❝偽ギズモさん❞。
おばあちゃんが散歩している、サモエドとコーギーの2匹、通称❝サモコー❞。
このトリオは人も犬もわりとお年だ。
会わないと何かあったのか心配になってしまうので、夫が見かけたと聞いて安心したのだった。
そして、この前ブログに書いた、❝うしだ❞との最接近。
しかし、夫と一緒に、はじめて通称をつけた猫には、なかなか会えなかった。
その名は、❝ぽてぽてボディ抗議ニャー❞。
成猫にしては小さくポテッとしたツチノコ体形で、
じっと見ていると、「あっちへ行ってよ! せっかくくつろいでいるのに!」と言わんばかりの不満げな顔と声で、抗議するように「ニャー」と鳴く。
だから、❝ぽてぽてボディ抗議ニャー❞。
我々には決してなつかない。しかし、それもまたかわいい。
引っ越しが決まる前、私はチラリと見かけたのだが、会おうと思うと、会えないものだ。
そのニャーと同じスポットに出没する猫が、もう一匹いた。
毛足が長く、白黒ハチワレの❝長毛うしだ❞。
エサをねだっているときに我々が通りかかると、
「逃げなきゃ! でも、ごはんが……でも、逃げなきゃ!」と
混乱するのか、ぐるぐるその場で回ってニャーニャー鳴き続けるというお間抜けぶりで愛された猫だ。
あたたかくなってから、とんと見かけなくなった。
間抜けな一方、ちゃっかりしているようなので、
シマを変えたのだと、我々の「会いたいリスト」からは外されていた。
引っ越し当日は、
会えた動物、会えなかった動物、
お別れを言えた店、言えなかった店、
もろもろのことを思いながら、夜を徹してのパッキング作業に追われていた。
白々と夜が明けて、換気のために窓を開けると……そこには、猫が!
夏毛でボリュームダウンしていたが、それはおそらく❝長毛うしだ❞だった。
「たいへん、たいへん、猫がいるよ!」
夫を呼びよせると、その姿は消えていた。
「あの辺にいたんだよ」
と指さしながら説明していると、塀のかげから、またひょいと、猫が姿を現した。
我々の歓声に気が付き、こちらを見上げる猫。
毛足の長さ、ハチワレ、ちょっと吊り目、まさしく❝長毛うしだ❞だった。
しばらく目を合わせたのち、猫はまたどこかへ行ってしまった。
「挨拶に来てくれたのかねえ」
うしだとの思わぬ遭遇は、その後、あわただしい引っ越し作業の一服の清涼剤となってくれた。
その日の夜、夕飯を食べに出たとき、夫がしみじみ、
「それにしても、❝長毛うしだ❞は❝やる子❞だね。
ずっと姿を見せなかったのに、
引っ越しの日に挨拶に来るなんて、なかなかできることじゃないよ」
「あれはできる、できるよ、あんなにできる男の子はそうそういないよ」
と、まるで会社の若い部下をほめるように言っていたのが妙におかしかった。
我々は、❝長毛うしだ❞の性別も知らないというのに。
そんなわけで、新しい場所での暮らしがはじまった。
この街で、猫はまだ見かけていない。