平凡

平凡

「ここに住んだらモテるよ」と、女友達は言った

「平凡ちゃん、ここ住んだらモテるよ、いい縁あるよ」

と、女友達は言った。

今、住んでいる部屋を、はじめて内見したときのことだ。

 

当時の私は独身。恋人もなし。

いろいろあって、心機一転部屋探し。

時間があるときには、間取り図好きの女友達にも付き合ってもらい、

不動産屋を巡っていたのだった。

 

そのなかで見つけたのが、

今まで住んだことがない、

ちょっと変わった間取りの部屋だった。

デザイナーズマンション風にしたかったけれど、

やっぱり和風の部屋も捨てられない――。

出窓あり、和室もありの部屋からは、設計者のそんな声が聞こえてきそう。

そんな中途半端なところが愛らしいと感じられた。

 

私はひと目で気に入った。

女友達も冒頭の台詞を言い、この部屋をすすめた。

彼女は間取り図好きであり、何より勘がよいところがあるのだった。

 

同時に内見している人がいたため、

不動産屋に走って帰り、

とにかく即申し込み。

零細自営業なので審査がどうなることかと思ったが、

無事、入居が決まったのだった。

 

実際住んでみての不満は、もちろんある。

まず、日当たりが良すぎる。

「ひさし」がないので、

夏、カーテンを開けたままにしておくと、

床が炎天下の砂浜のようになってしまい、歩けない。

窓の大半は規格外で、既製品のカーテンが見つからない。

照明のスイッチのすべてが部屋の奥についており、

夜、部屋に帰ったときは手探りになる。

それでもなかなか気に入っている。

真冬でも、昼間は暖房いらずの温かさ、

なんでも置けちゃう広大なロフト、

安らぎの和室も1室あり。

交通の便もよい。

 

リビングにはソファーを置いて、

恋人ができたら、一緒に座ってDVDでも見よう。

そんなことを夢見ているうち、

ある男性とデートをするようになり、付き合うことになった。

ソファーは間に合わなかった。

ついでに言うと、

私はかなり片づけられない人間なので、

部屋は散らかり放題。

引っ越しからかなりたっても段ボールが残ったまま。

 

それでも私と恋人は毛布にくるまって、

クリスマスには「素晴らしき哉、人生!」を鑑賞したりした。

 

部屋の契約更新を迎えるころ、恋人と私は結婚を考えるようになった。

新居について話し合ったが、

とりあえず、今の部屋でもふたり、暮らせないことはない。

仕事場所も兼ねて借りているため、ひとり暮らしにしては広めなのだ。

ともに暮らし、自分たちに必要な間取りを考えてから引っ越そうと、

この日当たりのよすぎる部屋に、引き続き住むことになった。

 

そして、今に至る。

 

この部屋に住んだばかりのとき、

夕暮れの表通りをひとり歩きながら、

「何かいいことありそう!」と、

ワクワクした瞬間があったことを、覚えている。

それは、引っ越しによる環境の変化がもたらした高揚だったけれど、

今、同じ通りを夫と手をつなぎながら歩いていると、

「やっぱりいいことあったな」と、

当時の私をほめてやりたいような気持ちになる。

 

そんなお気に入りの部屋もそろそろ手狭になり、

引っ越しを考える今日この頃。

ここはいつか、

「新婚時代に住んだ思い出の部屋」になるのだろうか。

ひとりで暮らしてきた部屋が、誰かとの思い出の場所になっていく。

そのことをどこか不思議に感じながら、間取り図を見ている春である。